秘密の特訓~無自覚いちゃいちゃ~

 放課後。どこかへ移動していくクラスメートたちを後目に、アンリは旧図書室へと向かう。持たされた暗器は気が向かないものの、ジャケットの下に仕込んだ。


 重たい扉を開けると、レオナードは既にそこにいた。本棚を眺めていた彼は、「遅かったな」と振り返る。


「こんにちは」


 アンリも荷物を降ろし、レオナードの側へと寄っていく。彼は、魔術関連の本棚を眺めていたようだ。


「こちらに置かれている本は発行年が古いので、かなり前の内容ですよ。新しい図書室の方が、新しくて正確なものを学べます」

「いや。それだと、こっちに来る意味がない」


 はて、とアンリは首を傾げた。だけどまた彼が、得体のしれない熱くて湿った目で自分を見るので、思わず黙り込む。どこか気まずくて、アンリは「揃ったことですし、さっそく外へ行きましょう」と早口に言って視線を逸らした。


「さすがに屋内で火を使うのは、危ないので。昨日も気づけばよかったです」

「そうだな」


 少しだけげんなりした声で、レオナードが言った。アンリは知る由もないが、昨晩彼は従者親娘にこってりとしぼられている。

 アンリは鞄から魔法陣を引き出し、先に歩き出した。レオナードはすぐに大きな歩幅で追いつき、アンリより先に扉を開ける。


「どうぞ」


 まるでエスコートするように、扉を押さえている。はあ、とアンリはひょこひょこと扉から出て、夏の日差しを浴びた。午後でも冴え切った太陽の光に目を細めると、扉を閉めたレオナードが並ぶ。


「裏庭がいいだろう。あまり人も寄り付かないし、ある程度開いた場所がある」

「はい」

「アンリ」


 レオナードが、アンリを呼ぶ。立ち止まると、彼はアンリをじっと見降ろした。その視線に、少したじろぐ。


「なにか?」


 アンリもじっと見つめ返すと、レオナードの方が先にふいと視線を逸らす。


「何でもない。呼んだだけだ」


 ふむ、とアンリは首を傾げ、少し考え込んだ。そろりとレオナードの顔を覗き込み、彼を呼ぶ。


「レオナード殿下」

「なんだ?」

「呼んだだけです」


 ふー……、とレオナードが長く息を吐く。そのまましゃがみこんでしまったので、アンリはおろおろと彼の周りを歩いた。


「すみません、ちょっとした出来心だったんです。そんなに嫌だったと思わなくて」

「いやじゃない!」


 レオナードが顔を上げて、妙にはっきりと言った。あ、そうなんですね、と気の抜けた返事をするアンリ。


「じゃあ、よかったです……?」


 二人の間を、生ぬるい夏の風が過ぎていった。レオナードはたっぷり頭を抱えて、唸る。そうしてやっと立ち上がり、咳払いをした。


「そろそろ、ここらあたりで始めてもいいんじゃないか?」

「ああ、はい。そうですね」


 アンリは懐に入れた魔法陣を広げ、レオナードへとあれこれ魔術理論について再び解説した。レオナードは分かったような顔をして頷いている。


「……ということです。分からないところがあったら、また聞いてください」

「ああ」


 レオナードが大きく頷いたところで、アンリは手を差し出す。レオナードもそれを握った。レオナードが大きさの違う二つの手を見つめている間に、アンリは目を閉じる。


「接続……命脈励起。根源に至り、エーテルへと辿りつかん。回路解放、検索開始」


 じんわりと、なけなし魔力がアンリの身体中を巡る。レオナードの手を通じて魔力を流し込み、彼の中にある魔力の流れを解析していく。二人の掌が、灼けるように熱い。


「探知完了。接続開始。我が生命の源を彼の者へ注ぎ、彼の者の根源を我へと注がん」


 じん、と神経を直接穿つような痛み。それでも、昨日よりは多少マシだ。アンリはレオナードに目配せをし、促す。彼は空いた左手に炎を灯し、「いいぞ」と頷いた。今日はろうそくの炎より、二回りほど大きく灯している。


「……逆行開始。炎よ、猛き熱よ。汝の力は我が掌中にあり、我が掌中は根源に繋がらん」


 アンリの額に汗が滲む。レオナードも歯を食いしばって痛みに耐えた。


「熱は光に、光は力に。有より出でて、無の胎内へと回帰せよ――!」


 じっ、と炎が揺れた。少しの間があって、火はさらさらと白い光へと変わっていく。

 しばらく経って、二人は互いに、痺れる手を引きはがした。レオナードはそのまま、地面へと行儀悪く座り込む。


「肩慣らしはこんなものですかね」


 アンリがけろりとした顔で言うと、レオナードはげっそりした顔をした。


「こんなに痛いのに? お前は痛くないのか?」

「痛いですよ。でもまあ……」


 鞭打たれることや、手ひどく折檻されるのに比べれば、随分とマシだ。


「……殿下に比べれば、大したことはないのかもしれませんね」

「絶対、俺の方が痛い」


 レオナードは物憂げにため息をつく。アンリはそれに小さく笑って、「がんばりましょう」と、また手を差し出した。

 そして躊躇わずに、レオナードが握り返す。


「もちろん」


 この言葉だけでアンリの胸に、熱くてやわらかい何かが満ちた。ずっと味わっていたい気持ちだった。

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