アンリ、たくらむ

「話が違うな」


 アンリからベレットの話を聞いたジョンは、唸りつつ首をひねった。アンリはベッドに座り、ジョンはベッドサイドに置かれた椅子に座っている。

 アンリは「そうなんだよ」と神妙な顔で頷いた。


「ベレットは、僕のことを軽く見積もっている。だから僕に適当なことを言って、騙そうとしているんだろう、と、思う」


 その言葉に、ジョンは怪訝な顔でアンリを見た。その目つきに、アンリは顔をしかめる。


「なに」

「いや、……逆に、なんで俺がお前を騙しているって思わないんだ?」


 アンリはその言葉に、うんうんと首をひねった。ジョンは呆れたような、どこか期待しているような、歪んだ顔でアンリを見ている。


「なんでだろう」

「やってらんね~」


 げえ、とジョンは舌を出す。アンリはフン、と鼻を鳴らして、ジョンの怪我していない方の足を軽く蹴った。


「ともかく、僕はダンスパーティーが危ないと踏んでる。そのために動きたい」


 ジョンは微妙に顔を引きつらせつつ、「後でどうなっても知らないぞ」とアンリに釘を刺した。

 それで、とジョンは改まってアンリへ向き直る。


「俺は機密にさわれる立場じゃない。お前の欲しい情報を持ってこれるわけじゃないんだが、どうするつもりだ」

「うん。だから、別のことをやってもらう」


 別のこと? と、ジョンはまた怪訝な顔をした。アンリは平然と、ジョンの顔を覗き込む。


「この屋敷から脱出する方法を考える。こうなったら、直接現場へ乗り込んで止めるつもり」


 ジョンは「はあ」と間抜けな声を漏らした。アンリは頷き、「これならまだ、勝ち筋がある」と神妙な顔で言う。

 しばらく黙り込んだあと、あー、うー、と呻きながらジョンが口を開いた。


「……いや、うん。機密情報を持ってこいって言われるよりは、現実的だが」

「そうだろう」


 アンリはにこりと笑ってやる。ジョンは頭を抱えつつ、「こいつはよォ」とうめいていた。


「俺の手足はこうだぞ。お前の脱出を手伝ってやれるわけじゃない」

「うん。分かってる」

「この屋敷について、お前が知っている以上のことは、俺も知らないと思う」

「そうだろうね。でも」


 アンリはさも当然だと言わんばかりに、ジョンの肩を叩いた。


「僕よりもきみの方が、この屋敷の警備にずっと詳しいだろう」


 じっと、彼の瞳を覗きみる。アンリはそこでようやく、ジョンが自分と同年代の青年であることを知ったような気がした。


「正確なことは分からないけど、きみはたぶん、僕を利用したいんだろう。なら、僕に利用される覚悟くらい、あるよね?」


 ジョンは、長い長いため息をついた。無事なほうの腕で頭をかき、アンリを見上げる。


「そういうお前はどうなんだ」

「決まってるだろう」


 ひたりとジョンを見据えて、アンリは不敵に笑った。

 覚悟なんて、とっくにできている。


「絶対に、止めてみせるって決めたんだ」


 ジョンはどこか恨めし気な視線でアンリを見て、「しょうがない」と少し前のめりに重心を傾けた。アンリは頷き、ジョンと目を合わせる。


「手を組もう」

「……こっちは、最初からそのつもりだったっての」


 吐き捨てるジョンを、アンリは「そういう御託はいい」と切り捨てた。ジョンも「はいはい」と軽くいなして、二人の作戦会議がはじまる。


 二人は毎日集まって、準備を進めた。

 ジョンは屋敷の警備の情報をアンリに教えた。

 アンリは屋敷の構造をジョンに教えた。


 共犯関係の二人はやがて、ひとつの方法にたどり着く。

 アンリは儀式を執り行うように、ジョンとその方法を定義していった。


「ダンスパーティーの一週間前、ベレットは王都に向かう。そのままあちらの屋敷に留まって、ダンスパーティーにも賓客として招かれる」


 アンリの言葉を促すように、ジョンが頷く。アンリも頷き返して、さらに続けた。


「その際、うちの魔術師たちをはじめとした実行犯も屋敷を出る。自然と警備が手薄になるから、出るとしたら、その辺り」

「俺の手足は治りそうにないから、お前ひとりで行くことになるぞ」


 咎めるようにジョンが言う。それがまるで心配しているように聞こえて、アンリはちいさく笑った。


「ありがとう」


 アンリの礼に面食らったのか、ジョンが目を丸くする。だけどね、と、アンリは一枚の布を取り出した。


「腕と脚、どっちがいい」


 その言葉に、ジョンの目が再び見開かれる。そして、挑むようにすがめられた。


「……脚」


 アンリはためらいなく、彼の足元に跪いて布を巻いた。


「僕の魔力を、ここしばらく、ずっと注いでたんだ」


 魔法陣が薄っすらと光り、浮かび上がり、やがて消える。

 ジョンは自ら布をほどき、そっと折られていた脚へ重心をかけた。


 何度か足踏みをして、頷く。


「動かせそうだ。病み上がりの人間も使うなんて、人としての思いやりに欠ける作戦だが」


 アンリは不敵に笑って、「そっちこそ」と布を取り上げた。ジョンは不承不承と言わんばかりに、首をひねって薄く笑う。


「今回ばかりは助けてやる」


 こうして、二人の準備は整った。

 学園のダンスパーティーは、もうすぐだ。

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