#2 Vtuberな姉は、TSした弟をVtuberに引きずり込む
それから配信が終わるなり、僕のスマホにお姉ちゃんから電話がかかって来た。
『さっきの女の声は誰!?』
開口一番に飛んで来たのは、お姉ちゃんの迫真の声と共に発された、そんなセリフでした。
お姉ちゃん……。
「あ、あの、お姉ちゃん、驚かないで聞いてほしい、んだけどね……?」
『ま、まただっ、またお姉ちゃんの知らない声がっ……! 一体誰だ! 私の可愛い可愛い椎菜ちゃんは誰にも渡さないんだぞ!』
「いやあの、お姉ちゃん、この声、僕、なんだけど……」
なぜかヒートアップするお姉ちゃんに、僕は申し訳なさそうにしながらも、この声が僕であると告げた。
『だから――……へ? 今、なんて?』
「あの、ね? お姉ちゃん、TS病って知ってる?」
呆けた反応のお姉ちゃんに、僕はTS病のことを切り出す。
現状、かなりマイナーな病気。
調べれば出て来る病気ではあるけど、調べない限りは絶対に出てこない病気とも言える、そんなもの。
そんな病気について知っているかどうか尋ねてみたら、
『うん。何度か雑談配信の時にそういう話題が出てたかな』
お姉ちゃんは知っているみたいだった。
「……二週間前に、僕それになっちゃって……」
『…………エッ!?』
「だから僕今、男の子じゃなくて、女の子に……」
『ま、待って!? え、じゃあ、何? 今椎菜ちゃんは、それはもう、可愛い可愛い私のエンジェルシスターになったってこと!?』
「エンジェルシスターって……まあ、シスターは合ってるけど……」
お姉ちゃんが僕のお姉ちゃんになった時から、お姉ちゃんは僕を溺愛している。
……あ、そう言えば紹介がまだだったね。
僕のお姉ちゃんは、
今は二十三歳で、なんでも、デザイン関係のお仕事をしてるって聞いてたんだけど……どうやらVTuberもしていたみたいでした。
そんなお姉ちゃんは、僕から見てもすっごく美人さんで優しい、いいお姉ちゃんなんだけど……なぜか僕に対して過保護なんです。
初めて会ったのは、小学六年生の時で、お姉ちゃんは当時高校三年生。
今の説明の通り、僕とお姉ちゃんに血のつながりはなくて、僕がお母さんの子供で、お姉ちゃんが今のお父さんの子供。
義理の姉弟というものです。
美人なお姉ちゃんがいるのはすごく羨ましがられてたけど、僕としては過保護すぎてちょっぴり困惑気味だったり……。
『な、なんてこったっ……私の可愛い天使が女の子に……あれ? それはそれであり……はっ! 椎菜ちゃん、写真! 写真見せて!』
「う、うん、わかったよ。LINNに送るね」
『早よぉ! 早よぉ!』
どれだけ見たいんだろう。
あはは、とお姉ちゃんのテンションに苦笑いを零しながら、女の子になった次の日に、思わずその場のノリでにこっと、微笑んだ顔で撮った写真をお姉ちゃんに送ると……
ガタドタバッターーーン!
と、電話の向こうからものすごい物音が聞こえてきました。
「お、お姉ちゃん!? お姉ちゃん大丈夫!?」
お姉ちゃんに何かあったのか心配になって、慌てて声をかける。
『……わ、私の……女神ぃ……』
「ふぇ?」
『か、可愛すぎるよぉおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!!!』
「ひゃあ!?」
いきなり耳元で大声を出されたことにびっくりしてばたんっ! と後ろ向きに倒れてしまう。
うぅ、お尻と頭が……。
「いたたた……」
『大丈夫!? お尻と頭割れてない!?』
「だ、大丈夫。あと、お尻は最初から割れてるよ……」
お姉ちゃん、僕絡みになると本当におかしくなるんだよね……いいところなのか、悪い所なのか……うーん、なんとも言えない。
『ほ、本当にこれ、椎菜ちゃん!? 嘘じゃなくて!?』
「う、うん。じゃあ、ビデオ通話する……?」
『その手があったかッ! じゃあビデオ通話じゃー!』
「わ、わかったから、落ち着いて?」
『おっと、ごめんごめん。可愛い弟君が可愛い妹ちゃんになってテンションがちょっとだけ上がっちゃった』
「ちょっと……?」
今のは明らかにちょっとじゃなかった気がするけど……ま、まあ、お姉ちゃんの中ではちょっとなんだろうね、うん。平常運転平常運転。
自分でお姉ちゃんに対することに納得していると、通話がビデオ通話に切り替わる。
『はいはーい、お久お久! 椎菜ちゃんの大好きな、お姉ちゃんだよ!』
かなりのハイテンションで画面に映ったのは、ショートカットの明るい茶髪の美人さん。
可愛いよりも、綺麗系な顔立ちの人で、何度かモデルのお話も貰ってる、っていうのを聞いたことがあるくらい。
「う、うん、久しぶり」
『ふんふん……なるほど。実際に私の視聴者さんに、なった人が前いたけど、なるほど、こういう感じなんだ』
さっきまでの大騒ぎはどこへやらと言わんばかりの普通のテンションに、僕は少しだけ安堵した。
ずっとあの調子だとちょっと疲れちゃうので。
『それでそれで? お姉ちゃんにこのことを話すために連絡したってわけじゃないよね?』
「う、うん。あの、ね? 実は僕、VTuberに興味――」
『よっしゃ任せて! すぐにうちの事務所のオーディションに突っ込んであげる!』
「――が、って早い早い早い! まだ興味があるってだけだよっ!」
それに、今僕が言い切る前にオーディションに突っ込ませようとしたんだけど!?
僕が関わらなければ優しいだけのいいお姉ちゃんなんだけどなぁ……。
『えー、一緒にやろうよー。コラボしよー? コラボ』
「コラボって……そもそも、僕が受けても合格まで行かないと思うんだけど……」
『いやいやいや、そんなことないって! その声に椎菜ちゃんの性格だったら間違いないから!』
「え、えぇぇぇ……」
どうしよう、お姉ちゃんがやたら僕を誘って来るんだけど。
僕自身興味はあるけど……問題なのは、お姉ちゃんが所属するのが『らいばーほーむ』でそれも大手……。
そんなところに、僕が入れるとは思わないし、そもそも合格するとも思えないんだけど。
『はーい! じゃあ、送りま~す!』
「何してるの!? え、ほんとにやるの!?」
『え? 当然でしょ? あ、保護者の同意なんかは私がやるからモーマンタイ!』
「違うっ! そっちじゃない!」
しかも、聞いてないよ、僕!?
『大丈夫大丈夫! 実は応募書類は既に完成していたから!』
「今聞き捨てならないセリフが聞こえたんだけど!?」
書類の準備をしてたって何!?
もしかしてお姉ちゃん、最初から僕をデビューさせようと画策してた!?
『ちなみに、事務所の人、特に社長には椎菜ちゃんのことは知られてるからね!』
「なんで!? 何で知られてるの!? お姉ちゃん、教えたの!?」
『ふふ、私の天使の素晴らしさを布教しただけさ』
「いい笑顔で何を言ってるのさ……」
もうやだ、このお姉ちゃん……。
『あ、一次通ったって』
「なんでぇ!? 送ってから一分も経ってないけど!?」
『まあ、もともと椎菜ちゃんの素晴らしさは布教済みだったからねぇ……ふふふ』
「怖いよ!? お姉ちゃんが怖いよぉ!?」
『よし……これで、マイエンジェルの可愛さを世に知らしめることが出来る……』
「本当に何考えてるのお姉ちゃーーーーーーん!?」
夏のある日、僕のそんな叫びが室内に木霊した……。
◇
結果から言うと、僕は本当に一次選考である書類選考を通過。
一応、声の方も録音して送らなきゃいけないはずだったんだけど……どうやらお姉ちゃん、配信中の通話の時に、『知らない女を突き止めてやる!』という理由で録音していたみたいで、それを使ったそうです。
何してるの……。
それで、すぐにでも二次選考をしたいということで、翌日、急ではあるけどいきなり呼び出されました。
服装は……そもそも僕、女の子用の下着とか一着しかないからね……なので、家にあった包帯で胸は何とかして、下は仕方ないので、トランクス。
ゴム式で助かったよ……。
それで、上は少しぶかぶかの白いTシャツで、下は短パンを穿いていきました。
あまりにもラフすぎるし、ニートみたいな服装だけど……仕方ないじゃん……僕、あの日からほとんど外に出てないし、服も買ってないんだから……。
ちなみに、靴についても当然今の足のサイズに合う物がなかったので、一人暮らしをするにあたって持って来た荷物の中に紛れ込んでいた小さい頃の靴を使っています。履けて良かったけど……どうみても子供……胸は子供じゃないけど……。
というわけで、ラフな格好に、小学生くらいの頃に使用していた肩掛けカバンを持って二次選考場所である『らいばーほーむ』の事務所の面接会場にて、僕はがっちがちになりながら、自分の番を待った。
僕以外にも当然選考に来た人はいて、大体が僕よりも年上みたいでした。
ま、まあ、未成年は保護者の同意が必要だもんね。
……ただ、すっごく視線を集めるような……ぼ、僕、変? 変かなぁ!?
そんな風に、色々と心配していると、
「12番の方ー、中へどうぞー」
遂に僕の番になってしまった。
うぅ、緊張するよぉ……。
どうしてこうなったのかと思いながら、失礼します、と一言告げてから中へ入ると、そこには、女性の面接官らしき人が二人と、男性の面接官らしき人が一人いて、その対面側に椅子が一脚、ぽつんと置かれていました。
「どうぞ、おかけください」
「は、はい、し、失礼します……」
座るように促され、僕は椅子に座った。
大手事務所の面接と言う事もあって、ガッチガチ。
そもそも、自分からやるって言ったわけじゃないのに、なぜこんなことに……。
で、でも、一度こうなったからには、頑張るほかないっ!
や、やるぞー!
「それでは、自己紹介をお願いします」
「は、はいっ! え、えと、あ、あの……さ、桜木椎菜ですっ! よ、よろしきゅお願いひまひゅっ……あぅぅ、噛んじゃったよぉ……」
肝心なところで噛んでしまい、ぶわっ! と嫌な汗が流れる。
うぅっ、終わった……初手で終わったよぉっ……お姉ちゃんごめんなさい……。
と、心の中で失敗したと思い、お姉ちゃんに謝っていると、
「「「合格!」」」
なぜか合格と言い渡されました。
「なんでっ!?」
あ、いけないっ! あまりにも唐突過ぎる合格に、素でツッコミを……!
「あ、あのっ、ど、どうして合格なのでしょうか……?」
改めて、合格と言われた理由を尋ねてみることに。
だって、おかしいよ……そもそも僕、サンプル音声を送ってないし、面接らしい面接をしてないよ……? それでいいの……?
「声が可愛い」
「性格が良さそう」
「天使すぎる」
「「「以上から合格」」」
「適当すぎませんか!?」
え、もっとこう、聞くことがあるんじゃないの!? VTuberになりたい理由とか、なったら何をしたいか、とか! どうしてこうなるの!?
「と、いうのも理由ではありますが」
「理由なんですね……」
「実際は、大方のプロフィールや魅力等を天空ひかりから死ぬほど聞いていたからですね」
「えと、お姉ちゃんの……?」
「はい。性格に趣味嗜好、話し方、特技などなど……色々です。正直な所、弟君と訊いていたのに、こんなにも可愛らしい女の子が来るとは予想外でしたが……」
「あ、あはは……その、病気のせいで……」
「聞き及んでおりますよ。TS病でしたね。まあ、うちとしては関係ありませんから。びびーん! と来たから採用という、直感に従って選考していますから」
選考方法、それでいいの……?
大手事務所なのに、すっごく心配になった……。
「というわけで、採用しますね」
「えぇぇぇ!?」
もしかして強制!?
「そうですね……細かいキャラクター設定については、この後決めますが、こういうのがいい! みたいなリクエストはありますか?」
「り、りり、リクエスト……? え、えっと……その、声的に、妹系……?」
「「「それだ!」」」
それだて……。
「というわけで、妹系で作らせていただきます」
「あれぇ!?」
妹系で行くの確定なの!?
「まあ、元々弟だったので、問題はないですね。では、本日の選考は以上となります」
「も、もう終わりですか? あの、聞くこととかってないんですか……?」
「特には。それに、詳細な情報でしたら、天空ひかりから聞けますし、すでに聞いています。というか、話の中身から、事務所内ではいつデビューするのか、とずっと期待されていましたので」
「何してるのお姉ちゃーーーーーーん!?」
やっぱり色々やらかしてました……。
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