第一話『パソコン』

 そこにいた人物は見るからに異質だった。

 街中では見かけないタイプの人で、率直に言えば変人というのが抱いた第一印象だった。


「あの、ネックレスを返してくれませんか?」


 呆気に取られた私の口から辛うじて出たのはネックレスのことだった。

 しかし、返す気がないのか、パソコンと名乗った人物はネックレスを手に取って観察している。

 確かに珍しい形状をしたネックレスだが、そんなに物珍しそうにするだろうか。


「それに……私の雇用主ってどういうことですか?」


「ん? オリに内定を出したのは私だからだよ」


「つまり、貴方はルナの部下ですか?」


「いや、ルナと関わりは皆無だ」


 先ほど聞いたばかりのような言葉にデジャヴを覚える。


「どういうことですか?」


「……一から説明しよう」


 そう言ってパソコンは猫と戯れながら、物腰柔らかに語った。


 パソコンは千年都市を形成する高位な魔術師の中でもからくりを研究している、いわば異端の魔術師らしい。

 そんなパソコンはからくりの研修に多忙を極めているらしく、自分の手伝いをしてくれる人を探すために求人をばらまいたらしい。

 そうして見つかった人材が私な訳で、猫にネックレスを盗ませたのは私を研究所へ案内させるためだったらしい。


 確証も何もない、なんだか腑に落ちない内容だが、取り敢えず信じておく。


「仕事内容にからくりの研究なんて書いてしまうと迫害されるかもしれんからな。大分と胡散臭い内容になってしまったが、オリが来てくれて助かった。君が勇者だ」


「はぁ……結局、ルナが募集しているというのは?」


「知らんな。求人にはルナなんて一言も書いていないし、誰かが噂でも流したんだろう」


 そっぽを向いて恍けるパソコンに、私は溜息を吐いた。

 つまり、エムサイズは完全に騙されていたということだろう。やはり馬鹿だったか。

 知り合いの失態に、更に深く溜息を吐いた。


「溜息は幸せが逃げるぞ。ネックレスは返そう。元々、オリをここへ誘導するために盗んだだけだからな」


 パソコンがそう言うと、猫は怠そうに起き上がり大きく欠伸。ネックレスを私のところまで運んできた。


 ネックレスを受け取った私は安心から肩の力が抜けるのを感じた。


 そんな時、ふと気がついた。

 よく見ると猫の半分はからくりで出来ており、特に足の部分が義足のようになっていた。とても普通の猫には見えない。


「この子は気になるかい?」


「そうですね。とても珍しい見た目をしています……」


「この子はディスクと言ってね、オリにはからくりに見えるかい?」


「はい。死にかけていた猫をからくりの技術で治療したとか?」


 ありきたりなストーリーを口にしてみる。


「残念。正しくは反対だ」


 予想だにしていないことを言われ、一瞬頭の中が真っ白になったが、すぐにその言葉を反芻する。


「この子はからくりで造られた存在だ。地面に埋まっていたのを偶然、私が見つけてね。気が向いたから修理してあげたんだよ」


「そんなことが可能なんですか?」


 ジグザグというからくりの恐怖によって支配された世界。

 人類は魔力を使って抵抗し続け、その分野を急速に発展させた。その結果、失われたのはからくりの技術。科学といっただろうか。

 そんなオーパーツのような、未知の技術をパソコンは再現できるのか。


「いや、現時点では不可能だよ。私としても知識としては何となく分かるだけさ。如何せん人手やお金、何もかもが足りない。ディスクを修理したのも魔術を使ってのことだ。機械・・的アプローチは望めない」


「機械ですか?」


「そうだ。過去の言葉さ……意味はからくりと同じだろう」


「機械……」


 どこかで聞き覚えがあるような、確か母だったっけ……?


「もう一度言うが私はからくりを研究している。魔術大正義時代におかしな話だが、私はからくりが好きなんだ。協力してくれないか?」


「嫌です。そもそも私はからくりが大嫌いなので」


 私は即答した。

 パソコンの好みとは相容れないし、私がここに来たのもエムサイズの所為であり、働きたいなんて微塵も思っていない。

 私は、私から全てを奪い去ったからくりが大嫌いなのだ。


「そうか……君もからくりが嫌いなのか。では、そのネックレスはなんだ?」


「……親の形見です。これがどうかしましたか?」


「それはからくりだ。それも記録媒体だろうな。それほど状態が良い物は初めてみた」


 パソコンは口端の吊り上げた狂気的な笑みを浮かべていた。とても嘘を吐いているようには見えない。

 私はネックレスを掌に乗せて観察する。

 黒い長方形の形。薄い。確かに他では見ないような斬新なデザインをしているが、これはからくりなのか。

 信じたくないはずなのに、心にストンと当て嵌まり、納得している自分が居る。


「では取引といこう。オリが働いてくれるなら、対価としてそのネックレスの中身を見せることを約束しよう。もちろん、求人に書いてあった高賃金だ」


 このネックレスは親の形見だ。

 朧げな記憶では母が大切にしていたのを憶えているが、もしかして母はネックレスの中身を大切にしていたのか。

 思えば、母はからくりに精通していた可能性がある。

 機械と言われる単語に聞き覚えがあったのも、きっと母から出た言葉なのだろう。


 私は迷う。

 パソコンの思惑通り、私はこのネックレスの秘密に興味があった。

 だけど……そもそもの話だ。


「私じゃ役に立てないですよ……」


 そう、私はこの世界では最弱な上、家事といった雑用すらできない。人生経験が乏しい、ただのごみでしかないのだ。

 その自己評価はパソコンの話を聞き、更に大きくなった

 研究の手伝いといっても私は素人の上、からくり自体が嫌いである。私がこのバイトに従事したとして活躍できるとは思えない。


「大丈夫。私が君に求めるのは研究者としてではない」


「なら雑用ですか? 私、家事をしたことないですし……」


「違う。私が君に求めるのは戦闘要員さ」


「せんとう……? 戦闘?」


 私の予想を軽く飛び越える答えに、理解できなかった。

 脳内にパソコンの発言が木霊して、それを何度も反芻することによって漸く意味を理解できた私は余計に混乱した。


「戦闘? 正気ですか?」


 聡明なパソコンには分かっている筈だ。

 この私から感じられる魔力の波動が、微々たるものだということを。魔術の才能はなく、どん底の落ちこぼれだということを。

 それなのに、私に戦闘を求めるというのなら、それはもはや嫌がらせか、私に死ねと言っているようなものだろう。

 少なくとも魔力に関してコンプレックスを持っていた私はあまりいい気分ではなかった。


「ああ、私は正気だとも」


「揶揄わないでください。私は……物凄く弱いです」


 からくりに親を惨殺されたあの日、私はからくりに復讐することを誓った。

 しかし、直ぐに才能という絶望を突きつけられた。出鼻をくじかれ、当時の私は荒んだ。あまり思い返したくはない記憶だ。

 自然と身体が強張り、握り拳を作って、自分の非力さを呪っているとパソコンは毅然とした態度で言い放った。


「いいや、君は強い。君には、君にしかない強みがある」


 救いだった。

 強いだなんて、初めて言われた。


 嘘でも嬉しかった。

 そう、これは嘘なのだ。

 パソコンはきっと私を哀れに思っているのだろう。

 だけど、それに縋りつきたいのは何故か。


「私の目が節穴ではないことを、そして君が持つ力を証明しよう」


 にやりと笑みを浮かべたパソコン。

 私はまた転移魔法と思しきものを掛けられ、視界が光に包まれた。

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ちぐはぐな世界の片隅で 風の行方を嘯いて 劣白 @Lrete777

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