第三話「ジグザグな貴方」

 ビルの中は当然ながら、長らく放置されていただけあって荒れ果てている。自然という猛威が建物を老朽化させ、今にも倒壊しそうで怖い。

 千年都市の建物は全体に保全魔法を掛けられているため、普通の老朽化ではまず潰れないが、外の世界ではそういったものがないためひやひやとする。


 錆びた壁に手を付けながら、崩れかけた廊下を歩き、気配を探る。


 ……恐らくだが、この付近には誰もいないだろう。


 五階からの階段は崩れており、物理的に上がれそうにない。仕方なく下っていると地下への階段を発見した。

 何故だろうか。今まで何もなかったからか、妙に地下が気になった。悪い予感ではないが、何かしらの発見があると私の直感が囁いていた。


「オリ……この先は気を付けた方がいいにゃ」


「やっぱりですか?」


「レーダーが少し乱れているにゃ。原因不明だにゃー」


 弱い私がこの先に行くのは危険だろう。

 仮にジグザグが出たとしたら死への特急便だ。

 しかし、今更引き返そうとも思えず、取り敢えずより一層気を引き締めた。


「そうだにゃ。オリには武器を渡しておくにゃ」


「え? そんなのがあるんですか? って! 最初から渡してくださいよ!」


「わ、忘れていたわけではないにゃよ? こ、これにゃ」


 ディスクの背中が開き、中から出てきたのは黒い筒状の武器。大きさは片手で持てるほどで、綺麗に手入れがされているようだ。

 ディスクの説明を聴きながら、武器を弄っていると思い出した。


「これは魔砲ですか?」


 魔砲とは、魔力の弾を撃ち出せる魔術的アイテムだ。

 千年都市が誇る高位魔術師の一人が、どんな凡人でも戦えるようにと開発した武器で、私も一度だけエムサイズに使わせてもらったことがある。

 が、魔力の量が少ない私が使うと直ぐに弾切れを起こし、気絶してしまったのは苦い思い出だったりする。


「これは銃にゃ。それもハンドガン。簡単に言えば、魔砲のからくり版だにゃ。パソコン様が直々に修理したものにゃ」


 そんなものがあるなんて初めて知った。

 からくりというだけで骨董品なのに、それを使えるように修理したとは流石パソコンだろう。からくり好きを自称するだけのことはある。


 と、いうことは取り扱いには注意しないといけないだろう。

 銃というものは分からないが、魔砲というものが危険だということは重々承知だ。


 私は銃を手に取って、動作の確認をする。危ないので撃ちはせず、ただグリップを握って見たり、スライドに滞りがないか確かめたり。殆どの部品、見た目は魔砲と同じだが、少しだけ気になったのはマガジン部分だった。


「魔砲だとそこに魔力を注入するにゃが、銃はそこに火薬の詰まった弾を詰めるにゃ」


「ないよりはマシですね……」


「それで戦えばジグザグに位置がばれないにゃ。魔術だと魔力でジグザグに場所がばれるからにゃー」


「なるほど。魔術ではない、外の調査にはもってこいということですか」


 私は安全装置を解除してから階段を下りた。

 コンクリートの地面がこつこつと、定期的なリズムを鳴らしていると部屋へと辿り着いた。

 天井には所々穴が空いており、そこから日差しが差し込んでいるため視界には困らない。

 何の変哲もない部屋だった。荒れ果てて何もない。強いて言えば朽ちた机と椅子があり、フカフカだったベッドはスプリングが剥きだしになっていて、よくある廃墟の一室に思える。


「気をつけるにゃ。そこの瓦礫の山から何かの反応を感じるにゃ。恐らく、ジグザグの類だにゃ」


 ディスクの言葉に私は息を呑んだ。

 何か強い衝撃が起こったのか、壁にクレーターができ、その下にコンクリートの破片が積まれているのだが、そこに何かがあった。


 何度でも言うが私は弱い。魔力だって、他と比べたら圧倒的に劣る。千年都市の中で最弱と言っても過言ではない。

 その所為で今まで散々な目に遭った。

 過去には奴隷のように働かせられた事もあったし、理不尽な暴力を受けたりもした。そして、私に力が無かったから両親はジグザグに殺された。


 それはきっと、この状況でも同じだろう。いくら私が銃という武器を手にしたところで、ジグザグには勝てない。魔人同士の喧嘩でも負けてしまう。


 ふと振り向いたら絶望だ。この鈍色の箱庭を体現しているかのようにありきたりな話でもある。

 自然と身体に力が入ったが、妙に冷静だった。

 何が埋もれているが分からないが、それが自分の命を脅かすものであっても関係ない。他人事のように思え、私はディスクの忠告を無視して瓦礫を退かした。


 そうして見えてきたのはジグザグと思わしきモノ。

 敵だと理解した瞬間、涙腺が熱くなった。両親の死体が脳裏に過り、怒りが胸の奥底から込み上げてくる。


「そうだ。私は……この世界が、ジグザグが憎いんだ……」


 自分の感情を理解し、私はその場で崩れ落ちた。


「オリ! レーダーに新たな反応にゃ! おそらく、さっきのジグザグが近づいているにゃ! 早く逃げるにゃ!」


 ディスクが慌てているが、私は戻らない。

 目の前で壊れているのがジグザグならば、徹底的に破壊してやろうと思った。

 そうしたらきっと、この淀んだ気分は晴れる筈だ。


 瓦礫から垣間見えたのは人の腕のようなもの。

 間違いないジグザグの腕だろう。その証拠に肘から手首にかけて、内部のからくりが剥き出しになっている。


 虫唾が走った。

 ジグザグは嫌いだ。この鈍色の箱庭に地獄を塗った奴らであり、私の両親を奪った奴らでもある。


「っ! こんな奴らがいるから! 私はッ!」


 私は潰れているであろうジグザグの哀れな姿を見てやろうと瓦礫を退かす。

 鋭利なガラスがあろうと、虫が蔓延っていようとも、私は必死になって、傷ついた手を動かす。


 そして、漸くジグザグの全貌が明らかになった時――


「な……んで……」


 私は見惚れてしまった。


 今まで放置されていたにも関わらず、汚れていない雪のように真っ白な肌。瞳は見えないが、長い睫毛。ぷっくりとした唇は瑞々しく、艶のある髪は地面に広がっている。汚れひとつない漆黒のワンピースにはふっくらとした形の良い胸が浮かび上がっている。

 美しかった。まるでお姫様が棺の中で眠っているようで、目覚めのキスを待っているようだ。とても潰れているようには見えない。


 ……待て。私は何を思っている。

 こいつはジグザグだ。親の仇だ。

 こんな感情を抱くなんてありえない。あってはならない。

 酷い。自分が醜いように思え、途轍もなく怖くなった。


「そうだ。ジグザグなんて破壊してしまえば……」


「オーリー! 聞こえているにゃ! 無視するんじゃにゃいにゃ! さっさと離れるにゃ! ジグザグが近づいているし、そいつは完全には潰れていないにゃ!」


「そうですか……」


 ディスクがその場でジャンプして主張してくるが、それは私にとって朗報でもあった。

 目の前のジグザクは瀕死であるのは明らかだ。

 つまり、この手でジグザグを斃せる。

 他でもないこの私の小さな手で。こんなにも弱い私に、このジグザグは負けてしまうのだ。


 私は徐に銃を構えた。

 狙うのは勿論、からくりの額だ。弱点かは分からないが、からくりといえど脳天に攻撃を喰らえば、ただでは済まないだろう。


 標準を合わせ――向こう側に映るのはぼやけたジグザグ。


 引き金に指を賭け――本当に、殺してしまっていいのか?


 迷う。


 何故?

 分からない。ジグザグの整った身体を見ていると、胸の奥がきゅうっと締めつけられ、胸の高鳴りを覚えた。この感情の名前は何だろう。


「オリ! もう間に合わないにゃよ!」


「ちっ……」

 

 刹那、耳朶を撃ったのは轟音。

 咄嗟に振り返ると、そこには崩れた天井と共にジグザグがいた。

 それも先ほど見かけたジグザグであり、ディスク風に言うならば19070AEZ8である。

 相変わらずからくりが露出しているキメラのような異質な身体。手にはアサルトライフルという大きな筒のような武器が握られているが、今なら分かる。

 あれは私の武器であるハンドガンという銃と同じ類なのだろう。よく見れば形状が似ており、マガジンと思わしきものがジグザグの身体に幾つも仕舞われている。


「ジグザグッ!」


「魔人を発見。これより排除を開始します」


 私の怒りが籠った睨みにも何の反応を示さない男型のジグザグは、まるで真っ赤な林檎が木から落ちるように――ジグザグが魔人を斃すことが当たり前かのように、銃を此方へと向けた。


 私は咄嗟に銃をジグザグへと向け、トリガーを引いた。

 一発目――ジグザグの肩へ着弾。

 二発目――反動で腕が上がり、ジグザグの額へ。

 三発目――以降は反動で碌に標準を付けられず、壁へと吸い込まれてしまった。

 移行も破裂音が連続し、木霊し、辺りは静寂とする。

 ハンドガンは全弾を撃ち尽くしたようで、うんともすんとも言わなくなった。


 ジグザグが銃を構えた。

 少なくとも二発、ダメージを与えた筈なのに、ジグザグは痛がる素振りも見せず、ただ淡々と目の前の魔人を駆逐しようと行動していた。


 ディスクに忠告されてから逃げなかった時点で、この展開は察していたが、まだ死の覚悟はできていなかった。

 自分はこうも呆気なく死んでしまうのか。

 抵抗しようにも魔力の才がなく、弾が尽きた。経験も浅い子供。低級魔術すらも、なに一つ唱えられない。この場に希望なんてない。


 絶望だ。私は悪意のない絶望を向けられている。血の気が引いていく。

 

 ……しかし、私は死を求めていた筈だ。

 死こそが救済だと思い、ずっと死のうと思っていた。

 なのに、どうしてこうも自分の命が惜しく感じるのだろう。生きる理由なんて、希望なんてない筈なのに。


 最後まで私はチグハグなのだろうか。

 自分が分からない。そう思って死んでいくのか。


 脳内に流れる走馬灯なんてものはない。親と過ごした記憶は薄く、孤独になってからはずっと絶望してきた。

 

 怯えて身体が竦み、後退っていると――誰かが私の肩を引っ張った。

 ディスクだろうか?


 重心がぶれて倒れる。すれ違いざまに私の前に出たのは猫の形をしていなかった。

 颯爽と、私を庇ったのは髪の毛を棚引かせた女型のジグザグだった。


 エラーを起こしたかのように思考が停止して、何もかもが真っ白になった。

 やはり潰れていなかった? どうして私を庇う?


 そう思った時には男型のジグザクは血を撒き散らして倒れていて、私は呆然としてしまう。ただ、ジグザグである彼女が助けてくれたことだけは分かった。


 だからこそ、私は理解できなかった。

 ジグザクが人類を淘汰し始めたのは事実。この世界にとっては既に当たり前のこと。それなのに人を助けるなんて、あっていいのだろうか? 何かの罠ではないのか?


「どうして私を助けたんです。もしかして仕返しですか? さっき私が貴方を殺そうとしたから、その復讐ですか? だったら一思いにやってください。どうせ抵抗なんて、私にはできないですから」


 私は自分でも驚くほどに早口で述べる。それほど動揺しているのだ。


 しかし、彼女はよく分かっていないのか、こてんと小首を傾げると光のない瞳で私を見つめていた。

品定めをされているようだったが、不思議と嫌ではなかった。

 

 暫くして、彼女は笑みを浮かべた。まるで女神様を彷彿とさせるような、慈愛に満ちた笑みだった。

 そして、語りかけるようにそっと手を差し出してくる。


 希望だ。

 恐怖心に満ち溢れていた心が浄化されていくようで、胸が安堵でいっぱいになる。それと同時に、私の中で彼女が特別な存在になっていくのを感じた。


 私は彼女の手を、迷うことなく取った。


「うひょー! 新しいタイプのジグザグだにゃ! しかも魔人を助けるだニャンて大発見にゃ! パソコン様に報告しにゃいと!」


「うるさいですね」


 興奮するディスクが酷く場違いのように思えた。

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ちぐはぐな世界の片隅で 風の行方を嘯いて 劣白 @Lrete777

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