第3話 ナイショの通学路

「恭二、明日の朝は誰に告る予定なんだ?」

「それ! ウチも誰なのか気になる~!」

「…………はぁ?」


 長いようで短すぎた月曜の放課後。


 いつもどおり、腐れ縁であるこいつらと一緒に歩いて帰る俺がいる。何で好き好んでリア充な二人と帰らなきゃいけないんだよ。


「何だ、どうした? そんなイライラして。お前の目標設定のことを聞いただけだぞ?」


 ああぁ……そういえば、そんなことを口走ってた気が。


「貫太と違って、こいつのことだから忘れてんじゃない?」

「うるせー! 今思い出したっての!」

「やっぱ忘れてたんじゃん」


 幸か不幸か、俺の周りの友人たちは彼女がセットでくっついてくる。俺だけぼっちというのもあるとはいえ、時々うざいと感じてしまう。


 特に堀川は俺と同じ演劇部だっただけに、かなり気分が悪い。


「告らねーの? それとも真面目に難攻不落の道に進むつもりか?」


 難攻不落の双子姉妹か。姉の方はともかく、妹の方はそんな難しそうな印象は受けなかった。あぁ、でも妹の方は仲の良さげな女子が多かったな……。


 そうなると、同じクラスでしかも隣の席に座る姉の方と親しくなれば、多少なりとも付き合える可能性はあるのか?


「言う程なのか?」


 無表情女子ってのは理解したけど、そこまでクール系とは思わなかった。


「難攻不落のことを言ってるなら、マジだぞ。妹の方は古風な言葉遣いだから勘違いする男子が多いけど、周りの歴女が常にくっついてるから難易度が半端ないって話だ」


 歴史好きの女子が取り巻きだとしたら確かに厳しそうだな。妹の言葉遣いをちっとも嫌がってなかったみたいだし、厄介な相手はむしろ周りか。


「あ、姉の方は……?」

「そもそも学校ではほとんど寝てるからな。廊下にいた時に話しかけようとした先輩とかがいたけど、返り討ちにあったらしいぞ」


 授業中にツンツンされてたけど、もしかしてそういう意味かな?


「返り討ちって……指先とかで突かれたとか?」

「バッカじゃないの? 姫乃さんは見たまんま、清楚なお嬢様なの! あんたみたいに暴力なんか振るう奴じゃないんだから!」

「俺は貫太に聞いてるし手なんか上げたことねーよ!」


 ああ、ウザい。演劇部が西夏学園に無くて良かったって思うくらいウザいな。


「……それなら、本人に訊いてみるか?」

「ほ? 本人に?」


 気づいて無いだけで実は通学路が一緒だったりして?


「姫乃姉妹って、実は同じ通学路を使ってたり……?」


 この場合は姉の方かな?


 こいつらと話しながら歩いてる最中に次々と抜かれまくって気づけば後ろを歩く生徒の姿が見えなくなるけど、妹の方は容赦なく追い抜きそうだ。


「気づいてなかったのか? 今もほら、気配を感じさせない距離をとってオレらの後ろを歩いているぞ」


 溝江の言葉を信じておそるおそる後ろに目をやると、確かにつかず離れずといった感じで俺たちの後ろを歩いている姫乃の姿があった。


「姉の方……だよね?」

「まあな。堀川、お前も気づいてただろ?」

「最初からね。気づいてなかったのは名川だけ」


 ……俺だけ今まで気づけずにいたわけか。


「どうする? 堀川なら同クラ女子だから話しかけても教えてくれると思うぞ」


 くっ、持つべきものは友人と言いたいところだが、授業中のツンツン攻撃のことは直接訊いてみたいし悩みどころだ。


 でも、溝江の彼女なんかに貸しを作りたくないしな。ただでさえうるさいし。


「いいや、俺が行く。隣の席だから俺の方が話しやすいはずだし」


 もう姫乃姉妹に関わってしまっているし、何より告白フラれ男の異名を取り消すチャンスが巡ってきてるってのはデカいんだよな。


「今の今まで、隣に誰が座っているのかすら知らなかったあんたが? 話しかけたら速攻でフラれるんじゃないの?」

「それはあるな。恭二、黙って堀川に任せといた方が――」


 よし、こいつらを放置して後ろに向かおう、そうしよう。


「お、おい? 恭二……」

「勝手に話しかけてフラれてしまえ! バカ野郎!」


 何て言葉の悪い奴なんだ。俺が悪い思い出を植え付けてしまったこともあるとはいえ、もう溝江という彼氏がいるんだから勘弁してくれ。


 ――というわけでリア充な奴らから離れた俺は、来た道を戻って後ろを歩いている姫乃姉に近づく。


「ど、どうも~……」

「…………」

「(だよなぁ。俺が接近しても表情が変わらないわけだし、言葉すら発してくれるわけがないと思ってた。甘かったか)」


 何となく、何かリアクションでも取れば眉の一つでも動かしてくれるはず――などと勝手に信じて、彼女の顔の前に人差し指を出してツンツン攻撃ポーズをやってみた。


「……ん、理解」

「えっ?」


 物は試し……まさかそれが成功するなんて、妄想じゃないよな?


 俺の人差し指に対し、姫乃姉は同じように自分の人差し指を俺の指にくっつける寸前まで近づけてきた。


 まるでいつか観たことがあるSF映画のようなシーンのように。


「あっ、いやっ……俺が悪かったです。ごめんなさい!!」

「…………? (何が悪いの?)」

「お、俺はただ、その……姫乃さんと話がしたかっただけで、怒らせるつもりは全然無くて、だから本当にごめんなさい!」

「(怒ってないのに。どうして怯えてるの? わたし、そんなに怖いのかなぁ?)」


 うおおお、やばい。ヤバすぎる。首傾げをしてても無表情とか、心の中でブちぎれてるのは間違いないじゃないか。


 そもそも一言も会話出来てないし、黙って堀川に任せておくべきだった。


「で、でででで、出直します! お、俺、明日ちゃんと謝るので! だから、ごめんなさいっっ!!」


 とにかく何度も頭を下げてこの場から離れようとすると、


「…………明日」

「は、はい? 明日?」


 姫乃姉が何やら呟き始めた。


「……同じ」

「はい、同じ……」

「…………時間」

「時間?」


 断片的しか言ってこないけど、何かの暗号だろうか?


「名川恭二……だけで…………」

「……俺だけ?」

「…………(どうしよ、これってデート? デートになるの?)」


 駄目だ、何を言ってるのかさっぱり分からなかったぞ。でも俺の名前を指名してるのは確かなんだよな。


「――って、あっ、あれ?」

「…………じゃあ」


 どうやら会話が終了したらしく、姫乃姉は俺の一時停止状態を通り過ぎてスタスタと足早に過ぎ去ってしまった。


 つまりフラれたのか、俺?


 でもこれを溝江とか正木に相談すると、ロクなことになりそうにないんだよな。こうなったらやむを得ないけど、頼りたくない先輩に訊くしかないか。


 ――――


「ねえ、あいつどうなったと思う?」

「ん~? 恭二か。告白劇と妄想癖さえ無くせば、真面目な奴だしイケるんじゃね?」

「あっ……見て、いつの間にかウチらの前に姫乃さんが歩いてる」

「あぁ~駄目だったっぽいな」


 恭二を心配する溝江と堀川を気にせず姫乃姉は早歩きで歩いているようで、近くには恭二の姿が見当たらない。


 それを見かねてか、堀川が慌てて姫乃姉に声をかける。


「姫乃さん、待って!!」

「……(名川恭二くん。彼だったら美涼もわたしも叶えられるのかな? ん~何だかテンション上がっちゃう!)」


 堀川の呼びかけに気づいていないのか、姫乃姉はさらに歩行速度を上げようとしていた。


「姫乃さ~ん!! あのぅ、止まって~! はぁ~……無理、早すぎ」


 ……などと同じ女子である堀川の声すら届いていなかったようで、堀川は追いつけずに諦めてしまった。


「全然立ち止まらなかったのな! やっぱ、人間嫌いなのマジな話か」

「女子も駄目なの?」

「まぁな。そりゃあ拒絶して熟睡するってことになるよな」

「ん~。何か、名川に酷いこと言ったかも。明日慰めでカフェに連れて行こうよ!」

「だな」


 ――――――――


 俺が唯一頼れる先輩、それは同じ西夏学園に通う三年生の元部長兼家庭教師だった深森みもり一緒いお先輩のことを言う。


 というわけで、マンツーマンで嫌だけど封印していたグループチャットを開く……。


 □□□


キョウジ「すみません、俺です。いっちゃん先輩、います?」

イオ「ん~? 私をオカズにしてシたくなったかい?」

キョウジ「しませんって!! 明日会えたりします?」

イオ「私がお相手しよう! 保健室? それとも体育倉庫? スパッツでヤっとく?」

キョウジ「真面目な話なんですってば!」

イオ「昼休みの学食。超目立つ中央の席。美少女お姉さまの胸を揉みしだいてくれたまえ! それが合図だ」

キョウジ「退会しますよ?」

イオ「ジョークジョーク! 分かりましたわ。アソコに入れても可愛い後輩の為に人肌を感じるくらいヌいてあげるよ! フハハハハ」


 ■■■


 ふぅ。相変わらず下ネタ全開の女子だった。実際なるはずもないのに。


 でもこれで、姫乃姉のことが少しは分かるはずだよな、多分……。

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