第11話 二度目の頼まれごと

「おい、そこの貴様。ハレンチ男を呼べ!」

「へ? ハ、ハレンチ?」

「いるだろう? ここに。ここには我と同じ顔がいるから分かるはずだ」

「……あぁ! あいつか」


 昼休み。


 朝の体育倉庫で言い訳が通用しなかった俺は、女子たちの強固なガードによって隣の席の冴奈に声をかけたり、隣を見ることが出来なくなっていた。


 しかも今日に限って行動制限され、今は自分の席で突っ伏しながら空腹をひたすら我慢している。


 くうぅ。

 学食すら行かせてもらえないとか、俺はどれだけ危険生物なんだよ……。


 そんな苦痛な昼休み時間。

 教室にいる奴らが何やら騒がしいことに気づく。


「お~い、名川! 生きてるか?」


 ……ん?

 前の席の奴が俺を呼んでいる?


 何事なのかと顔を上げると、俺の席の目の前には――


「――はへっ? 冴奈……?」

「ふん、未だに見分けがつかないとは、貴様もまだまだだな!」


 この古風な物言いは妹の方か?


 冴奈は女子ガードで俺から守られているし、どう見ても美涼の方だよな。しかし、隣のクラスの美涼が何でこの教室にいるんだ?


 昼休み時間だから勝手に入って来ても問題無いとはいえ。


「おい貴様。冴奈をどこに隠した?」

「学食だと思うぞ。俺は朝のことがあってから一度も顔を見てないからな」

「……朝のことだと? 何のことだ?」

「あっ、いや……」


 姫乃妹のクラスには知られてないのか?


 そういや、冴奈に近づかせない代わりにうちのクラスだけの出来事に留めるとか堀川の奴がそんなことを言ってたような気が。


「キュルルルルル……げっ!?」


 腹が鳴ってしまった。よりにもよって姫乃妹の前で鳴ることないのに。


「腹の虫を鳴らすくせに昼寝とは、いい身分だな貴様」

「……は、ははは」


 反論する気力も無いし、姫乃妹には笑うしか出来ないな。


「ふん。ヘラヘラと軽い奴じゃな。だが、そんな貴様に朗報がある! 聞くか?」


 ここは素直に頷いておこう。


「……何じゃ、従順なワンコみたいに頷くではないか」

「美涼さんの言うことには素直でございますとも!!」

「ではこれをお前にやる! 食べろ!」


 姫乃妹は俺を見下ろしながら何かの包みを机に置いてきた。

 かなりの重量感がありそうだが……。


「へっ? な、何でしょう?」

「分からないのか?」


 弁当箱っぽい……。


「安心しろ! 貴様が食べられるような優しい食べ物を中心に作ってやった。だから貴様が不安を感じることなど何も無いぞ」

「で、でも、何で俺に?」

「か……」

「か?」


 珍しく顔を赤くして照れを見せてるな。

 それとも気のせいか?


「男子への弁当を作るのは可憐……んんっ! とにかく食べろ! これはあたしから二度目の頼み事だ! さぁ、食べろ。あたしがお前の食べっぷりを見守っててやるぞ!」


 よく分からないけど、学食に行けない俺にとっては天の助け。昼休み時間もそんなに余裕があるわけじゃないので、遠慮なく食べることにした。


 ……のに、姫乃妹はまだ目の前で俺を見ている。


「え? えっと、食べていいので?」

「食べろ!」

「じゃ、じゃあ……」

「…………(早く食べて感謝しろ)」


 見られながら食べるって、こんなにも緊張するものだとは思わなんだ。しかも腕組みして威圧的に立ってるし。


「……(美味しいって言え! そしたら笑顔を見せてやるんだ)」


 気のせいか、姫乃妹が両手を重ねながらそわそわしている。その仕草だけ見れば、褒めて欲しいワンコのような可愛さを感じてしまう。


「……もぐ。う、うまっ! 美味いよ!」

「と、当然だ! (もっと褒めてもいいんだぞ?)」

「本当に美味しいよ! これって、美涼さんが一人で?」

「当然だ! 貴様に食わせる為に作っ……残飯処理をするのに丁度いいからな! だが美味いだろう?」


 途中で言い直したみたいだけど、残飯処理でも何でもいいかな。確実に美味いし、きちんと作られてる。


「ふ~……美味かった」


 ずっと俺を見下ろしながら見ていた姫乃妹は、軽い笑みを浮かべながら手の平をこすり合わせる仕草を見せている。


 これは……俺に何かを期待しているのか?


「あ。え~と、本当に美味しかったよ。次も残飯処理に困ったら、俺に任せてもらえるとありがたいかな~と」

「そ、それだけか?」

「えっ?」

「な、何かあるだろ何か!」


 古風な美涼にしては珍しく俺からの反応にかなり期待しているようで、体を何度も左右に揺らしながら何かを待っている。


「(まだ分からないのか? ならば、こうしたらどうだ?)」

 

 もしかして?

 いやいや、まさかだよな?


 しかし俺を見下ろしていた姫乃妹が体を下げたかと思えば、俺の机に両肘をついて真下から俺を見つめる姿勢に変えている。


 ……ええい、ままよ!


「よ、よく出来ました」


 何となく褒めて欲しそうに俺を見つめているので、姫乃妹の頭にそっと手を置いてみた。


「も、もっと手を!」

「え……撫でても?」

「…………(まずは冴奈の上を行く! これが可憐な女子への第一歩のはず)」


 周りに野郎どもが見ているのを気にせず、俺は何となく甘えたそうな姫乃妹の頭を撫でてみることに。


「ど、どうでしょう?」

「……まぁまぁじゃな。だが調子に乗るなよ? 貴様がハレンチであることは変わりようのない真実なのだからな!」


 あれ?

 俺への嫌悪感は解消されてるわけじゃないのか?


「名川恭二! いい気になるなよ! そして冴奈に変なことを教えるのも許さないからな! 冴奈に教えるくらいならまずはあたしで試……ではな、恭二」


 姫乃妹は少しだけ顔を赤らめながら、ようやく教室から出て行ってくれた。俺としては弁当を食べることが出来た上、突発的に女子の頭を撫でることが出来たのである意味ご褒美だった。


 姫乃妹の二度目の頼み事が弁当を食べてもらうことと、俺への甘えとか……三度目とかあったりしたら今度はイイことが起きたりして?

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