無言の王子に連れ込まれた
そう言って、レオナードは力ずくでアンリを引きずっていった。振り向くと、あの生徒も茫然と二人を見送っている。
おろおろとレオナードを見上げても、その後ろ姿は何も語らない。だんだん怖くなってきて、必死に言い訳を試みた。
「あの、殿下。僕から手を出してはいないんです。あいつらが僕を呼び出して……」
しかしレオナードが聞き入れる様子は、一切ない。アンリは途方に暮れて、彼の背中を見上げていた。
いつの間にか二人は庭を抜けて、いつもの旧図書室へたどり着いていた。レオナードは無言で扉を開けて、アンリを中へと連れ込む。
「殿下……」
途方に暮れた声を上げるアンリの背後で、ばたんと扉の閉じる音が無情に響く。
床にへたり込んで彼を見上げると、ぐ、とレオナードが顔をしかめた。
「す、みません。騒ぎを起こして」
おろおろと、アンリは視線をさ迷わせた。もう怖くて、レオナードの顔を見られない。
「僕がすすんで起こした騒ぎでは、ないんですけど……」
すみません……とまた小声で呟いて、すっかりうなだれてしまう。しばらくそうして黙り込んでいたアンリの頭上から、噴き出す音が聞こえてきた。
「ふ、ふふ」
見上げると、レオナードは腹を抱えて笑っていた。くっくっく、と喉を鳴らす彼の低い声に、アンリは呆気に取られて、ただ見上げる。
「ちょっと殿下、何を笑っているんですか」
抗議の声を上げるアンリに、レオナードが「すまない」と平謝りする。
「最初はあんなに勢いがよかったのに、急にしおらしくなって……」
彼はまだ、喉を鳴らして笑っていた。もしかしてこの少年、性格がちょっと曲がっているのかもしれない。
アンリがじっとり彼を睨むと、レオナードはしゃがみこんでアンリに視線を合わせた。その表情は、いつものレオナードだ。
「何があったんだ?」
少し不貞腐れながら、アンリは顎を引く。最初から、レオナードは全然怒っていなかったのだと、さすがのアンリにも分かった。
「……選択授業の後、彼らに呼び出されたんです」
うん、とレオナードは頷く。その声が無性に甘く響いて、アンリはぼそぼそと言葉を続けた。
「それで、裏庭に連れていかれて、囲まれて。いろいろからかわれたので、逃げていました」
「何を言われたんだ?」
アンリは、首を横に振る。
「くだらなさすぎて、覚えていません」
レオナードは黙り込んだ。ちらりと彼に視線を向けると、彼は口元に手をやって、何か考え込んでいる。
「殿下?」
首を傾げて尋ねるアンリに、レオナードは「いや」と、生返事をした。そしてアンリに視線を向けて、じっと見つめる。紫の瞳に見惚れるアンリに、レオナードは問いかけた。
「アンリは、あいつらに何かしたいことはあるか?」
「何もないです」
あっさり、アンリは首を横に振って即答した。本当に、何もしたいことはない。
「くだらなさすぎて、何されたかも、何を言われたかも覚えていません。それに、ちゃんと自分の力で報復もしました」
しれっと真実と嘘を織り交ぜるアンリに、レオナードは低く尋ねた。
「じゃあ、なんで最後、わざと殴られようとしたんだ?」
やっぱり見ていたんだ、とアンリは目を瞬かせた。レオナードはじっとアンリを透明な目で見つめている。んー、とアンリは唸り、小首を傾げた。
「僕の自衛のためです」
怪訝な顔をするレオナードに、アンリは居心地が悪くて肩を竦めて縮こまった。彼の前だと、不思議とアンリは堂々とできない。
「だって、僕にやられっぱなしになったら、彼らはもっと怒りませんか。プライドを、すごく傷つけられたから」
どうすればいいのか分からなくて、アンリはひたすら言葉を続ける。
「次は、もっと酷いことをするかもしれない。そしたら、もっと面倒です。相手をしたくありません」
拙く言葉を続けるアンリに、レオナードは、床に膝をついた。彼の身体が前に傾き、お互いの顔が近づく。
「怖くはないのか? どうして?」
「だって、どうせ僕の方が強いし……」
見ていたんでしょう、の念を込めてレオナードを睨む。彼はきゅう、と目を細めて笑った。
「次、ああいう場面があったら、俺に全部告げ口するって言え。助けてやる」
その言葉に、アンリは拳を強く握った。
「ダサいじゃないですか。嫌です」
「いい度胸だ。気に入った」
彼は尊大な笑みを浮かべ、立ち上がった。アンリの中で好青年のレオナードがどんどん崩れて、意地悪になっていく。
「そもそも、見ていたんだったら、なんであんなに怒ったみたいにしたんですか」
だけどそちらの方が、アンリにとっては馴染みやすい。詰るように言うと、レオナードは低く笑った。
「何でだろうな」
「もう」
拗ねてそっぽを向くアンリに、レオナードは「アンリ」と窘めるように指を伸ばした。そのまま頬を指でつつかれ、アンリはじろりと彼を睨む。
その紫の瞳に、得体のしれない熱を感じた。慌てて目を逸らしたアンリの頬が、じんわりと赤くなる。熱く火照ったそこを、レオナードが、少し熱い指の背で撫でた。
「赤い」
レオナードの呟きにアンリは頬を両手で押さえ、俯く。自分がどういう顔をしているかさえ、今のアンリには分からなかった。
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