レオナードの秘密(レオナード視点)

 夜も更けて、消灯時間も過ぎた頃。レオナードは窓を開け、暗い外を覗き込んだ。


「いるか?」


 ふ、と木々が揺れる。月明りに照らされた木陰から、影が飛び出した。

 レオナードがそれをひょいと避けると、一人の男が部屋へ転がり込む。レオナードは驚きもせず机の引き出しから封筒を取り出し、男へと渡した。彼は恭しく跪き、それを受け取る。

 ベッドに座り、レオナードは脚を組んだ。その瞳は鋭く、冷徹な光を湛えている。従者である男は年若い主人を見上げ、頷いた。


「アンリという、第三学年への転入生。身のこなしが、周りと比べて明らかに違う。訓練を積んだ者のそれだと、お前も言っていただろう」


 レオナードはつま先を揺らしながら、淡々と語った。


「それに加えて、辻褄の合わない話をしていた」


 従者はレオナードから渡された紙を開き、読み解いていく。その紙は暗号で記されており、この国のほとんどの人間は読むことができない。

 王家の使う特殊な暗号だ。ここにおいては、彼の手の者にしか解読できない。


「国内の山間部で生産されている羊毛は柔らかく繊細で、絨毯への加工はあまりされない。恐らく、彼は輸入品の絨毯と混同しているんだろう。外国の間諜の可能性もあるが、それにしては、物を知らなかったし……」


 レオナードの冷たい声が、ふと、笑い声で揺らいだ。珍しく楽しそうな主人に、従者は顔を上げる。


「……随分とおしゃべりだった。こんなことでボロを出すくらいだ。間諜にしても俺を殺すつもりにしても、あれじゃ無理だろうな」


 行儀悪く脚を揺らし、レオナードは楽しそうに口の端を吊り上げた。珍しい、と従者は少し顎を引く。


「随分、上機嫌ですね」

「うん」


 あっさり頷いて、レオナードは従者へ手を伸ばした。彼は懐から丁重に小瓶を取り出し、渡す。レオナードは満足げに頷いた。


「ありがとう。寮規が厳しくて、こんなものは持ち込めないし。みんなの前で規則違反なんかできないからな」


 瓶を開け、ぬるい甘い液体を口へ流し込む。ぺろ、と唇を舐めると、男は呆れたように首を横に振った。


「……従者にジュースを持ってこさせるだなんて、王族でもあなたくらいです」

「いいじゃないか。酒やクスリに比べれば、随分かわいいワガママだろう」


 悪びれもせず瓶を傾けるレオナードに、従者は「お子様」「せこい」という言葉を飲み込んだ。実際子どもっぽくて、かわいいものだとは、思っている。


「まあ、いい。飲み終わるまでここにいろ」


 レオナードは傍若無人にベッドの上であぐらを組み、ちびちびと味わうようにジュースを飲んだ。物言いたげな従者の視線に、彼は唇を尖らせる。


「文句でもあるのか?」

「いえ」


 この王子が成人しても、酒を飲む現場には絶対居合わせたくない、と従者は思った。面倒な酔い方をする気が、今からしている。

 やがてジュースを飲み干したレオナードは、空き瓶を従者へと渡した。彼はそれを紙で包んで懐に入れ、窓枠に足をかける。


「では、私はこれで」

「そういえば、父上からの伝言はあるか?」


 従者は、無表情のまま頷く。


「文武ともに優秀だと聞き及んでいる。励め、と」

「心得ております、と伝えろ」


 行け。レオナードが命じると、彼は窓から飛び降りた。その姿はすぐに闇に紛れて、見えなくなる。

 しばらく夜風に当たろうと、レオナードは窓辺に寄って月を見上げていた。あの間抜けな怪しい生徒――アンリのことを思い出す。


 自分の素性を隠そうとするくせに、魔術の話になると、この上なく饒舌になる。油断しきって、楽しそうになんでも話していた。


 それから、真っ赤になって一生懸命に話す様子は、かわいげがある。

 小さくて華奢な身体、ふわふわの白い髪に、大きな青い瞳。それで上目遣いに見られると、二つ年上の男だと思っても、悪い気がしない。


「犬みたいだ。面白い」


 ぽつりと呟く。ふん、と鼻を鳴らしたレオナードは、口に薄い笑みを浮かべていた。そういえば、と、一つ思い出す。


「あのピアス、母親のものだと言っていたが。随分といい品だったな」


 青い宝石は上等なサファイア。白く輝く金属は恐らくプラチナ。高位貴族が身につけていてもおかしくない品質のものだった。


「何者なんだ、あいつ」


 彼の低い呟きは、夜の闇へと溶けていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る