とうとう催促されました

 アンリがレオナードとの練習を終えて自室へ帰ると、ベレット家からの使者が待っていた。げんなりした顔をするアンリに、使者はぞんざいに顎をしゃくる。


「お前専用のなまくらはどうした。せめて短刀くらいは持ち歩いているんだろうな」

「持ち歩いてないよ。警戒されたら、元も子もないからね」


 皮肉に口の端を吊り上げるアンリに、使者は苛立たし気につま先で床を叩く。


「貴様のために、閣下はわざわざ魔道具を持たせてくださっているんだぞ」


 嫉妬と怒りにまみれた低い声に、アンリはつまらないと鼻を鳴らす。


(なんで、侯爵にはこんなに人望があるんだ?)


「それが何? 僕は持たせてくれなんて頼んでない」


 使者は獣のように唸り、小包を投げて渡す。アンリが受け取ると、「新しい武器だ」と彼は淡々と言った。


「お前に持たせた魔道具だけでは不安だ、とのことだ。さすがの閣下も、お前の無能っぷりに痺れを切らせたらしい」


 くく、と男は笑う。アンリはむっと眉を顰めつつ、小包を開けた。中に入っていたのは、両刃の短剣だ。鞘から抜いて月の光に透かすと、よく砥がれた切っ先がひやりと冷たく輝く。


「新しい道具だ。魔力を注がずとも、防御魔法を使うことができる」

「他には?」

「ねぇよ。ああ、腹立つ」


 彼は忌々し気に頭を掻き、律儀に続けた。


「……ありとあらゆる属性の攻撃を弾く。握って任意の単語を唱えれば、それがキーになって発動する。キーはそっちで決めろ」


 アンリは、無言で剣を鞘へと戻した。ジャケットの内ポケットへ入れれば、なんとか隠せるだろう。


「ありがとう」


 礼を言うと、彼は鼻で笑った。そのままするりと窓から外へと飛び出して、闇に紛れる。

 アンリは、侯爵から渡されたナイフを抱えてベッドへと寝転んだ。


(どうしてあいつ、僕に変なところで甘いんだろう。母さんにそっくりだからかな)


 だけどアンリは、彼の子ではない。確かな証拠はないが、髪の毛の色が侯爵と若干違うし、メイドたちは皆そう噂していた。


 アンリは短剣を二重底になった机の引き出しに仕舞い、鍵をかける。そこには暗殺の道具がごちゃごちゃと入って、整理もされていない。


 落ち着かなくて、ピアスをいじる。アンリは窓の外の星空を見上げた。


(中途半端に甘いのが、すごく不気味だ)


 内心、少し胸がうずうずする。決して認めたくはないが、アンリは、目をかけられている事実が嬉しかった。


「ああ、いやだ」


 やだやだ。わざとらしく声に出して、ベッドに寝転がる。ピアスを外してベッドサイドに置き、シャワーを浴びに立ち上がる。


 寮の廊下に出ると、生徒たちは一斉に白い目をアンリへと向けた。嫉妬や好奇心、敵意。およそ嬉しいものではないが、アンリは平然とすることにしている。

 シャワールームで服がなくならないように(編入したてのときに盗まれかけた)、替えの下着や服を中へ持ち込む。


「あの白髪頭、気に食わねえ。殿下の周りうろちょろしやがって」

「図々しいよな。平民風情が近づいていいお方じゃないのにさ」

「ああいう奴は一般常識がないんじゃないの」


 わざとらしく、アンリに聞こえるように誰かが言っている。それも無視して、アンリはシャワーを浴びた。石鹸で全身を洗い、身体をほかほかに温める。

 水気をふき取って、少し濡れてしまった服を着て外へ出た。シャワーを浴びたばかりなのに、薄い布地が肌に張り付いて、不快だ。


 髪の毛を拭きながら彼らを睨みつけると、彼らは怯んで口をつぐんだ。頬や額に張り付く髪の毛を払って、アンリは皮肉に笑う。


「僕に一般常識がないなら、君たちが教えてくれればいいのに」


 厭味ったらしい口調で言って、アンリは立ち去った。残された生徒たちは半ば茫然として、顔を見合わせる。ひとりが、ぽつりと呟いた。


「……俺が頭おかしいのかもしれないんだけどさ。なんかあいつ、エロくね?」


 残りの生徒たちも「まあ……」と、もごもご口ごもる。


「ケツが丸くてエロい」

「肌が白いから、赤くなりやすいんだろうな。ふーん……」

「唇もなんか、ちっさくて少しぽってりしててさ」


 シャワーを浴びて、潤んだ瞳で上目遣いに睨む様。白髪であることが禍して悪目立ちしがちだが、アンリはよく見るとかわいらしい顔立ちをしてる。

 濡れた肌に衣服がひっついて、さらに扇情的。


 こそこそ男たちで集まって話していると、「やあ」と声をかける存在があった。


「レ、レオナード殿下」


 生徒たちは慌てて居直り、レオナードはついてきた従者を下がらせる。そして輝かんばかりの笑みで「さっき、何を話していたのかな」と尋ねた。


「い、いや、その」


 途端に口ごもる彼らに、目を細めて酷薄に見える笑みを浮かべた。途端に、生徒たちの顔色が悪くなる。


「他人をそういう目で評してからかうのは、関心しないな……」


 はい! と、彼らは真っ青な顔で頷いた。レオナードは笑みを引っ込めて、鋭い目つきで彼らをにらむ。


「次からは気をつけてほしい」


 レオナードはそう言って、シャワールームの中に入っていった。ばたん、と扉を締めて、一人きりになる。


「……俺のだぞ」


 低く不機嫌な呟きは、耳ざとい従者の耳にばっちり届いた。従者は大きくため息をついて、彼が脱ぎ散らかした服を畳んでいた。

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