第4話 ハードコアな昼休み

「なぁ、恭二。お前大丈夫か?」


 次の日の二時間目の休み時間。


 これまで朝の恒例イベントとなっていた俺の告白劇が全く行われなかったことに対し、女子からはひそひそ話をされ男子からは心配の声が聞かれた。


 月曜から金曜まで毎日誰かに告白していた名川恭二が何もしなかったというただそれだけでうちのクラスの、特に男子を中心に残念がる光景が目立っていた。


「何がだよ? 修斗」

「現実逃避……いや、妄想からも逃げてしまってるんならヤバいんじゃないかと思って」

「逃げてるつもりなんてないぞ」

「そりゃあ、隣……おっ、珍しくいないな」


 正木は姫乃姉の席をちらりと見てから俺の肩をポンと軽く叩き、低めのトーンで慰めの言葉を投げてくる。


「貫太に聞いたけど、昨日の帰りに難攻不落に挑んでやられたんだろ? だから気力を無くして告らなかった。違うか?」


 溝江……ちっ、二人して顔を背けて正木に丸投げしたな。


 全く、どいつもこいつも俺を面白おかしく見てるなんて。おまけに難攻不落の姫乃のことまでネタ扱いとか、やってられなくなりそうだ。


「違う」

「本当か~? お前が元気ないのはミエミエだぞ? ……責任はお前次第だけど誰か紹介してやろうか?」


 イケメンでモテるうえ彼女がいるからっていい気になってるな。しかし、これ以上変な誤解と拡散をされる前に何か考えないと。


「…………(あれ? 恭二くんが絡まれてる? 助けないと!)」


 何かないか、何か……。 


「……邪魔…………です」

「うあっ!? えっ」


 この声は姫乃姉の……いつの間に近くまで来てたんだ?


 相変わらず無表情だけど心なしか怒ってるように見えるし、今明らかに正木にぶつからなかったか?


「お、おい、修斗。そこにいると駄目だ」

「――あっ、あぁ。そのようだ。悪い。オレがいると座れないよな。すぐどける。悪かったな、姫乃」

「……(恭二くんのお友達だった? いじめっ子じゃなくてよかったぁ~! でも恭二くん、元気ないなぁ)」


 姫乃姉はわざわざ俺の席側の通路から座るようにしていて、逆側から座らないらしい。今までを見てないから何とも言えないけど、俺にツンツン攻撃してきたしこっちからの方が気楽なのかも。


「…………名川恭二。お昼……どこで?」


 姫乃姉が席に着いたところで、予鈴が鳴るまで残り一分くらいになった。俺も前を向いて姿勢を正しくしようとしたら、隣から声が聞こえた。


 俺に話しかける奴なんて野郎くらいしかいないものの、この声は間違いなく隣からの声だ。


 しかしこのまま左隣を見る勇気は俺には無いので、姿勢を変えずにその答えを言うことに。


「学食」

「……ん」


 今のが姫乃姉の返事だったようだ。


 ああ、昼休みになってしまった。あまり会いたくないけど、自分から連絡を取ってしまったし急ぐしかないよな。


 確か中央の一番目立つ席だったか。


 西夏学園の学食は中央付近に上の学年が集まる傾向が強く、中央に一年生が近づくことはほとんど無い。


 そこに俺が座るとなると嫌でも目立つことになる。しかし俺よりも目立つ人がすでに準備万端で俺に手を振っていて、早くも注目の的になった。


「やぁやぁ、そこの鬼畜野郎! 待っていたよ~!」


 ――ったく、勘弁してくれ。


「……深森先輩、学園でその放送禁止用語は……」 

「何をそんなに照れることがあるというのかね? アソコに入れても痛くない可愛い後輩で教え子の恭二よ!」 

「おい、やめろ」


 もう手遅れと言わんばかりに、それまで深森先輩の近くでご飯を食べていた上級生たちが慌てて移動を始めた。


「まぁまぁ、膝の上に黙ってお座り!」

「じゃあ遠慮なく」


 もう何もかも相手をするのが面倒なので思いきって深森先輩の膝の上に座った……のがさらに俺の評判を落とすことに。


「うっわ、ウワサはマジだった~ヤバッ」

「名川恭二。覚えとこ……」


 ……やった、やってしまった。


「おほぉっ! なかなかに鍛えているではないか、恭二! 揉めないおっぱいは悲しいだけだぞ?」


 しかし周りの声などお構いなしに、深森先輩は俺の無い胸に手を置いてワイシャツの上から何度も手を上下させ続けてきた。


 さすがに気持ち悪くなったのですぐに立ち上がってしまったが。


「はぁ……。いっちゃん先輩、相談に乗るのか俺に乗るのかはっきりしてくださいよ?」

「なぬっ? 恭二の上に乗っていいのか? それはつまり、このハードコア中核な場所で思いきり腰を動かせと?」


 駄目だこの人……下ネタにはとことん追求してしまうから終わりが見えないぞ。


「コホン……。さて、戯れはここまでにして、恭二。まずはテーブルの上に散らかしたポテチを好きなだけ貪れ! 話はそれからだ」

「有難く」

「口元についた塩は、恭二の飼い犬のように後で思いきり舐め回してやるぜ!」

「やめろ」


 昼にお菓子、それも大量のポテチオンリーというのもおかしな話だが、この人は見た目に反して適当人間。ご飯とかを当たり前に食べることが少なかったりする。


「――というわけです。おわかりいただけた?」


 昨日の通学路のことを正直に簡潔に話してみた。


「それはアレだね、逢引の約束って意味だね」

「は?」

「でぇと。デートだよ。私とも何度もしたろ? 主に恭二の部屋の中で」


 一緒に帰るだけの意味だと思うけど、それにしたって分かりづらいな。


 ……あれ、そういえば俺、姫乃姉に何か言わなかったっけ?


「…………名川恭二?」

「おやぁ? 恭二、この美少女ちゃんはどなた?」


 うわあああああああ!?


 そ、そうか。学食でお昼って言ったな俺。もちろん誘ったつもりはないけど、姫乃姉的にはそういう意味だったのか。


「……(凄い綺麗な人がいる~。恭二くんのお姉さんなのかな)」

「むぅ。目力が半端ない……表情を一切変えずに私と張り合うとは――いい勝負になりそうじゃないか!」

「…………あ、の。お姉さん……です…………か?」

「ええ? 私にお姉さまになれと!? それってつまり……くんずほぐれつな関係――むぐっ!?」


 駄目だ、姫乃姉にこんな変態な奴を会わせたら危険だ。無理やりにでも口を封じておかないと大変な目に遭う。


「姫乃さん、これのことは気にしなくていいからね! それでその、ここへ来たのは一緒にお昼をとる……とかだったりして?」

「……(うん。ちゃんとお話したいの)」


 軽く頷いてるってことは肯定なんだ。難攻不落のはずなのに、何で俺と話をしようとしてるんだろうな。


 それとも、双子姉妹のイメージだけが勝手に先行して話しかける男子がいないだけだったり?


 とはいえ、無表情のまま言葉すらまともに発してこないけど。


「っ…………!? 痛っっ!」

「ぶはぁ~窒息プレイはまだ早~い! このバカ野郎め」


 噛みつかれた!?


 忘れてた。手で口を塞いだままだった。仕方が無いからお詫びに頭でも撫でて誤魔化してやるか。


「――……!!!」

「むふっ、これは面白いことになりそう。黙っててやろうじゃないの」


 この際、シモの発言は全て流してしまおう。


「名川恭二……くん。わたし…………」

「…………ぇ?」


 深森先輩の頭をいつものように撫でていたはずなのに、まさかさっきからずっと撫でていたのは姫乃姉の頭の方だったのか?


 深森先輩の頭の位置になぜに姫乃姉の頭が?


「くっくっく……まぁ、上手くやりたまえ。教え子の成長に期待しておこうじゃないか!」

「このやろ……」


 俺が振り上げようとした手をひらりと交わし、深森先輩はこの場からいなくなった。今はそんなことよりもこっちが重要だ。


「えっと、姫乃さん。どういう?」

「冴奈……です」

「あ、うん。姫乃さんの名前はこの前聞いたから知ってる」

「…………(う~恥ずかしい。美涼よりも先に言っちゃったよ~。名前で呼んでくれないかなぁ? そしたらもっと仲良くなれそうなのに)」


 こういう時どうすれば正解なんだろう?


 頼りにならないシモネタしか言わない深森先輩は逃げたし、周りの視線が徐々に集まりつつあるし――。


 下の名前を教えてくれた、いや知ってるけど呼んでいいって意味だよな?


 さすがに頭を撫でてしまったわけだし、名前を呼ぶくらいなら怒られないはず。深森先輩がいなくなったといっても、ここが一番目立つ場所なことに変わりは無いからな。


「さ、冴奈さん……でいいのかな」

「恭二……くん! (やったぁ~! この調子でもっともっと口数増やしていけば、上手くいくよねきっと)」


 名前しか呼び合ってないのに妙な気持ちになる。しかし名前だけ呼んでも、告るって気持ちにならないのは何でなんだろうな。頭は間違って撫でただけだし。


「え~と、食べる……? ポテチ」

「…………?」

「ごめん、忘れていいから!」


 しかし表情を一切崩さないのはある意味凄い。名前を呼ぶことを繰り返せばそのうち笑顔とか見れる日がくるんだろうか。


「……(もう頭は撫でてくれないのかな? 放課後までお預けってことなら、ポテチ頂いちゃおっと!)」


 おお、ポテチに手を伸ばしてくれた。俺も食うか。


「…………美味いね、これ」

「……ん、美味しい」


 やっぱり姫乃姉の方は同じクラスで隣の席だけあって、意外と簡単に打ち解けられそうだ。


 しかしふと姫乃姉を見てみると、俺に撫でられてしまった頭に両手を置いて悩ましいポーズで固まっていた。


 やらかしたってことだよな、やっぱり。


「…………(可愛いって思われたかな? そうだといいなぁ)」

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