第2話 難攻不落の姉妹【妹】さん

「ねえねえ美涼。分からない問題があるんだけど、隣に座って訊いてもいい?」

「座れ」

「ありがと~」


 俺と同じクラスにいる姫乃さんの双子の妹が隣のB組にいる……ってことを溝江から聞かされたので、休み時間にこっそりと様子を見に来てみた。


 だがどのクラスにもサッカー部がいるせいか、俺の動きはすぐにばれた。


「おっ、名川! どした? 誰かに告りに来たか?」

「するわけないだろ……名前も知らない状態なのに」

「え、そうなん? またまたぁ! お前、無敵野郎だろ? 行って来いよ。一番前のほら、窓側の席に双子姉妹の妹がいるぞ。告れ告れ!」

 

 くっ、静かに見守るつもりだったのにこいつのせいで周りの女子が気付きだしたじゃないか。


 どうする?


 難攻不落だとしてもなりふり構わず特攻するか?


「そうそう、妹の方はかなりキツいから泣くなよ?」

「アホか! とにかく、俺に構うなよ」

 

 幽霊部員のはずの俺なのに、何でいじられキャラになっているんだろうな。キツい性格って意味ならバレないように教室に戻るか。


 しかし、俺の行動よりも素早く動いたのは彼女の方だった。


「おい。お前」


 うっ、声も姉と変わらぬ高音ボイスだな。そうなるとどこで見分けることになるんだろうか。


「名川恭二だな、お前」


 うおお……まさに瓜二つだな。双子だからってこんなに似るものなのか。ぱっと見、まるで見分けがつかないぞ。


 やっぱり表情は変えずじまいなんだな。クール系美少女というかなんというか。


「こら、聞いているのか? 恭二」


 ええっ? 


 何でいきなり下の名前……それも呼び捨てで呼ばれてんの、俺。一度も話したことも無ければ出会ったこともないはずなのに。


 机に突っ伏して寝てるふりして、実は姫乃姉から姫乃妹に情報でも送っていたんじゃないよな?


 しかもすでに偉そうというか、目上の人のような態度を取られてるんだけど。


「聞いてます聞いてます。というか、初めましてだよね?」

「うむ。初見だぞ。恭二ならすでに把握済みだろうが、あたしは美涼だ。姫乃ひめの美涼みすず


 まるでどこかのお殿様、いやお姫様っぽいな。姉の方は沈黙キャラだったのに、妹の方は表情変えずに古風な言葉遣いとかかなり戸惑う。


 ほくろは無さそうだし、見分けがつくといったら言葉遣いくらい?


「あれ、ミドルネームは……」

「いるのか? わざわざ名乗らずともよかろう?」

「た、確かに。ところでその――」

「なんじゃ?」


 おお、丁度良く予鈴音が!


「も、戻ります。じゃあそういうことで!」


 うかつにその変な喋り方は何ですか、とか言いかけそうになったけど言わない方がきっと良さそう。


「美涼、あいつ名川恭二でしょ? 何で声をかけたの?」

「おかしな奴かどうか確かめた」

「どうだった?」

「使えそうな奴かもしれん。あたしを変えてくれそうな……そんな予感が」


 B組から逃げるようにして自分の教室に戻った俺だったが、誰に会いに行ったと伝えたわけでもないのに、溝江たち男子はこぞってニヤニヤしていた。


 問題はそれではなく、授業中に左隣の席から強い視線を感じるようになった。


 しかし俺の席は先生から見えやすい真ん中に座っているせいもあって、隣の席すら簡単に見ることが出来なかったりする。


「…………んん?」


 何か針の尖端のようなもので脇腹の辺りをツンツンされてるような気がする。


 痛さは無いし、さっきからポキポキと何かが折れて床に落ちてる音が聞こえてるとなればこれはきっとアレだな。


 左隣に聞こえるように注意しておくか。


「それ以上続けると、床が黒くなるよ……」

「…………ぁ」


 シャーペン芯が永遠に落ちることになるし、俺のせいで無駄遣いさせてしまう。俺がちょっかいを出してしまったから気にしてしまってるってことだな多分。


 もしくは妹に会いに行ったことがすでにバレて、理由を聞きたいっていうことかもしれない。


 俺の注意が効いたのか、とりあえずツンツン攻撃は止まってくれた。


 この時間の授業が終わると昼休みなので、すぐに話しかける準備だけしておくことにする。


「恭二の席の通路が黒くなってるけど、お前……」

「なんだよ?」

「夢でイったんじゃないだろうな?」

「起きてたし、よく見ろ! 下は脱いでないぞ!! それに俺はちっとも悪くないんだからな?」


 もちろん誰が悪いって話でもないけど。


「そんな怒るなよ。冗談だ、冗談。教室の中でそんなんしたらもれなく追放だしな」

「ったく……」


 予鈴音が鳴ると同時に左隣にいるであろう姫乃に話しかけようとしたが、その通路側に溝江がしゃがみ込んで俺に話しかけていた。


 隣の席にはすでに誰もいなく完全に乗り遅れたようだ。


「貫太、お前が何で邪魔すんだよ! もう少し遅れて登場しろよ~……」


 何でこういう時に限って話しかけてくるかなこいつは。


「んあ? 邪魔? 姫乃姉に告ろうとしてたのか?」

「ちげーよ!! 話をしようと思ってただけだ。授業終わりに告白なんて、じゃなくて告白するわけないだろ!」


 無表情女子に話しかけても反応は極薄ってのは予想出来るけど、さすがにさっきの注意は言うことを聞いてくれたみたいだし、可能性はゼロじゃなさそうだけど。


「そういや、姫乃妹はどうだったんだ?」


 くそぅ、こいつやっぱり聞いてくるのか。


「偉そう……いや、古風な物言いをする女子だった。見た目はそっくりだったけど」

「妹の方は時代劇好きでああいう喋りにしてるらしい。見た目はそりゃあ双子だから似るだろ」

「妹の方は帰国子女じゃないの?」

「いんや、単に名乗らないだけだろうな。名乗るとかなんて自由だろうし」


 確かに自由だよな。古風な言葉遣いをしてるし、あえて名乗らないようにしてるかもだけど。


「恭二は妹の方が好みか?」

「何でそうなるんだよ! 告りに行ったんじゃないっての」


 全く、こいつもB組の奴も俺をそんなキャラ設定にするなんて、姫乃姉妹相手にそんなこと出来るわけないだろうに。


「あ~もう、時間少なくなるだろ! 俺は学食だからじゃあな」


 西夏学園は涼音大付属。全体的に生徒数が多いこともあって購買や学食には豊富なメニューが揃っている。


 ……だからといってのんびりしていると人気メニューは売り切れが発生するので、弁当組以外の奴は速攻で教室を出なければならない。


 溝江の奴は堀川という彼女が作ってくる弁当しか食べないので、教室から出ることがほとんど無かったりする。


 そんな彼女持ちの奴の相手を放棄して、俺は急いで学食に向かった。


 ……はずが、月曜日ということをすっかり忘れていたせいで、ほとんど売り切れになっていた。購買には菓子パンなんかも売っているのにそれすらも無くなった。


「嘘……だろ?」


 朝から告白してフラれ、休み時間に色々と女難があった俺にとってせめてもの癒しが昼休み時間のメシだったのに、どうしてこうなった?

 

「ううぅっ……マジかぁ」


 まだ学食内に人がいる中、俺は誰かに聞こえてもいいくらいの勢いで同情を誘うような声を出した。もちろんその場でがっくりとうなだれるように手をついて、いかにも落ち込んでいるといったポーズまで見せた。


 これも芝居のおかげだな。恥ずかしげもなく出来るわけだし。


「何だ、恭二。争奪戦に負けたのか?」


 早速声をかけてきたのは正木だった。運動部は大体学食にいるのでそんな予感はあったけど。


「何かくれ、修斗」

「悪ぃな! 今日は彼女と一緒に食べたんだ。もう残ってない」

「くっ……」


 この、リア充め!


 いつもは同じサッカー部連中と食ってるくせに、何故に今日に限ってそんな真似を。


「おっと、グラウンド行ってこないと。まぁ、頑張れ恭二」


 当てが外れたか……。


 こうなると他に誰も知り合いがいない俺は、最終手段として外のコンビニにダッシュすることになる。


「物乞いとは珍しいのぅ。残り物でもいいなら食べるか?」


 誰だか分からないが天の助けがきた。


 ……というか、この声と言い方って。

 

「もしかして、姫乃妹さん!?」

「……いるのか、いらないのか?」

「いるいるいる!! くれるんですか?」


 この際、恥なんて捨ててしまおう。


「恭二。これは本当に残り物だぞ?」


 いやに念を押すので顔を上げて見てみると、姫乃妹とその友達らしき女子が俺を冷めた目つきで見ていた。しかも手作り弁当などではなく、コンビニ弁当の容器におかずだけがいくつか残っているものだった。


「残り物っていうか、姫乃妹さんが嫌いな物……だったり?」

「とにかく食え! 食べ終わったらきちんと捨てるのだぞ? ではな」

「あ、ありがとう!」


 何にしてもおかずだけゲット出来た。姫乃妹の嫌いな野菜オンリーだったけど、昼抜きになるよりよっぽどマシだった。


「恭二。調子に乗って教室に来るなよ? これは慈悲であって優しさなどではないのだからな!」

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