夏が来るっ

 六月下旬。

 外は無制限に強い日差しが降り注いでいる。

 放課後の旧校舎の廊下は蒸し暑く、窓からの斜光がまぶしい。


「僕たち、なんで呼び出されたのかな」


 この隣に歩いている小柄で華奢な男子は矢板こうという。新聞部では、チームを編成して記事を執筆する。矢板は入部当初から同じチームで、今まで新聞部での競争を共に味わってきた心強い仲間だ。矢板は郷土文化や歴史に詳しく、たびたびそんな内容の記事を執筆している。ただ、見かけと同じように性格も華奢なものをお持ちなのが、不安に思うこともある。


「どうせ、掲載枠を減らされるとかじゃないか?」


 部長からの直々の呼び出しだ。2年に入ってから俺たちのチームの記事は購読数が低迷している。だから、掲載枠を減らされてもおかしくはない。


「でも、今、紙の枠が1個でネットが2個だよね。

これより減らされたらさすがにヤバいんじゃない?」


 事実、掲載枠が減らされて呑気に出来る場合ではない。新聞部の中でも俺等のチームは掲載枠の数は最底辺だ。これ以上減らされたらどうなるかわからない。


「ま、そん時はそん時だろ」


 そんな話をしていたら、俺たちはもう呼び出し先の教室の前に着いてしまった。新聞部は部員が多く、場所をとるということで旧校舎の一階のいくつかの教室を部室として使っている。

 今回は、部長や副部長等の幹部が会議などで使う部屋に俺たちは呼び出された。


 ガララ


 部室の扉を開けた先には、二人の生徒がいた。

 奥の席、いわゆる上座に座っている長身でスレンダーな女子は、神杉甘萌かほといい、2年生の新聞部長である。いつもクールにふるまっている高嶺の花的なポジだが、どっからこんな人が湧いて出たのかよくわからない。というのも、1年生の時、新聞部にこんな人いた記憶がない。噂によると元々は生徒会だったらしいが、なぜ新聞部の部長になったのか謎である。その部長の手前の席に座っている、中肉中背でメガネをかけた男子は橋本慶太と言う。矢板と反対に物怖じしない性格で、仲間として(遊び仲間としても)心強い。橋本は1年生の冬からチームに合流した。現在は矢板と橋本、俺の三人体制で活動をしている。


「二人ともここに座って、話したいことがあるの」


 部長に言われたとおりに、橋本の隣に座り、続けて矢板が俺の隣に座る。


「それで、今回は何の用だ?」

「そうだね。まず、一学期末までの購読数ランキングとその推移を見てほしいんだけど」


 部長が手元にあった資料を配る。


「この月間ランキングによると、今月、あなたたちのチームはワースト1位なの」


 購読数ランキングは部室前に張り出されるので、そんなの重々承知である。


「紙面の購読数は、読者のアンケート結果だから、あてにならないかもしれないけど、ネットの購読数は正確なアクセス解析をもとにしているから信用できるわ。」

「普通、紙面の購読数が少ないチームでもネットでリカバーをとるチームが多いの。」

「でも、あなたたちのチームはネットの購読数も月に20回程度で最下位だわ。」

「それに、最近の記事はネットの情報をコピペしたみたいな記事。」

「これって、やる気あるの?」


 彼女の口から出てくる言葉に少々イラっとする。しかし、彼女は事実を言っていることには違いない。

 ここまで落ちぶれてしまったのにも理由がある。一年生の冬までは購読数は校内4位だった。二年生の先輩たちを打ち負かすくらい実力があった。ただ、二年生に上がって以降、勉強や遊びとの兼ね合いが難しくなってしまい、部活をおろそかにしてしまったのだ。正直なところ、地位とか名声はどうでもよくなった。掲載枠を減らされようが月に数個くらい記事を執筆できれば十分である。


「あります・・・」


 矢板がしょげた声で言った。


「あぁ、わかった。気を付けるよ。」


 続けざまに橋本が言った。


「そう。で、佐藤君は?」


 相変わらず強い口調が腑に落ちないが、ここは冷静に謝ることにしよう。


「俺たちが悪かったかもな。反省するよ。」



 だが、部長はこのまま説教だけで終わらせる人ではないはずだ。


「そうね。」


 やはり、部長が手を組んで天井の一点を見つめている。俺たちへの罰か何か考えているのだろうか。


「うーん。」


 ただ、掲載枠を減らすだけなら話は即決であるはずだ。しかし、考えている時間があまりに長い。なんか、不気味だ。


「決めた。」

「あなたたち、本当に反省しているのかしら。」

「こうやって、掲載枠を減らされるのに痛みも感じなくなってるでしょ。」

「だから、今回は掲載枠を減らすわけじゃない。」

「えっ。」


 衝撃の発言に動揺して思わず声を漏らしてしまった。


「って、そもそもこれ以上掲載枠を減らしたら、掲載枠が無くて新聞部にいる意味がなくなっちゃう。だから、言いたいことわかる?」


 掲載枠が0。つまり、執筆活動は新聞部で出来ないので部にいる意味がない。つまり、彼女が言いたいのは・・・


退しろってか。」

「そう。その通り。」

「でも、いくら私でもそこまで冷酷なことできない。だから、チャンスをあげる。」

「新聞部では夏休み中は記事を執筆できない代わりに、休み明けにそれぞれのチームが特集号で独自の雑誌を出版するよね。」

「一年生の時、その特集号で、購読数が低迷してたチームがランキングで一位を取ったことがあったの。」

「だから、あなたたちにもチャレンジしてほしいなって。」

「特集号で成功したらあなたたちの評価はぐんと上がるわ。でも、失敗したら、私はあなたたちの事信用できないから、強制的に退部させるわね。」

「どう?嫌なら今ここで退部してもいいけど。」


 理不尽な選択というか、そもそも選択させる気のない問だと思った。

 右を見ると橋本が手を組んでいて、左の矢板は少しおびえた様子だ。誰が答えるのかお互い迷った様子だったが、意を決して言うことにした。


「わかった。夏の特集で購読数を挽回する。だから、退部はよしてくれ。」


 実際、二人の意見は聞いていないが、二人とも同じ考えだろう。


「ほんとに?」

「ちゃんと頑張るって約束できる?」


部長はしつこく突いてくる。


「勿論。退部は絶対に避けたいから。」

「そう。じゃあ交渉成立ね。」

「夏、がんばってね。応援してるよ。」


 部長の口調が急にやさしくなり、場が和らぐのを感じた。

 部長は、俺たちの背後を通り、扉へ近づく。


「そうだ、さっきのお話の去年の子達は、心霊ものを扱って人気になったんだって。」


 部長は、扉を開けた際にそう言い残して部室を後にした。


―――ジーーー


 外からニイニイゼミの鳴き声が聞こえた。

 ニイニイゼミ・・・。

 関東では、一番最初に鳴くセミだと聞いた。


 つまり、夏が来るのだ。

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