第16話 一緒に流してみるか?
「あああ~嘘……だろ?」
朝の天気予報だと快晴と出ていたのに、帰る時間になって急に雨が降っているとか聞いてない。
梅雨入りしたのはごく最近――といっても、最近は快晴続きで雨が降る気配すら無かった。
六月の時季に油断したら駄目なことくらい分かっていた。それなのに、昇降口でいつまでも立ち尽くしている俺に対しこいつらときたら。
「恭二……まさか梅雨入りしたのに折りたたみすら持ってきてないのか?」
「快晴続きだったから油断くらいするし、毎日持ってくる奴なんていなくないか?」
「……いや? オレは持ってるぜ? 毎日じゃねえけど、オレが持ってこない時は堀川が――」
「貫太くん。今日はウチも持ってきてるよ? 名川に関係無い話だけどね~」
二人揃って俺に自慢しにくるとか性格悪いな。
「じゃあ貫太。お前の傘を貸してくれ」
「ん? 今日は途中で帰り道が違うから無理だな。悪いな、恭二」
「早く言ってくれよ……」
「ゲリラ雷雨レベルじゃないから大丈夫だろ! じゃあな~」
調子のいい貫太は彼女である堀川と一緒に傘を差し、仲良く校外へと歩いて行った。
くそぅ……彼女がいる奴はこれだから。
こういう時、隣の席の冴奈に声をかけて頼ってもいいんじゃないかと一瞬思っていたものの、昨日のことがあって朝から目を合わせることが出来なかった。
俺のやりたい宣言以後に小悪魔的な彼女が見られたのに、今朝はその感じがすっかり消えて冷え切っていた。
……ということもあって、雨が降っていても誰にも頼れない現状が出来上がっている。
貫太が言うようにゲリラ雷雨レベルでもないので、覚悟を決めて外へと歩き出すことにした。
しかし――校外へ出てすぐ、突然のように雨脚が強まってあっという間にずぶ濡れ状態になってしまった。
こんな状態になってしまった以上今さら傘を差しても意味が無いよな……。そんなことを思いながら歩こうとすると、急に雨が当たらなくなった。
その直後。
「貴様さえ良ければだが、あたしの中に入るか……?」
――って、言い方!
紛らわしいからちゃんと傘の中って言って欲しい。
「えっ? 美涼さん……?」
「いかにも。あたしが歩いていたことに気づかぬほど濡れたかったのか?」
「いっ、いや、好きで濡れてるわけじゃなくて傘が……」
「だからあたしの中に素直に入っているのだろう?」
わざとなのか?
この物言いはどう考えてもおかしいぞ。
「傘の中……に、お邪魔していいんですよね?」
「そうじゃな。これも武士の情けと言うべきじゃろうな」
美涼は武士じゃないだろうけど、ここは素直に従っておこう。
「この傘って時代劇に出てくるような和傘だよね?」
「うむ。番傘ともいう。男性向けくらいに大きいが、庶民向けだけあって使い勝手がいい! 普段はあたし一人だけで使っているが、貴様を入れてもまだ余裕があるじゃろ?」
とことんこだわる子なんだな。言葉遣いも時代劇寄りだけど慣れればどうってことはないし、双子姉妹でもきちんと区別がつくから凄くありがたいというか。
「うん。助かるよ、ありがとう! 美涼さん」
「……貴様は冴奈のことを呼び捨てなのだろう? ならば、公平にあたしのことも美涼と呼べ!」
「い、いいんですか?」
「ついでに敬語も止めろ! 冴奈と同じように話せ。あたしが許す」
これは意外な展開だ。
てっきり俺への好感度なんて最低最悪だと思っていたのに。
「え~と、じゃあ美涼はあの、冴奈と一緒に帰らないの?」
いきなりくだけた言い方で大丈夫だろうか?
「何故だ?」
そう思っていたのに、それについてよりも俺の質問に疑問があるらしい。
「だって姉妹……」
「……たとえ同じクラスだったとしても、常に一緒に行動するつもりはないぞ? 冴奈とはライバルなのじゃからな!」
「ラ、ライバル?」
噂になるくらいの姉妹なのに実はそんなに仲が良くなかったりして。
「貴様には分からぬこと。気にしなくてもよい」
「そ、そっか」
双子姉妹だからって決めつけるのはやめとくか。
美涼の和傘に入れられてしばらく歩いていると、次第に雨が弱まってきた。俺の家まで近くなってきたので和傘から出ようとする俺だったが。
「待て。どこへ行く?」
「お、俺の家もそろそろだから、この辺りで失礼しようかなと」
「……すでに貴様はずぶ濡れ状態。このままでは軟弱な貴様はいずれ体調を悪くするぞ? それでいいのか?」
軟弱とか、中々に厳しい言葉だな。双子姉妹をプールに誘ってるから硬派じゃないのは確かなんだけど。
「良くないけど、雨も弱いし問題は無いよ」
「いいや、あたしが許さない!」
「どうすれば?」
「このままあたしと一緒に行けば、その冷えた身体から滴り落ちた水が流せるぞ? 一緒に流してみるか?」
どういう意味なんだ?
このまま滝行でも始めるつもりがあるんだろうか?
「えっと、体が温まるって意味で合ってる?」
「うむ! 冷えた身体にはアレが一番いいんだ! あたしも一緒に流してやるからこのままついて来い! 恭二なら許してやるぞ」
もしかしなくても温泉?
でも美涼に流してもらうとか、まさか混浴温泉とかじゃないよな。
「い、行くよ」
「それでこそ日本男児! いいか、恭二。あたしがお前を温めてやるから感謝するんだぞ! 冴奈には出来ないことをしてやるから期待しろ!」
「へっ?」
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