第5話 緊張感のある下校時間?

「ヤったな、恭二!!」

「は?」


 もうすぐ帰れる六時間目終わり前の休み時間、溝江が俺の首に腕を回しながら絡んできた。


 友人とはいえ、普段こんなに絡んでくるタイプじゃない奴が何故?


 ……などと思っていたら、いつもウザいくらいくっついている堀川がいない代わりに、俺の席の周りに野郎どもが集結している。


 姫乃姉には聞こえないようにしているのか、隣の席の彼女からは俺が全く見えない状態に。


「いつかやらかすとは思ってたけど、よりにもよって美人先輩に手をつけたってマジか?」

「お前の上でよがっていたってオレは聞いたぞ!」

 

 ヨガ……?


「ヨガは始めてないぞ」

「悦に入ってたってことな! どうなんだよ? 深森一緒先輩とどういう関係なん?」


 いつもは俺を遠巻きに見てほとんど話しかけて来ないモブな奴らなのに、これだけ絡んでくるってことはあの人の影響力が半端ないってことか。どうせこの話も自分で広めた話だろうし。


 一年生の俺らからしたら、深森先輩がカリスマな美人先輩なのは確かだからな……。


 しかしそこに姫乃姉もいたし、後半は姫乃姉メインだったはずなのに何で深森先輩の話がメインになってるんだ?


 俺としては助かる話だけど深森先輩……あの人、どんな権力持ちなんだか。


「どうなんだよ、恭二」

「あの先輩が下ネタ大好きな人ってこと、貫太……お前は知ってるはずだぞ? 何でわざわざ他の奴らを引き連れて煽ってくるんだよ!」


 溝江が俺の首に腕を回してきたのも俺にだけ聞こえるようにするためらしいが、正直これが一番ウザい。


「だからこそだ。本当は姫乃姉と何かあったんだよな? 目撃した奴がいたらしいぞ。でもそれをかき消そうとしたのが一緒いお先輩なんだよな~。だから周りの男子の声なんて気にすんなよ」


 お前が言うか?


「マジでウゼぇ……」

「放課後に改めてお前の話を聞くから。今は野郎どもの話に黙って頷いておけって」

「分かったよ。ってか、暑苦しいから早く離れろっての!」


 ちっとも嬉しくないやり方だ。


 中学が同じだった深森先輩には俺と溝江、堀川も逆らえない。とはいえ、西夏学園に来てもその関係性が変わらないってのは厄介極まりなさすぎる。


「席に着け! 六時間目だぞ! そこの男子、何してる!!」


 担任の阪東ばんどう先生の美声で、野郎どもが蜘蛛の子のように一斉に自分の席に戻って行った。


「…………阪東先生に助けてもらった……ね?」

「そ、そうだね」


 野郎どもに囲まれていた俺を気にしてくれていたのか、姫乃姉が俺にこそっと声をかけてきた。今までこんなことは無かったのに、昼休み効果だろうか。


「ふふっ、放課後が楽しみ……」


 ……ん?


 何やら機嫌良さそうに小声で呟いているみたいだけど、放課後が何だろう?


 深森先輩に何かを相談したはずなのに、下ネタな話と態度しか覚えが無いんだよな。おまけにクラスの野郎どもに変な話まで広められるし。


 まあ、もうすぐ授業が終わるし何か分かるだろ――などとお気楽に考えていた俺が間違っていたと気付くのは、放課後になってすぐのことだ。


「おい、名川! じゃなくて、名川くん。これからウチらとカフェ行かない?」


 授業が終わってすぐに席を立とうとする俺に、何故か堀川から声がかかった。


「あ? 何でお前と?」

「ウチだけじゃないし、貫太も一緒だし。お詫びって意味だからそんな睨まないでよ」


 またバカップルからの無駄誘いかよ。溝江は自分の席でもたもたしている。


「だが断る。お前らといつも一緒に行動するって決まりはないぞ」

「はぁ? 何で? そんなこと今まで言ったことないくせに!」

「知らん。俺はこう見えても忙しいんだよ。今日の帰りは誰かと約束があったはずなんだよ、確か」

「何それ? あんたが誰かと約束? 万年フラれ野郎が嘘言うな~!」


 くそぅ、同じ演劇部だったからっていつまでもうるさい奴め。これはアレだ。有無を言わさずこのまま教室を脱出してしまおう。


「そういうことだから、さらばだ!!」

「――ちょっと待てっての!」


 こういう時、真ん中の席はどこに行くにしても不利。廊下に出るにしても必ず誰かに引っかかるという問題があったりする。


「あっ、おい! 恭二!」


 出遅れていた溝江の声がかかるも、そのまま前の出入り口から廊下に出れば問題無いはず。


「名川恭二。どこへ行くつもりだ? 冴奈から逃げるというなら許さんぞ?」

「はへっ!?」


 そのはずが、廊下側から姫乃妹という刺客は想定外すぎた。


 しかも姫乃姉から逃げるとか、姫乃妹は一体何を言ってるんだ?


 もしかして後ろに姫乃姉がいたりして……。出入り口に立ち塞がっている姫乃妹を気にしつつ、首だけ後ろに動かすと――。


「………ぇ(あれ? 恭二くん、廊下に出ないの?)」

「うわぁっ? え? 姫乃さん、何で俺の背後に……?」


 ちらりと見たら、姫乃姉が気配を感じさせずに俺の後ろに立っていた。


「……ん(冴奈でいいのに)」


 じゃなくて、俺がみんなの邪魔してるだけか。姫乃姉の他にも何人か後ろに並んでいて、俺が廊下に出ないことに文句を言っていた。


「おい、名川! 早く動けよ!」

「だるっ……詰まってるんだから早くしてよね!!」


 おぉ、ヤバい。


 いつも出入り口前に固まってる女子たちから早くもヘイトが溜まってるじゃないか。


 仕方ない、出入り口を塞いでる姫乃妹を何とかするしかないな。


「あ~悪い! 待たせてごめん! そういうわけだから、行こうか」


 もうどうにでもなれ。


「なぁっ!? お、お前、こんなところであたしに手を出すのか?」


 出入り口に仁王立ちされた相手をどかすには、相手の肩に手を置いて無理やりにでもその位置から動かすしかない。


 この際ぶん殴られてもいいから、早いとこ外に連れ出してしまおう。


「こっち! 外に出るから!」

「き、貴様っ……!!」


 幸いにして姫乃妹の取り巻きが誰もいなく、姫乃妹だけを外に連れて行くのは簡単だった。


「ふぅっふぅっ……、ふ~……」


 さすがにクラスのみんなを敵にするのはまずいということで、とにかく学校の外に出ることだけを考えて、何とか外に出ることが出来た。


 しかし、すでに俺の腕には鳥肌が立ちまくりで、外が暑いのにもかかわらず寒気が半端ない。


「おい……貴様! いつまであたしの腕を掴んでいるつもりだ?」

「は、離します離します」


 逃げ出すと同時に姫乃妹の腕を無意識に無理やり掴み、そのままいつもの通学路に移動していたらしく、すでに姫乃妹が俺に対しキレている。


 姫乃妹は仕方が無いとして、問題は無表情のまま俺の後ろを黙ってついてきた姫乃姉についてだ。


 走ってる最中にワイシャツの背中が引っ張られていた気がしてたけど、姫乃姉の仕業だったとか予想外すぎる。


「…………恭二くん。美鈴も、一緒に連れて行く……の?」

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