第9話 腰に・・・? 

 いいよと言われても何がいいんだって話になる。


 こんな朝の昇降口で何でそんなの覚悟を決めてるんだよ……。もしかして、カフェで耳に息を吹きかけてから変に誤解されてる?


 誤解はともかく、朝一登校でも無いから絶対誰かに遭遇するのは確定だし、さすがに無いよな。しかしそろそろ両腕が限界を迎えそう。


「お、俺はちょっと良くないかな~」

「……そうなの? でも恭二くん、その姿勢辛そう……我慢しちゃ駄目なの。だから思いきりわたしの上に乗ってきちゃっても――」

「む、無理無理無理無理!!!」


 やばい、腕がプルプルしてきた。だとしても朝から冴奈の胸の上に顔を急降下させるのは非常によろしくない。


 西夏学園での異名がさらに増えたらシャレにならないぞ。


「……何が無理なのか、聞かせてもらおうか」


 ボキボキと指ならしが聞こえてくるから誰かと思えば――


「げぇっ!? 美涼……さん?」

 

 やっぱり誰かに見つかったし、その相手がよりにもよって姫乃妹とか完全に詰んでるじゃないか。


「貴様ごときに美涼呼ばわりされる謂れは無い! それよりも早く冴奈からどけろ!! このハレンチ野郎めが!!!」


 ちょっ、声を張り上げすぎ……。


「うっわ、難攻不落の姫乃姉妹に朝から手を出す奴がいる~……しかも名川恭二? やっぱり最低野郎じゃん!!」

「うわうわうわ……襲ってるとか、有り得なくない?」

「き、恭二? まさか、嘘だろ?」


 登校して来ている生徒の、特に女子からの罵声が半端ないな。その中から見知った男子の声も聞こえたが、今はそれどころじゃないし確認なんか出来るはずがない。


「冴奈っ! こっちへ!」

「…………(美涼に見つかっちゃった)」


 両腕をプルプルさせている俺を突き飛ばし、姫乃妹は冴奈を起き上がらせてさっさとこの場からいなくなってしまった。


 俺だけ無駄に横たわってしまっている件。しかも何気にダメージを負ってしまっている。


 そんな俺に手を差し伸べる奴なんてこいつくらいだろうな。やることなすことイケメンすぎて泣けてくる。


「恭二……お前、告白劇をやめたのは姫乃姉妹に絡むためだったのか?」

「断じて違う……」

「ほら、手を伸ばせよ」

「悪ぃ、修斗」


 俺を見つけたのが正木で良かったとはいえ、教室に行けばお節介なあいつらもすぐに茶化しにくるな。


 ――なんて心配していたものの、一時間目が体育だったおかげかあいつらから声がかかることはなかった。


「恭二くん、体育館倉庫に行こ?」


 体育館での体育時間、俺に最初に声をかけてきたのは冴奈だった。


「へ?」

「わたしと恭二くん、用具係だって」

「あ、あ~……そういうことね」


 用具係は固定で決まっていないものの、クラスごとに違うらしく、うちのクラスは体育の時間に毎回ランダムでペアが決まる。


 外の体育倉庫だと部活の連中が率先して動くが、体育館だと面倒だからとかで何故かランダムペアになったりして色々と面倒くさい。


 ランダムといっても席が隣の人になることが多いので、これに対してあまり驚きはなかったりする。


 それにしても――


「――朝はその、美涼から何か言われたりした?」

「うんん、特には。大丈夫……だったよ」


 動揺もしないし表情も変わらないのは相変わらずだ。冴奈の変わりっぷりには驚いているけど、表情だけは未だに無表情のままなんだよな。


 それなのに、何でか行動が大胆だからこっちの方が豊かな表情になりがちだ。とはいえ、俺も冴奈も上下ジャージ姿だから何かが起きる心配は無さそう。


「恭二くん。ボールを運ぼ?」


 そう言いながら、冴奈がバスケットボール入れカゴを奥から引っ張り出そうとしている。


「う~ん……んっ! 何かに引っかかってる……? 恭二くん、引っ張って?」


 外の体育倉庫と違い、体育館倉庫はあまり整理整頓されていないことが多い。ごちゃ混ぜにカゴとかが置かれていて難解なパズルのようになっていたりする。


 そういう時、女子の力だけでは苦戦するらしい。


「あっ、俺が引っ張るよ!」


 まさに今そんな状態に陥っているようなので、ここは間違いなく俺の出番だ。


「んん……ここ、狭いし力を入れてないとまたすぐ奥に戻っちゃうの。わたしがカゴを引っ張ってるから、恭二くんはわたしを引っ張って?」

「えっ? カゴじゃなくて冴奈を……?」

「ん。わたしの腰に手を置いて支えて欲しいの」

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