第10話 ナニモ・・・ナカッタ

 冴奈の腰を俺が支える?

 一体どういうことなんだろうか。


 しかし意地でも自分でカゴを引っ張り出したいぽいので、俺は黙って言うことを聞くことに。


 ボールカゴを引っ張る冴奈の手がほんのり赤くなっていて、かなり力が入っていることが見て取れる。それなのに俺が何もしないまま突っ立っているのは、何とも言えないしはがゆい気持ちになりそう。


「こ、腰を支えればいいんだよね?」

「……ん、両手で押さえてくれるだけで……(そうしないときっと引っ張りだせないし)」


 別に変に意識する必要はないよな。二人ともジャージ姿なわけだし、何かが起きるでもないだろうし。


 ――ということで、俺は冴奈の後ろについて彼女の腰に手を置き、引っかかって取り出せないボールカゴを一緒に引っ張り出すことにした。


「…………(うん、大丈夫。きっと大丈夫)」


 俺と冴奈はほぼ同じ背丈。腰に手をつけてる分、俺が少しだけ腰を下げている状態になっているが、そうしないと単なる密着状態にしかならないから仕方が無いと言える。


 それにしても細っそい腰だな。それなのに俺よりも力強そうとか、ちゃんと鍛えないと負けそう。


「そ、そろそろ本気、出すね……?」

「えっ?」


 いやいや、待て待て。

 このまま勢い任せに引っ張ったら倒れ込んで怪我をすることになるのでは?


 それはちょっとまずいし、安全性を高める意味で体操マットを真後ろとかに敷いておいた方が余計な心配しないで済むのでは?


 間近に見えているのは跳び箱、カラーコーン、ネット、山のように重ねられた折りたたまれたマット、壁際には整理されていないものが無造作に置かれている棚……。


 このままだとどこかにぶつかってダメージを負いそうだし、せめてマットだけでも広げておかないとやばいことになるのは必至。


「さ、冴奈さん! 本気を出す前にすぐ近くにあるマットを動かしても?」

「……ん。じゃあちょっと待つね(えっえっ? それを使って何をするのかな?)」


 どうやら分かってくれたようで、ボールカゴの引っ張りを止めて前提条件的なことをしておく俺を待ってくれた。


「よし……これなら」

「……(やっぱりそれが目的? 美涼から聞いてたことが起きるの?)」


 これで真後ろに勢いよく飛ばされても床に叩きつけられることはない。


「――っ!! あとちょっと」

「よ、よし、いいよ。遠慮なく後ろに力を入れて!」


 試しに俺だけでボールカゴを引っ張るもびくともしなかったので、冴奈を前にして俺は彼女を支えることに集中。


 もうすぐ引っかかっているボールカゴが抜ける瞬間が訪れるはずだ。


「ぬ、抜けた~っ!!」

「お~! すごい力!」


 俺はほとんど力を加えずあくまで冴奈の腰を支えていただけだったが、その甲斐あってボールカゴは見事に奥の方から引っ張り出すことが出来た。


「――って!?」


 しかし、勢いづけた力で冴奈はほぼ全身を俺にもたれかけながら後ろに倒れ込んできた。


 やや中腰の状態で冴奈の腰に手を置いてた俺は避けることも出来ず、予め準備していたマットめがけて、背中から倒れ込むことに成功した。


 ……のだが、手をバタバタさせていた最中に何かを掴んでいた感じがあった。この指先に絡んでくる感触はネットだろうか。


「冴奈さん、だ、大丈夫?」

「…………んんっ」


 むぅ……何だろう、この程よい柔らかさで揉めば揉むほど、なんだか柔らかくなっていくような感触は。


 何とも不思議な世界に引き込まれていく気がしてならない。例えるなら、神秘の世界へ来たような感じが今まさに自分の両手にある。


「…………っ! (揉まれるってこんななんだ。でもこの後どうなるんだろ……どうしよ? 恭二くん、多分気づいてないよね)」


 視界上には色濃いジャージ、重さはあまり感じないけど両手で両脇を支えて抱っこしてる感じが――あっ、ああああ!?

 

「ご、ごごごごごご、ごめんっっ!!!」

「うん……」

「す、すぐすぐすぐ離れるから!!」


 ……そうだよな、俺が真下で両脇から支えながら胸を揉んでたら身動きなんて取れるわけないよな。


 しかし密着する冴奈から離れようにも俺の手は冴奈の胸から離れようとせず、むしろ指先に絡みついているものと相まって、ますますきつく縛られている気がしてならない。

 

「く、苦しい……あ、あの、手、指をこれ以上動かさないで?」

「ひぇっ!?」


 単純に胸を揉んでいるだけにとどまらず、まさかのネットという名の網による縛りを進行させているとか、これはあまりにも計画的犯行すぎる。


 非常にヤバい、ヤバすぎる状態じゃないか。

 

 何がやばいかって、いくら何でも器具を体育館倉庫から出すのにそんな時間がかかるものじゃないから間違いなく誰かが呼びに来てしまうことだ。


 ……などと心配をしていたら、後方付近のドアがガラッと開けられた音がした。


「――は? あんた、名川……何して――」

「どうよ、堀川。恭二の奴、ちゃんとやって――やってやがった!!」


 よりにもよって堀川&溝江かよ。

 いや、こいつらで良かったと思うべきなのか?


「ちょっと!! ごめん、今すぐ助けるね、姫乃さん!」

「……ん、ん」

「貫太っ! 今すぐこの鬼畜野郎を引きはがして!!」

「お、おぅ」


 あれよあれよといった感じで冴奈の体から強制的に引きはがされ、俺は冴奈のいるところから隔離された。


 体育館にいるみんなにはばらさないらしいが、強制的に正座をさせられて放心状態になった。


「はぁ……なぁ、恭二。お前、それは違うだろ。姫乃さんをバレーボールネットで縛って身動きを封じるとか、最初から仕組んでいたのか?」

「ナニモ……ナカッタ……ナニモ」

「――ったく、告白劇をしてた方がまだマシだったな、マジで」

「チガウ……チガウンダ」


 姫乃冴奈は俺について特に何も悪く言わず、助けてくれた堀川にも何も言わなかったらしく、俺がシたことについてはあいつらだけで共有するだけにとどまった。

 

「この鬼畜野郎が! 女子の敵だから、あんたは!」

「……いや、その。ネット使用の縛りは俺じゃなくて……」

「はぁ? 言い訳すんなバカ野郎! このことをウチらだけの秘密にするだけでもありがたいと思えよ?」


 元々堀川に嫌われているから仕方ないにしても、全く聞く耳持たずはちょっとな。


 そんな堀川に守られながら俺から引き離されて行く時、冴奈は何故か笑顔を見せながら俺を見ていた。


 笑ってるけど多分ブチ切れなんだろうな……。


「……(次は不可抗力じゃない方にしてね?)」

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