第二話『不穏なミッション』

 私は呆然としていた。

 光に包まれたかと思えば、目の前に広がるのは廃墟。瓦礫が山になり、苔に覆われた壁面に、生い茂った雑草。雨が降っていたのか、所々に水溜まりが出来ており、少なくとも知っている場所ではない。

 ……現実逃避は良くないだろう。


 そうだ。ここはきっと外の世界に違いない。


 千年都市にはジグザグの侵入を察知するための魔力のレーダーが張り巡らされており、それらは魔力を持った生物ならば誰にでも目視が出来た。具体的には空に、星座のような無数の線が引かれているのだが――それは忽然と姿を消している。

 つまり、此処が千円都市の外だという判断できるだろう。


 冷静に状況を分析して絶望していると、不意に服の裾を誰かに引っ張られた。


「ディスク? 一緒に飛ばされたの?」


 マーキングするかのように私の足に身体を擦りつけるディスクが居た。

 からくりとはいえ、猫をモチーフにしているだけあってよく見てみると普通に可愛らしい。キュートアグレッションを刺激された私はディスクに触れた。


「気安く触るにゃ」


「え? しゃ、喋った!」


 喋ったといっても口が動いた訳ではなく、どこかにスピードを含んでいるのだろう。声質も、魔人のようではなく、どこかノイズが掛かっており不自然だった。


「我が名はディスク。偉大なるパソコン様の命により、お前の補佐を命じられた」


「お前って……一応、オリと呼ばれているんだけど……」


 猫にお前と呼ばれる経験はそうそうないのでは?


「ならばオリ! 今から調査だにゃ!」


「調査? ここって外ですよね? ジグザクが蔓延る世界を探索? いや、無理ですけど? いきなりなんですか? 早く元の場所に戻してください」


「パソコン様が使った転移魔法は特別にゃ。予めマーキングした座標に飛ぶことができるにゃ。距離は関係にゃく、対象も自由自在にゃ!」


 それはすごい。

 流石はパソコン。高位な魔術だけあって、エムサイズが使う転移魔術とは比べ物にならないらしい。

 私は感嘆しつつ、視線でさっさと帰るように促す。


「だけど帰れないにゃ! 何故なら! 転移魔法の発動権はパソコン様にあるのニャ!」


「ならパソコンに連絡を取って、帰してもらえば……」


「からくりによる通信が僕に搭載されているにゃ。だけどパソコン様からの一方通行になっているにゃ」


「えっと、つまり?」


「僕たちはパソコン様に外に飛ばされたにゃ。ミッションをコンプリートするまで帰れないにゃ……うう、安寧だった生活が恋しいにゃ……」


 ドライフラワーのようにシナシナになっているディスク。

 どうやら猫であるディスクも、この状況は不服らしく、仲間がいたことに安心感を覚える。


「兎に角にゃ! オリが調査を終えないと帰れないにゃ!」


「理不尽です。そもそもミッションって何ですか?」


「そこにある建物の調査にゃ」


 ディスクがからくりで出来た腕で指した方向を見ると、一キロくらい先に今にも倒壊しそうなビルがあった。


「あれは以前、パソコン様が直々に外の世界へと調査に乗り出した際に発見した建物にゃ」


「普通の廃墟じゃないですか?」


「パソコン様曰く、何者かが出入りした形跡があるらしいにゃ」


「それは……」


 確かにおかしい。

 外の世界の魔人は根絶されていると、そう言われるほど外の世界は残酷だというのに、何者かの出入りがあったとしたら、それはきっと高位の魔術師の誰か。ジグザクの可能性も考えられるが、彼らが理由もなくビルの中に入るとは思えない。

 ……外の世界で暮らす野良の魔人である可能性もあるが、この世界の残酷さを知っている私はないと断言できた。


「当時パソコン様は調査しようとしたんにゃが、途中で魔力切れを起こして帰ったにゃ……そのまま放置されて、忘れていたところを漸くオリが引き継いだ感じだにゃ」


「なんですかそれは……」


 まるで適当に宛がわれたようで釈然としないが、その方が気楽で挑めるのでいいのだろうか?


 正直、気が進まないが、帰るにはパソコンの言う通りにするしかないだろう。

 ジグザクが出てきたらその時だ。死ぬ覚悟は相変わらず出来ていない中途半端だが、私が死んだところで何もないだろう。


 私は溜息をつき、恐る恐るビルへと近づいてみる。

 近づくに連れて、見えてくるのはただの廃墟。張り巡らされたガラスは粉々に砕け散り、ほぼ鉄骨がむき出しになっている。長い年月、雨風に晒されて放置された人間たちの遺産だ。


「にゃ! レーダーに反応! 隠れるにゃ!」


「えっ、なんですか?」


 考え込んでいるとディスクに瓦礫の陰へと引っ張られた。

 声の感じから焦りが見受けられたので、私は大人しく従って息を潜める。


 すると、空気を切り裂くような音が聞こえたかと思えば、空から舞い降りたのは天使だった。

 からくりで出来た翼を羽搏かせ、その手には長い筒状の武器を持っている。


「ジグザグッ……」


 忘れるわけがない。

 あれは、親の仇であるジグザグだ。


「ジグザグだにゃ。照合、19070AEZ8。どうやら男性の飛行型中距離アサルトライフル装備みたいだにゃ。バージョンも低いし、一般的な雑魚兵にゃね」


「???」


「パソコン様はからくりの研究と共にジグザグの研究もしているにゃ。その結果、ジグザグには種類があることが判明しているにゃ」


 ディスクの説明を受け、私はジグザグを垣間見る。

 ジグザグはバイザー越しに何かを探すかのように辺りを見回すと、すぐに何処かへと飛んでいってしまった。


「行ったみたいだにゃ」


「なんだったんでしょうか?」


「ジグザグはプラーナ光……つまりは“魔力を探知して魔人を排除”しているにゃ。恐らく、転移魔法の残滓を偶然発見したんだろうにゃ。多分、この辺りの捜索を始めると思うから気をつけるにゃ」


「そうですか……」


 少し違和感を覚えたが、今は調査に集中した方がいいだろう。

 特に気に留めなかった私は周りの安全を確認してから、目的のビルの中へと突入した。

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