#1 TSした男の娘は、姉がVtuberであると知る
「おにぃたま、おねぇたま、こんたま~! 神薙みたまだよ~!」
【こんたま!】
【この瞬間を待っていたッ!】
【あぁ~~~、日々の癒しぃっ】
【もう、みたまちゃんがないと生きていけない体になってしまった……】
【おふっ、声がよk――( ˘ω˘)スヤァ】
【今日一の死者が出てて草】
お決まりの挨拶と共に目の前に現れると、ずらー、っとモニターにコメントが流れていく。
室内に響くのは、誰が聞いても可愛いという感想を抱くほどの甘いロリボイス。
目の前のモニターに映るのは、二次元な巫女服を着た、とても可愛らしい美少女アバターと、僕が話す度に流れる様々なコメント。
色々と反応があって、すっごく嬉しい。
でも、色々と思うところがあって、まず思うことは……
ど う し て こ う な っ た ! ?
だった。
画面の向こうの視聴者に向けて色々と話しながら、僕は事の発端を思い返した。
◇
事の始まりはなんでもない夏休みのある日のことでした。
僕の名前は、桜木椎菜。
完璧に女の子みたいな名前だけど、れっきとした男です。
誰が何と言おうと僕は男です。
身長は150センチ後半くらいで、ギリギリ160センチに届かないくらいだけど……それでも、男です。
人より女顔だけど、それでも生物学的に男です。
周囲から可愛い、ってよく言われるけどそれでも男で――え? しつこい? でも、それくらい言わないと信じてもらえないことが多いから……。
……っと、僕のことはそれくらいに。
僕はちょ~~っと女顔であることを除くと、ごくごく普通の男子高校生で、どこにでもいる普通の人です。
親が有名人! とか、実はとんでもない家系で! なんていうこともない、本当に平凡な男の子です。
そんな僕が、どうして先ほどのように美少女アバターに扮して、痛々しいことをしていたのか……始まりはいつも唐突で、予測不可能なものばかりです。
突然宝くじが当たる。突然隕石が自分の所に落ちて来る。突然事故に遭う。色々です。
そんな僕にも、ある日、突拍子がない、予測不可能なことが起こったのです。
それが起きたのが、高校二年生の夏休みに入ってから一週間くらいが経った頃。
いつも通りに起きて、いつも通りに一日を過ごして、いつも通りに朝起きたら……
「ふぇ……?」
僕は女の子になっていました。
自分でも何を言っているの? と思っちゃうくらい、突拍子が無くて、明らかに異常とも言える状況に陥った僕。
いつもより、なんだか体が変だなぁ、って思って起きてみたら、なぜか自分の体がちっちゃくなっていて、体の一部分が重くて……それから、視界の端にちらちらと艶のある黒の髪が零れていて……。
そんな風に、自分の体がおかしくなっていることを自覚。
一瞬わけがわからなくて頭がフリーズしたけど、すぐに再起動して、ビュンッ! という効果音が見えて、聴こえそうなくらいの速度でベッドから飛び降りると、自室に設置してある姿見の前に立った。
そして、そこに映る今の自分の姿を見て……声を失った。
「……え、これ……僕ぅ……?」
なんとも気が抜ける声が最初に飛び出た。
鏡に映るのは、黒髪ロングの、とても可愛らしい印象を受ける……小さな女の子でした。
夜闇のように深く、それでいて黒曜石のような艶のある腰元まで伸びた黒髪。
目も思わず吸い込まれそうなくらいに深い深い黒色で、ぱっちりと大きくまん丸で、愛嬌がある。
唇もふっくらとした桜色なのに、小さい。
頬は少しだけふっくらとしていて、ほんのりと赤くなっていた。
首から下も見てみると、そこには華奢な体躯なのに、なぜか胸は服の上からハッキリわかりすぎるくらいに大きくなっていて、肌は処女雪のように白く、きめ細かい。
全体的に小さな女の子、という印象なんだけど……あの、どうみてもこれ……えと、所謂、ロリっ娘、っていう女の子、だよね? 僕、昨日まで男だったよね?
あれ? あれれ? あれれれれ~~~~?
……いけないいけない。あまりにも非現実的過ぎる光景に、あれれ、の三段活用をしちゃった。
えっと、これは……どういうことなの……?
「これ、僕、だよね……?」
ぽつり、と鏡に映る自分を見てそう呟くと同時に僕の喉から口へと発されたのは、とても甘くて、思わず聞き惚れちゃうくらいに妙に可愛らしい女の子の声。
えー……。
僕、なんでこんなことになってるのー……?
どうして僕が女の子になっているのかわからず、ひたすらに困惑した僕は、しばらくしてその疑問を解消するために、ダメもとでインターネットを開いてみた。
検索欄に『朝起きたら女の子に』と入力して検索してみる。
すると……
『もしも、TS病を発症させたら、こちらまで』
という見出しのサイトが一番上に出て来ました。
もしかして……とサイトを開いてみると、そこには今の僕と同じ症状について記載されたページが。
僕は夢中になってそのサイトに目を通した。
そこでわかったことは、この病気を発症させると、男性なら女性に。女性なら男性に。そんな風に、性別が入れ替わってしまうとのことでした。
そして、発症させた人たちは例外なく、容姿が整っているみたいです。
つまり……
「発症させちゃった、ってこと……?」
そういうことみたいでした。
◇
それから僕は、早速サイトに記載があった電話番号にかけました。
そうすると、近くの国が関わっている病院を紹介され、色々と検査をして……結果、見事に『TS病』と診断されました。
診断後、僕はその診断書を持って市役所へ行き、戸籍等の変更手続きをして、僕の性別欄が男、ではなく、女、となりました。
それから、国の支給で三年間ほどは資金援助を受けられるそうで、額は月に二十万ほど。
この時点で、なんかもう……色々とおかしい気がするけど……なんでも、相当なストレスになる病気であり、尚且つこの病気を発症すると、なぜか身体能力の向上が見られるから、下手に死なせるわけにはいかない、ということみたいです。
身体能力の向上って何!? と思って、試しに走ったり跳ねたりと、体を動かしてみたところ、たしかにこの体にしてはすごく動かしやすかったし、なぜか体力もあったしで……本当に不思議な状態でした。
しかも元の体よりも動けたのがその……複雑。
まあいいけどね……。
そんな女の子になってしまった僕と言えば……
『はいはーい! モニターもしくはスマホ! もしくはテレビで視聴している諸君! こんひかー!
「はぁ、気分が沈んだ時は、VTuberを見るに限ります……」
推しのライブ配信を見て癒されていました。
僕が視聴しているのは、大手事務所『らいばーほーむ』に所属する、登録者70万人超えのVTuber『天空ひかり』さん。
空色の髪の毛と瞳が特徴の高校生くらいの美少女アバターで、服装はドレスっぽい感じ。
常にテンションが高く、笑顔でいる所が魅力的なVTuberさん。
そんな僕がなぜ、ひかりさんの配信を見ているかと言えば……いやもう、ね……現実逃避ですよ……。
僕がこの姿になってから早いもので、もう二週間。
この姿になったせいであまり外出しなくなった僕は、青春真っ盛りの高校二年生の夏休みだと言うのに、日がな一日をこうして動画を見て過ごすようになってしまいました。
だって……だって! しょうがないじゃんっ……!
この姿って、やたら視線を集めるし、なぜか胸もおっきいから普通にじろじろ見られるしで……本当にいいことがないんだもんっ!
だから今僕は、その現実から逃避して、癒しとも言える配信にのめり込むようになってしまったわけで……。
……それにしても、すごいよねぇ、VTuberの人たちって。
いくらリアルの自分の姿が見えないからって、そのキャラクターになりきって、そうやっていろんな人たちを笑顔にできるんだもん。
今だって、TS病で色々と死んでいる(主に表情とか表情とか……あと、心とか)僕ですら、配信を見るだけで自然と笑顔になれるんだから。
でも、VTuberかぁ……。
正直なところ……興味はあるかなぁ。
誰かを笑顔にできる、っていうのはすごく素敵なことだと思うし、自分もそうなりたい、なんて思うもん。
と、そんなことを思っていると、ひかりさんが次のましゅまろを読み……今の僕にそれが突き刺さることになる。
『はいはーい、続いてのましゅまろー! えーっとえと? 「天空ひかりさん、こんひかー! ひかりさんって、どうしてVTuberになったんですか? 教えてください!」とのことだけど……あれ、言ってなかったっけ? ま、いっか! えー、はい、じゃあ、今ぶっちゃけって言うよ! お金っ! マネー!』
【ド直球すぎて草】
【いっそ清々しいw】
【まあ、言わないだけでそう言う人は多そう】
【それ目的で始めて、どれだけの人数が挫折したか……うっ、過去の古傷が……】
【古傷ニキは記憶の封印をお勧めする】
『と、まあ、お金も割と最初の理由だったんだけどねー……実は、それは今はほとんどどうでもいいのだ! 今はこうやって、視聴者さんに笑顔と笑いを届けられることが一番嬉しいし、それが続ける理由だよっ☆』
【落として上げるとは、策士……!】
【策士……策士?】
【普通にまともな理由だった】
【けど実際、そういうモチベの方が続くんかなぁ】
『そうそのとおーーり!』
【いきなりでかい声を出すなw】
【あれ? おかしいな……イヤホンが死んだか……?】
【奇遇だな、俺もだ】
【私も】
『おっとー、ひかりのメロメロヴォイスで鼓膜が再起不能になっちゃった人がいるけど、私はスルーするからね☆』
【ひでぇw】
【畜生すぎて草なんだが】
『でもまあ、実際お金目的よりも、笑顔と笑いを届けるっていう、誰かのためにする! みたいなモチベの方が続くもんです。ケースバイケースではあるけどね』
【おっと、急に真面目モードだ】
【さっきとの温度差で風邪引くわw】
『これもぶっちゃけちゃうんだけどね? 私って、こう、色々あったわけなのさ、学生時代にね。それはもう、誰かを笑顔にするどころか、私がTHE・死人、みたいな顔でねぇ。そんな時に、とあるVの人を見てさ、これがもう健気でねぇ……あまり視聴者もいなくて、登録者もいなかったんだけど、それでも楽しそうにやっている姿が魅力的だったんだ。それを見て私は……『よっしゃ! Vなら顔を出さなくていいし、金も稼げる! やったるぞー!』ってなったわけだね』
【途中までいい話だったのになァッ……!】
【最後が台無しすぎるw】
【お、おう……】
【いや草】
【途中の下りはいいのに、最後の金稼ぐ! がノイズすぎる!】
『はっはっは! 私は馬鹿正直! 馬鹿正直をモットーにする女! そう! それがこの私、天空ひかり☆』
【馬鹿正直すぎるのもどうかと思うぞ、ひかりん】
【そうだぞー、自重しろー、ひかりん】
【わー、カッコいいなー(棒】
【すごいすごーい(棒】
『あれー?』
「ふふっ……」
今までのやり取りを夢中になって見て、僕の口からは自然と笑みが零れた。
うん、やっぱりこういう正直で、それでいて誰かを笑わせることが出来るのって、尊敬するなぁ……。
それに、すごく楽しそうだし……。
……やってみようかな? VTuber。
「なーんて! あ、あはは、さすがに僕じゃできない……と思うし……」
興味だけでできるほど甘くないもんね……。
【ひかりん的に、もしVTuberに興味がある! って人がいたらどうするの?】
不意に目についたそのコメントは、何故か僕の心に突き刺さった。
ひかりさんの言葉が気になって、じっと見ていると、ひかりさんはこのコメントを拾ってうーん、と少し唸ってから言い放った。
『最初は興味でいいと思うよ! 何事もチャレンジチャレンジ! というか、失敗を恐れてちゃ、新しい景色は見えてこない! ――なーんて。あはは、柄にもないことを言っちゃったね』
【いやいや、普通にいいと思う!】
【柄にもないは同感だけど、普通にいいことと言ったと思う】
【黒歴史製造するかもしれないけど、やってみようかな】
『うんうん! その意気! やってみようよ! 仮に失敗しても、それは一つの経験値! 今後、どこかで生きるかもしれないし、生きないかもしれない……まあ、人生なんてそんなもんそんなもーん! 結局は運だよ運!』
【やっぱ最後の一言が余計なんだよなぁっ!】
【馬鹿野郎! それがいいところだろう! 余計だけど!】
【フォローになってねぇw】
経験値、か……。
たしかに、そうかも……。
「となると……いやでもなぁ……」
試しに応募してみようかな……?
なんて思って、別のタブを開いて色々な事務所を見てみる。
すると、色々な事務所が出て来て、ついつい色々なところを覗いてしまう。
個人勢としてやるか、企業勢としてやるか……そのどちらかになるんだけど……。
「うーん……でも、設備とかないしなぁ……一応、貯めに貯めたバイト代があるけど……ちょっと、お姉ちゃんに相談してみようかなぁ」
それに、家族にもいつかは話さないといけないもんね、この姿のこと……。
とりあえず、お姉ちゃんに連絡してみよう。
僕はスマホを取り出すと、お姉ちゃんの番号を呼び出す。
普通なら、何回かコールがした後に繋がると思うんだけど、お姉ちゃんの場合、僕が電話をかけると一コールが鳴り切る前に繋がる。
なので、電話をかけてみたんだけど……
『『もしもしー? 可愛い可愛い弟君かなー?』』
…………ふぇ?
なんか今、声が二重に聞こえた様な……?
一つは電話口で……もう一つは……と、恐る恐る、声がした方を見れば……そこには、嬉しそうな表情の『天空ひかり』さんが……って、え、今、目の前から声が聞こえた……?
い、いやいやいやいや!? き、きき、気のせい、だよね……? ねぇ!?
【え、弟君?】
【ひかりん、弟いるの!?】
【というか、配信中に電話出るのは草すぎるんだが?】
【つーかいいのか? これ】
ああぁぁ! コメント欄にも普通に流れてるぅ!?
ど、どどど、どうしよう!? い、いやでも、たまたま同じタイミング、同じセリフで言っただけかも……!
『『あれあれ~? どうしたのかな~? 久しぶりのお姉ちゃんのお話でぇ、恥ずかしくなっちゃったー?』』
【おい、なんかいつもとテンションが違うぞw】
【くっそ猫なで声で草】
【ひかりんにここまで好かれるとか、どんな弟なんだ!?】
……だ、だめだっ、やっぱり目の前のひかりさんから聞こえるっ……!
ど、どういうこと!? これって!?
「あ、あの、お姉ちゃん……」
『…………んんんん!? あれ!? 弟君、風邪引いた!? なんか、声がおかしくないかな!?』
【お?反応変じゃね?】
【どうしたんだろ?】
「いや、あの……も、もしかして、お姉ちゃんって、その……天空ひかりさん、なの?」
『うん、そだよー? ……って、そうじゃなくって! お姉ちゃんの知らない女の声がするんだけど! 彼女!? ねぇ、彼女が出来たの!? だ、ダメです! お姉ちゃん、まだ許しませんよっ!』
【おっとブラコンか?】
【過保護すぎるw】
【知らない女の声の部分に、やたら力入ってて草が生えますよ】
お姉ちゃん、なんか暴走してるんだけど……。
「あ、あの、今配信中みたい、だし、えと、ちょ、ちょっと相談したいことがあった、から……その……は、配信が終わったら、か、かけ直すねっ!」
さすがにこのまま電話をし続けるのはまずいと判断した僕は、悪いと思いつつも一方的に電話を切った。
『あ、弟君!? き、切れちゃった……』
【すっごいしょんぼりしてるのいいゾ~これ】
【しょんぼり助かる】
【というか、弟君いたんだね】
『うん……目に入れても痛くないどころか、吸収しても何ら害は無く、ひたすらハイになって無敵になれそうな、可愛い弟君なんだけどね?』
【おいキモイこと言い出したぞ、この元気っ娘】
【なにか、見えてはいけない片鱗を見た気がする……!】
【こえぇw】
【弟さん、薬物か何か?】
『うーん、でも弟君は彼女というより、彼氏が出来そうな見た目だし……』
お姉ちゃん、なんか僕の個人情報を晒そうとしてないかなぁ!?
あと、普通に酷いこと言ってる!
【ま、まさか男の娘!?】
【なにぃ!? そこんとこkwsk!】
『いやいや、さすがにこれ以上は言えないよ! まあ、話が脱線しちゃったし、ましゅまろに戻ろっか! 次は――』
僕が電話をかけて、お姉ちゃんが電話を取ったことで始まったちょっとした騒ぎは、ましゅまろを読む方に戻ることで、進行が戻りました。
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