どうにかしたい
部長の呼び出しの翌日。
カッカッカッ
チョークを黒板に叩く音が教室内に響き渡っている。
「…2倍角も3倍角も半角も全部やってることおんなしだからね。わざわざ覚えないでよ。」
時刻は正午を回るところ。
教室内は退屈な眠い空気で充満している。
キーンコーンカーンコーン
「テスト範囲は今日の授業までね。課題忘れないように」
「じゃあ号令お願い」
「気を付け、礼。」
号令が終わると同時に、教室がわっとクラスメイトの声であふれかえる。
1分前までの静寂が嘘みたいだ。そう思ったとき、左から誰かが近づくのに気が付く。
「さとうぅ…、僕テスト終わったかも…」
矢板だ。言いそびれたが、俺と矢板はクラスも同じである。
「まだ始まってすらないじゃないか、
それにそういう矢板が俺より少し点数高いのが通例なのに。」
俺は学生の潤沢な時間をゲームや遊びに費やすので、学内での成績は低い方である。
「そうだけど、今回はほんとにヤバいかも。」
「特に数Ⅱやばいよ。」
今は高校二年生。数学の難易度は一年前とは比べ物にならないほど上がっている。
「確かに数Ⅱむずいよな。てか俺、課題終わらせる自信ないわ。」
「僕もやばいかも。」
「お前もかよ。あいつはどうしてんのかな、課題。」
勉強、勉強、勉強・・・
本当は、勉強の話に気は乗らない。
せっかく
しかし、テスト期間という理由で、本心とは裏腹に勉強の話をせざるを得ない。
手洗いを済ませた後、弁当を携えて矢板とともに三階のバルコニーへ向かう。
ガチャ
バルコニーの金属製のドアを開けると、蒸し暑い気塊が体当たりしてきたが、動揺せずに外へ出る。
いつもの円卓の席には、既に橋本が座っていた。橋本のみ違うクラスにいるため、授業以外の時間は、こうして教室以外の場所に3人で集まったりする。
「今日早いな。勉強の調子はどーよ」
「ああ、いい感じだよ。課題も二周目入ったし。」
「え、あっ、終わったってこと?」
テストまで一週間を切っているが、一夜漬けでも終わりが見えない理系数学の課題量を考えると、とんでもない偉業に聞こえてくる。
「まあ、前回のテストが終わった時からコツコツ進めてたし」
「偉いなあ。俺は毎日ゲーム三昧なのに」
「僕も」
「ははっ、お前らもうちょっとちゃんとしろよ」
橋本がいつもより高いトーンで笑いながら言った。
そんな会話をしながら、席について、弁当を広げる。
毎朝母親が作ってくれる弁当の中身は、いつもの海苔ご飯とコロッケ、ほうれん草の炒め物、トマト、甘い卵焼きだった。早速、海苔ご飯に手をつける。
「僕思うんだけど、積和の公式ってなんだよぉ。あれ全部覚えなきゃいけないの?」
「え?矢板、和積だよ」
「いや、2人共合ってるわ、積和も和積も両方あるけど片方覚えれば十分よ」
「えー、僕、片方だけ覚えるのもきつい」
「参考書やってればすぐ覚えるよ」
「そ、そうかなぁ」
「てか、そこより円と方程式の範囲のほうが難しくね?」
「あーね」
「え、そうなの?」
校舎沿いに並べられたカンザンザクラの濃い緑色が揺れる。
海苔ご飯を食べ終え、トマトを口に入れると特有の食感が口に広がる。
緩やかな昼の時間が流れていく。
「あー、早くテスト終わんねえかな」
「僕もはやくテスト終わってほしい」
「だってお前らゲームが出来るからな」
橋本の発言に少しイラっとした。
「俺、ゲーム以外にもやりたいこといっぱいあるんだわ」
「つか、夏の特集に向けて頑張んないとだし」
「さとうの言う通りだよ」
「そういえば、何取材することにしたの?」
昨日の呼び出しの後、3人で特集について何を取材するかを話し合ったが、決着が付かずにいる。ただ、そうやって内容を慎重に決めるのも大事だが、早く決めるに越したことはないと思う。
「夏休み明けまでに作ればいいんでしょ。まだ2ヶ月もあるじゃん」
「余裕。」
(冗談か?)
この橋本の発言は、危ないフラグを建てているようにしか思えない。
「僕、伝統的な夏祭りとか取材したいなぁ」
(それは、何を思ってそうなった?)
確かに、いつものノリなら夏祭りを取材したかもしれない。が、今回は購読数を絶対に稼ぎたいため、高校生のニーズが少ない郷土文化的な内容は却下である。
「お前ら、もうちょっと真面目に考えてよ。」
さっきまで、特集の内容を決めるのはテスト明けにしようと考えていた。しかし、二人の発言から、俺たちは相当危険な状態にいると今更ながら気がついた。そして、その危険な状況に二人が気がついていないのが事態を深刻化させている。
「2ヶ月先だからと言って呑気に夏を過ごして、うっかりラストチャンスを逃すわけにいかないし、自分たちが好きな内容ばっかを取材したら、読者は離れていく。」
「俺が思うに、今、ちゃんと特集の内容考えないとヤバいぞ。」
矢板はきょとんとしているが、橋本は何か言いたそうである。
「あー、わかったわ。」
「確かに、佐藤の言う通りヤバい状況なのかもしれん。」
「だがな、今までも見てきてわかったが、このチームは佐藤がいろいろ引っ張ってきた。」
「俺たちが主導して何かやるとろくなことにはならない。」
「だからな。今後の為に特集の内容は佐藤にお任せするわ。」
「矢板もそう思うよな。」
「確かに。さとうは頼りがいあるもんね!」
一瞬、サボる口実を作ろうとしているのでは、と思ったが、橋本の言うことには妙に説得力がある。確かに、このまま2人に意見を求めても駄目な気がした。
「わかった。じゃあ、俺が勝手に決めるけど、それでほんとに良いのか?」
「だから、お任せするよ」
お任せと言われても、一人で特集の内容を決めるのも難易度が高いと感じた。
キーンコーンカーンコーン
その時、外壁に取り付けられたモノラルスピーカーからチャイムが鳴った。
「あっ、もういかなきゃ」
弁当は少し残っているが、このくらいは放課後に食べればいいだろう。
「じゃあ、またな」
橋本に別れを告げ、
俺たちはバルコニーを後にした。
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