友達ができた

 翌朝。アンリが登校すると、昨日の三人組と目が合った。


 彼らはひそひそ何事か話した後、アンリを見た。アンリが少し彼らを睨むと、ぱっと気まずそうに視線を外す。


(まぁ、いっか)


 深くは気にしないことにする。レオナードが何か言ったのだろうことは、想像に難くなかった。アンリが席で本を開いていると、ふと窓の外が騒がしい。

 中庭の方を見れば、レオナードが何人かの同級生と騒ぎながら登校していた。その年ごろらしい笑みに、ふとアンリは見惚れる。


(殿下の周りには、たくさん人がいる。僕なんて、その他大勢のひとりだ)


 読んでいた本で顔を隠すように、ページへと顔を近づけた。


(……その前に、僕は、彼を殺すためにここにいるんだから)


 ずきん、と心が痛む。表紙を持つ指に力が入った。身の程をわきまえなければいけない。アンリはレオナードを殺すために送り込まれた、裏切り者の暗殺者だ。


 勘違いするな。正体が知られれば、確実にこの命はない。胸の奥がやっと落ち着いて、腹の底に冷え冷えとした現実が戻ってきた。気持ちが沈んで、本を閉じる。


(浮かれすぎ。頭、冷やしてこよう)


 アンリは立ち上がり、廊下の外へと出た。まだ始業まで、時間はある。

 初夏にさしかかろうという庭先には、瑞々しい緑が生い茂っていた。侯爵家の屋敷にも庭園はあったが、アンリはこちらの庭の方が好きだ。あの屋敷は、アンリにとって華美すぎる。


 庭の植物を観察しながら歩いていると、「アンリくん」と背後から声がかかった。振り向くと、いつも教室の隅で集まっている、目立たない男女二人がいる。アンリを見つめる面持ちは無防備で、敵意を感じない。


「なに?」


 アンリが彼らに向かって歩いていくと、二人ともおずおずと近づいてくる。彼らはもじもじと顔を見合わせ、意を決したように、男子生徒が口火を切った。


「昨日、裏庭に呼び出されてた、よね」


 こくんと頷くアンリに、女子生徒が胸に拳を引き寄せた。


「私たち、見てたんだ。すごく、かっこよかった!」


 その言葉に、アンリはぽかんと彼らを見た。二人は慌てて「助けられなくてごめんね」と口々に謝る。アンリは少し、言葉を失った。しばらく二人を交互に見て、ゆるやかに首を横に振る。


「気にしてないよ。褒められて、びっくりしただけ」


 二人はほっと胸をなでおろし、おっかなびっくりアンリに手を差し出す。あれ、とアンリが彼らを見ると、二人とも照れくさそうにはにかんでいた。


「実は僕たち、ずっとアンリくんと仲良くなりたかったんだ」

「授業、いつも頑張ってるの、見てたよ。もっと早く声をかけられなくて、ごめんね」


 アンリはおずおずと手を伸ばし、彼らの手を握る。そっと力を入れると、彼らはしっかり握り返してくれた。唇がほんのり、笑みの形に歪む。


「……嬉しい、な」


 よろしくね。そう小さく呟くと、二人とも嬉しそうに微笑んだ。

 三人揃ってはにかみながら、お互いの自己紹介をする。三人はたちまち話に花が咲き、なんでもない話を延々とし続けた。気がつけば始業直前の鐘が鳴り響き、三人揃って慌てて教室に駆け込む羽目になった。


「今日、帰りに図書室に行こうね」


 下駄箱で交わした約束に、じんわりと胸が熱くなる。


(嬉しいなぁ)


 喜びで胸いっぱいのアンリは、自分の席に戻っても笑みをこらえきれなかった。

 一方その頃レオナードは、今日はアンリに何を教えるか、熱心に考えていた。

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