第3話爪を愛でる

あの子が交通事故で死んだ、と私に告げたのは、同級生で生徒会書記の香織ちゃんだった。


私は耳に当てたスマートフォンを取り落としそうになったけど、香織ちゃんの話をよく聞くために、右手の力を強くした。指先が白く変色するほど強くスマートフォンを握りしめたまま、ベッドの前で棒立ちになる。


耳の神経に意識を集中して、詳しい事情を聞いた。


香織ちゃんの話は、要約すると次のような内容だった。


香織ちゃんは不幸にも、交通事故の瞬間に居合わせてしまったらしい。

あの子は私と別れてしばらく歩き、大通りに出たところでトラックに跳ね飛ばされたそうだ。香織ちゃんがあの子を見かけて声をかけ、あの子が立ち止まって香織ちゃんに気を取られたがために、あの子はトラックの接近に気づけず、引かれたという。


「私が日向生徒会長に、声をかけなければ、声をかけなければ、引かれなかったかもしれないの。本当に、ごめんなさいいい」


香織ちゃんは、スマートフォンのスピーカー越しに、何度も後悔と謝罪の言葉を繰り返した。


なぜ私に何度も謝るのかと、不思議に思う。


とりあえず私は、香織ちゃんの責任ではないと言って聞かせ、錯乱した香織ちゃんを落ち着かせる。落ち着いたところで話の続きを聞く。


それによると、あの子は病院に搬送され、一日は持ち堪えたが、日付が変わった直後に息を引き取ったという。香織ちゃんも病院まで付き添って、医者から直々にあの子の死亡を聞いた。そのすぐ後に私は連絡してくれたそうだ。


私は、教えてくれてありがとう、とお礼を言って、通話を切った。香織ちゃんはまだ何か言っていたような気がしたけど、私はもう興味を失っていた。


スマートフォンをベッドの上に置き、深呼吸をする。


ふいに部屋の中央にあるローテーブルに目をやった。


昨日までそこで爪を切っていた、あの子の姿を瞼の裏に思い浮かべて、同じ映像を反芻し続けた。


私は無言のまま、歩いて近くの引き出しを開ける。ティッシュに包まれた彼女の一部をそっと撫でた。


たった十個の爪先だけど、あの子がここにいるのだと思うと、私の心は何故だか酷く落ち着いたのだ。



 ――私の部屋で爪を切ってすぐに、あの子は死んだ。



その現実を受け入れた時、私はこの爪を彼女の代わりに愛し、愛でることにしたのだった。

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