整形キメラ
背中から羽根を生やすのが流行り出した。あんなもの重たくてしかたないだろうし、腰痛や肩こりになりそうだ。そう思っていた。
しかしテレビや電子雑誌に登場する羽根の生えたモデルは格好いいし、さっそく流行を取り入れた同僚が自慢して来たのも癪だった。
とりあえず店に寄るだけでも……と、仕事帰りに人工骨屋に向かった。羽根は天然装飾品屋に売っているものだと思っていたので意外だ。人工骨屋なんて、角を生やすのが流行ったとき以来だ。わたしは自分の頭から生えた雄ヤギの角を撫ぜた。
人工骨屋のドアをくぐると圧倒された。入口付近に羽根の見本がたくさん並んでいたからだ。白鳥、コウモリ、プテラノドン、ドラゴン、天使。架空の生物のものまであるなんて幅広いラインナップだ。
感心しながら商品を眺めていると、軽薄そうな店員が近づいて来た。店員は腕まくりをしていたが、手の甲から肘にかけてトカゲのような鱗がびっしりとついていた。背中にはドラゴンを模した羽根が生えている。なかなかお洒落だ。
「どれでも試着できますよ」
お洒落な店員はそう言ってくれた。せっかく店に来たのだし、つけてみることにした。リュックサックを背負う要領だ。選んだのは白鳥の羽根だ。悪くはないが無難すぎた。
「実際には神経にも繋ぐので動かせますよ」
「さすがに飛ぶことはできないだろうね?」
「今は無理ですね。言っている間に飛べるようになりますよ」
店員の言葉に頷いた。近ごろの科学技術の発達は目覚ましいのだから、十年もしない内にそんな世界が来るだろう。
「進歩がはやすぎて、おじさんにはつらい世の中だよ」
「お客さん若いじゃないですかあ」
お愛想で笑ったものの、わかりやすいおべっかに内心呆れた。たしかに私は三十代前半の見た目をしているが、整形に決まっているじゃないか。
派手な整形をする者こそ限られているが、アンチエイジングをしない者は少ない。頑なに整形を拒む素体主義者くらいだろう。
素体と言うのは整形を一切しない人間のことだ。瞼を二重にする程度の整形なら子どもでもしているのだから、素体はかなり珍しい。
我が国は他の先進国と同じく少子高齢社会だが、どこを見わたしても年よりは少ない。少子高齢化社会と言われた西暦二千年代序盤は整形技術が低く、年よりで町が溢れていたそうだ。
その頃には「ブス」という言葉がよく使われていたらしい。「ブス」とは「快」と感じる基準から逸脱した造形のことだ。生まれた顔が嫌であれば変えればいい現代で「ブス」と言う人はいない。
仮に「ブス」だと思える相手に出会ったとしても、相手は自分の意思で今の見た目を選んでいるのだから「ブス」と言うのはナンセンスだ。
「お客さんにはこれが似合いそうですよ」
店員に勧められたのはプテラノドンの羽根だった。勇ましい造形で悪くない。値段を聞くと二百万です」と、言われた。予算を四倍もオーバーしている。
「分割払いも承っておりますよ」
わたしの不安を察したのか、店員は言った。
高すぎる。いい品なのは間違いないが、わたしは飽き性なのですぐに違う整形がしたくなるだろう。整形にあまりお金をかけたくない。
「ちょっと考えさせて欲しい」と言って、なにも買わずに店をあとにした。
駅の近くにもう一軒人工骨屋がある。そこでも予算を超えるようならインターネットで探すことにしよう。
町は人で溢れていた。駅に近づくにつれて人の多さも増える。わたしは人々の姿を見ながら歩いていた。羽根を生やした者は数ヶ月前より明らかに増えている。
背景に溶け込んでいる人の群れの中、わたしの目はある人物にくぎづけになった。
「素体」だ。
若い女だった。美しい造形はしていない。マネキンみたいな整ったスタイルや黄金比率の顔からはかけ離れている。すべてが左右非対称で、顔が大きく目は小さい。鼻は自己主張している。
二十一世紀では、彼女のような人間を「ブス」と呼んだのだろう。けれど彼女ほど外見と中身が呼応するようにしっくりと来ている者はこの場にはいなかった。
整形がごく当たり前になった今の社会で、我々はなにか大切なものを失ってしまったのかもしれない。
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