閑話:かつてあったラブロマンス
※性暴力を暗示する描写があります
ある格式高い貴族のお屋敷に、マーガレットという女性が侍女として仕えておりました。彼女の部屋の前にはマグノリアが咲いていて、その白い花が大好きでした。
彼女は代々そのお屋敷に仕えている使用人の家系で、主人の息子である男の子と年が近かったこともあり、とても仲良し同士でした。
やがて時は流れ、男の子は当主になり、マーガレットは立派なメイドになりました。
ところが困ったことに、男の子はすっかりマーガレットに恋をしてしまっていたのです。
マーガレットは大変真面目な女性でしたので、「いけないことです」と男の子を叱りました。だけど男の子はマーガレットを諦めません。
とうとうマーガレットは根負けして、男の子にこんなことを言いました。
「私はただの使用人です。いつかあなたの地位にふさわしい女性をお嫁にもらうまで、私はそばにおりますよ」
男の子は「もっと欲しがってくれ」と言いました。
マーガレットは頑なになって、「もう充分すぎるほどいただいています」とつれなくします。
男の子はとても高い身分を持っていました。そしてその地位に負けないくらい悪辣でした。
だからマーガレットを、誰にもとられないように、自分がえらくなればいいんだと考えました。
実際に男の子は、大変な努力家でもありました。彼は宮仕えをはじめ、どんどんえらくなりました。
王子様と、王子様のお妃様とも仲良くなりました。お忍びで遊びにきた二人に、マーガレットを紹介すると、二人とも「よくお似合いだ」と言いました。
それからたくさんの贈り物をして、たくさん愛情を伝えました。
たいていの贈り物は「恐れ多すぎます」と受け取ってもらえませんでしたが、男の子の髪色と同じ白銀に、マーガレットの瞳と同じ青い石をはめ込んだピアスだけ、マーガレットは受け取りました。
「こんなに一生懸命私を愛してくれるのに、どうして無下にできましょう」
そのうちマーガレットも、あんまり男の子が熱心に愛してくれるものですから、だんだん応えたいと思うようになりました。
だけど、二人の幸せは長く続きません。その頃、悪い王様が国を治めておりました。王様は男の子と、王子様のことが大嫌いでした。
「そうだ。あいつの大切な人を、私の思うままにしよう」
王様は、マーガレットを連れ去りました。彼女は逃げることもできず、王様のいじわるに耐えました。
やがて、男の子が助けにきました。王様の目を掻い潜り、危険を恐れず忍び込む、勇敢な姿は、とても頼もしいものでした。
マーガレットはすっかり嬉しくなって、安心して、男の子の腕の中でおいおい泣きました。
「あなたが助けにきてくれるだなんて、私は、なんて幸せ者なんでしょう」
だけど男の子は、別のことを考えていました。
「この男が憎い。私が弱かったから、愛する人を危険にさらしてしまった。この国でいちばんえらくならなければ、愛する人たちを守れない」
マーガレットの知らないところで、男の子は、すっかり変わってしまったのです。
しばらくしてから二人は結ばれ、マーガレットはすぐに身ごもりました。
だけどその子の父親が誰であるのかは、誰にも分かりません。
男の子は激怒しました。絶対に、あの悪い王様の首をはねてやろうと決めました。
やがて男の赤ちゃんが生まれました。赤ちゃんは男の子とそっくりな白い髪が生えていて、瞳はマーガレットとそっくりな青色でした。
愛する女性と自分の間の子を腕に抱いて、男の子は、もう戻らないと決めました。
男の子は王子様と手を組み、悪い王様をやっつけました。
だけど男の子が心の底から願ったとおりにはならず、王様は、おおやけの場で処刑されました。
がっかりしながら家に帰った男の子は、マーガレットと、彼女にそっくりな自分の息子を見て、「絶対に彼らを幸せにしよう」と決めました。
そのためには、この国で一番えらくならなければいけません。
だから、新しい王様になった友達の王子様や、そのお妃様や、彼らの子どもたちがいては、男の子と家族は幸せになれないのです。
マーガレットはその計画を聞いて、大変心を痛めました。
男の子の心の傷を癒そうとがんばりましたが、それよりはやく、マーガレットの命の灯火が消えてしまいました。
遺体にすがって泣く愛息子を、男の子は、えいと殴りました。
「お前は、お母さんの仇をうつのだ」
息子はますます大泣きしました。それでも男の子は、妻と息子のためだと、心を鬼にして、ひどいことをたくさんしました。やがて息子は男の子が父親であることを忘れて、心の底から憎むようになりました。
こうしてベレット侯爵は、愛する人を省みない、悲しい怪物になってしまったのです。
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