第6話 双子姉妹は耳が弱い
「はーっ……はーはー……っ。……ったく、あいつら何で追いかけてくるんだよ。で、でも、ここに入れば追って来ないはず」
「おい! おい、貴様!!」
「…………(逃避行?」
「あ、ごめんごめん。二人は関係無いのに一緒に逃げさせちゃってごめん!」
姫乃姉妹と一緒に外に出たまでは良かった。
しかし、いつも俺と帰っている堀川と溝江の二人はそれがよほどつまらなかったのか、俺の姿を前方で捉えた途端追っかけてきた。
何か俺に言いたいことがあるみたいだったが、息を切らせながら走っていたせいであいつらが何を言っているのかよく分からずに逃げまくった。
姫乃姉妹は訳も分からず俺と逃げていたが、俺よりも体力があるようで姫乃姉妹は割と余裕でついてきた。
外を逃げまくってもきりが無いので姫乃姉妹を連れて何も考えずに涼音大通りにある古風カフェに入ったまで良かったが、この後どうすればいいのか。
とりあえず空いてる席に案内されたから座ってみたものの……。
「……(追いかけっこが楽しかったなぁ~! 恭二くん、やっぱり美涼もデートに誘ってたのかな?)」
「…………(この男、何を考えてる?)」
ううむ、姫乃姉妹が俺の正面に座っているけど、二人揃って沈黙されるとどっちが姉で妹なのかちょっと判断しにくいぞ。
せめて何か言って欲しいんだけど。
「ご注文をどうぞ」
何か分かりやすいことを言ってくれないものか……そう思っていたら、店員さんが先に来てしまった。
「あっ、はい」
席に着いたし、さすがに何か頼まないとだよな。
「姫乃さん、何飲む?」
「……どっち?」
今の声のトーンは姫乃姉か?
「え? あ……もし決まってるならどっちからでも」
「貴様の奢りなのか? 名川恭二」
「も、もちろん! 迷惑かけちゃってるから奢るよ」
右の方が姫乃妹で左が姫乃姉だな、よし。
「わたし、ココア……を」
「ならばあたしは、ジュースを頂く。手作りケーキも気になるな……名川恭二、いいのか?」
「ど、どうぞ。えっと、姫乃……冴奈さんも遠慮しないでいいからね?」
「……ん、じゃあわたしも手作りケーキ(冴奈さんって呼んでくれた~!)」
妹の方は時代劇好きで古風な言い方だとはいえ、食べる物はさすがに普通だな。しかもジュースとか、案外……。
……というわけで、俺はコーヒー、姉はココア、妹はジュースをそれぞれ口にしたところで落ち着くことが出来た。
すると、さっそくと言わんばかりに姫乃妹からの尋問が始まった。
「名川恭二。なぜ逃げた?」
教室の出入り口のアレは仕方なくだった。だけど、まさか外に出たらあいつらが追いかけて来るのは想定外すぎた。
「……ん、何で逃げた……の?」
かと思えば、姫乃姉も首を傾げながら訊いてくるし。
「え~と、それは~……」
ヤバいな。まともに双子姉妹の目を見ることが出来ないぞ。特に妹の方は殺気が半端無くてまともに向き合えない。
こういう時、とりあえず窓の外に目をやってやり過ごすに限る。
「――って、うぇっ!? あ、あいつら……何でここに向かってるんだ?」
ふと窓から外を見たら、しつこすぎる堀川&溝江の二人がよりにもよって俺たちのいるカフェに向かって来るのが見えた。
学校から近いとはいえ、古風なカフェが常連だったりするのか?
「……どうした……の?」
「何だ、何を見ている? 名川恭二、何故目を逸らす?」
俺の視線が別な方に向いているせいもあって、姫乃姉妹も身を乗り出して窓に目をやっている。
まずいな……。
俺を探してるのかどうかはともかくとしても、ここに向かって来てるのは確かだし、姫乃姉妹が揃っているところに鉢合わせするとそれはそれで面倒なことになってしまう。
ここに三人、いやせめて姫乃姉妹だけでも隠れる場所があればいいんだけど、二人は隠れる必要が無いしひとまず俺だけでも隠れるしかないな。
「あっ、ごめん! 俺、ちょっと席を外すよ。二人はゆっくりケーキを食べてていいからね」
「ふん、
「……ん」
良かった、何も怪しまれずに済んだ。
この隙に店内のどこかで身を潜めてあいつらの様子を窺うしか無さそうだな。どこかないか、どこか……。
おっ、狭そうだけど控室っぽい小部屋があるな。ここで大人しくしとこう。
「あ~ムカつくっ!! 恭二のバカ、どこに行った~!」
「まさか姫乃姉妹と逃げ出すなんて、あいつ先に約束でもしてたんかな?」
「ないない! だってフラれ恭二だよ? 双子姉妹はとばっちりでしょ」
結構近くであいつらの愚痴が聞こえるな。席が近いのか。
今のところ双子姉妹と接触した感じは無さそうだが……。しかし、俺もこのままずっと隠れてるわけにもいかないしどうしたものか。
古風なカフェなだけかと思ったけど、よくよく見たら壁の至る所にアンティーク家具とか飾ってるし、知る人ぞ知る名店なのかも。
見つけて入ってしまった小部屋の扉も年季が入っているうえ、ギィギィとした音が鳴ってあまり長く隠れられる場所じゃないことが分かる。
そう思いながら僅かな隙間から店内を覗き込んでいると、突然目の前に何かが立ち塞がって何も見えなくなった。
「……見つけた」
誰かの小声と同時に古い扉が開けられ、そのまま勢い任せに誰かが入ってきた。
「かくれんぼ?」
「あ……い、いや」
腰を抜かす俺の目の前には、首を傾げながらしゃがみ込む姫乃姉の姿があった。姫乃姉に驚いていたら、間髪入れずにもう一人が小部屋に押し寄せる。
「何じゃ、厠ではないではないか。いつまでたっても戻って来ないから逃げたと思っていたが、あたしらがいなくなるまでここで隠れようとしていたのか?」
俺はすかさず首を左右に振ってみせた。
「叱られるのを覚悟でここに隠れたのはなぜだ?」
「ご、ごめん、その前にいったん扉閉めるから。もう少し奥に……」
姫乃姉はすでに俺のすぐそばに寄ってるからいいとして、妹の方はまだ扉付近で立ったままというのは非常にまずい。
ここは強引にでも俺の方に引き寄せさせてもらわねば。
「な、何をする!?」
さすがに三人も入ると、さっきまで余裕のあった小部屋が途端に窮屈になった。もちろん
……はずが。
俺と双子姉妹の身長はあまり差が無いこともあって、油断するとどこかに触れてしまう恐れがあった。
なるべく触れないように気を付けるも、呼吸だけはどうにもならず――。
「ひぁっ!? な、名川恭二! な、何をする!? 耳に息など吹きかけるなどと、狼藉者め!」
「ごごご、ごめん! もう少し声を控えめに……」
「くっ……」
左右どちらを向いても双子姉妹の顔があってうかつに動かせないのは相当ヤバい気がする。
しかし思わず気を抜いてしまったところで、
「ふ~……あっ、しまっ――」
「…………恭二くん。それはえっちなこと、する息?」
「ち、違う違う!!」
「き、ききき……貴様! 名川恭二! やはりここに誘い込んだのはそれが目的か!」
呼吸するともれなくどっちかの耳に息が届いてしまうとか、俺はどうすれば生き残れるんだ?
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