王子におねだりされました

「お前がそれでいいなら……」


 ぶつくさと文句を言うレオナードに、アンリは首を傾げて彼をおずおずと見上げた。


「殿下は、僕と過ごすのは、嫌なんですか」

「イッ、や、なわけ、ないが」


 声が裏返っている。嘘っぽい。

 アンリがじっと見つめると、レオナードは俯いた。それでもなお見つめると、「いやじゃない」と彼はぼそりと呟く。


「……いやだったら、毎日来るわけないだろ」


 ぼそぼそ呟くレオナードに、アンリは「はぁ」と気の抜けた声を漏らした。彼は「だから……」と口ごもり、アンリを睨む。


「気にするな。俺は、ここにいたくて、いる」

「は、はい」

「それで、学園祭の話なんだが」


 レオナードは強引に話題を切り替えた。脚を組み替え、アンリを見据える。その耳は、少し赤い。

 アンリは居心地が悪いようで、それでいて悪い気分はしないようで、目を逸らしてそわそわと膝をすり合わせた。


「こっちを見ろ。……まあ、いい」


 レオナードは咳払いをし、鞄から冊子を取り出した。紙縒りで製本されたそれをぱらぱらと開いて、あるページをアンリへと見せる。


「学園祭の催しの一つに、学生魔術実技演習発表大会というものがある」


 もう少しすっきりした大会名の方が覚えやすいだろうに、とアンリは思った。


「通称、魔術発表会。主に魔術科の生徒が中心となり、魔術の実演をする。魔術科の人数が多くないこともあり、それほど規模の大きな催しではないが……」


 彼は一旦言葉を切り、もう一枚の紙を取り出す。アンリがそれを覗き込むと、「出場申請書」と書いてあった。


「出ないのか?」

「出ませんよ。逆に、なんで出ると思ったんですか」


 アンリがしらっとした目を彼に向けると、レオナードは「出ないのか……」と腕組みをした。


「魔術を見せたくないのか?」

「そもそも僕の魔力量だと、見栄えのいい魔術を使えませんから。場がしらけるだけです」


 そうか、とレオナードは気まずそうに頭を掻いた。てっきり……と口ごもりつつ、アンリをちらりと見る。


「知らなかっただけで、知ったら出たがるかと」


 ぼそぼそと呟きながら、レオナードは紙の両端を合わせる。丁寧に二つ折りにしながら、またちらりとアンリを見た。


「アンリの実演、見たかったな」


 その上目遣いの視線に、アンリはなぜか、喉元で言葉が詰まった。

 そんなこと言われてもとか、僕は目立ちたくないんですとか、なんでそんなもの見たいんですか、とか。反抗する言葉はたくさん浮かぶのに、言えない。


「見たかった。お前が、魔術を使うところが……」

「で、ですから、僕は派手な魔術が使えなくて」

「俺も手伝うつもりだった……」

「殿下のお手を煩わせるわけには」

「煩わされたかった」


 レオナードは二つ折りにした紙を開き、じっとその文面を見つめる。

 いじけた様子に、アンリは背中を丸めた。どうしてか胸が痛い。


「う、うう」


 唸るアンリを前に、レオナードの目元がいやらしく歪められる。


「アンリは今年で卒業だから、来年は一緒に出られないだろう。最後だし、出たかったなぁ……」


 アンリはちらりとレオナードを見上げた。彼はすぐにいじらしい笑みを浮かべ、アンリを見つめる。

 もしかして、からかわれているのかもしれない。アンリはレオナードを睨みつけた。レオナードはかわいらしく首を傾げ、アンリをひたすらに見つめる。


 しばしの睨み合いが続いた後、アンリの方から目を逸らした。


「いい、ですよ」


 レオナードに向かって掌を突き出す。彼はにこりと笑みを浮かべ、出場申請書を手渡した。


「そんなこと言うんだったら、あなたも一緒にやってくださいね」

「もちろん」


 まるで、子犬のように目を輝かせる。ぱっと明るくなったその雰囲気に、アンリは何も言えずに唇をへの字に曲げた。ずるい。


「出ると言ったからには、今すぐ書け。俺も書く。すぐ提出しに行くぞ」


 はやしたてるように、レオナードが言う。はいはい、とアンリは書類にサインをした。

 レオナードに紙を渡すと、彼は走り書きでサインをする。アンリの書いた少し右上がりの文字の横に、さらさらと達筆な筆跡が並んだ。


「職員室へ行く。着いてこい」


 出会った当初の凛とした、大人っぽくてかっこいい王子様は、どこへ行ったのだろう。アンリは「はぁい」と気のない返事をした。


 この意地悪で、無邪気な彼は嫌いじゃなかった。聖人君子の王子様なんかより、ずっといい。


 だけど素直に従うのは癪だったから、アンリはしぶしぶレオナードに着いていくふりをした。

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