理解できないファッション
流行についていけない。とりわけ、若い女性のファッションには理解がまったく追いつかない。
下着が見えそうなくらい短いスカートをはく者がたくさん現れたかと思うと、今度はくるぶしまで丈のある長いスカートを身に着けた女性が街にあふれた。なんて極端なんだ。世界に白と黒しかないのか。昔のテレビか。スカートはだんぜん膝丈がいい。品があるし、もっとも女性をうつくしく見せる長さだと感じる。
あれもわからない。ピエロが着るようなオーバーオール。トランペットみたいな名前がついていて、一時期若い女性のあいだで流行っていた。オーバーオールなんて、元は作業着じゃないか。
こんなことを考えてしまう自分は古い人間なのだろうか。いや、若者だったころも、多くの女性がいかつい肩パッドの入ったジャケットを着ていることに首を傾げていた。わたしがファッションにうといだけか。
だけど、今流行っているあれはどう考えても駄目だろう。あれに比べれば、極端な丈のスカートも、オーバーオールも、いかつい肩パッドも理解できる。
(ああ、噂をすれば)
例の格好をしている者がいた。思わずため息をこぼした。
(ギャグでやっているのか?)
そいつは頭からカーテンを被っていた。いや、厳密にはナントカという名前のワンピースだ。
ミカだかミクだか忘れたが、とある女性がネットであの服を流行らせたらしい。彼女はインフルエンザと呼ばれているそうだ。インフルエンザ―だったか? まぁ、とにかくそんなあだ名だ。
わたしには貧相なお化けの仮装にしか見えないが、若い女性からすれば「カワイイ」らしい。顔を見せれくれた方がよほどカワイイのだが……。
頭頂部からくるぶしまですっぽりと布で覆われた姿では、男だか女だか若いのかそうでないのか見当もつかない。せっかくの個性を隠すなんてもったいない。
(自分の姿を晒すのが嫌なのか?)
あの格好であれば、着ている方は一方的に他者を見ることができる。
近ごろの若者には、安全圏に身を隠しながら他人を攻撃するところがある。素人が匿名で行う誹謗中傷に、芸能人が自殺に追い込まれたニュースもあった。スマートフォンが普及した弊害だろうな。嘆かわしいが、若い女性のあいだであの格好が流行る理由が少しわかった。
とはいえ、うちの娘があんな格好をしたら注意するつもりだ。例え嫌われたとしてもあの子のためだ。
「あー! マシマキシマムワンピだ! カワイイ~」
近くで女性の声が上がった。
「あれスタイル隠せるからいいよね」
「ねっ!」
友達同士だろうか。若い女性が二人、チェーン店の使い捨てコーヒーカップを手に、楽し気に喋っている。
あの服はマシマキシマムワンピというのか。よく噛まずに言えるな。
理解できないものが世間で流行っているところを見せつけられるのは、自分の感性を否定されているようで。気分がよくないさっさと立ち去ろう。わたしは歩く速度をはやめた。
マシマキシマムワンピに身を包んだ者の横を通りすぎようとした時、妙な音が聞こえた。
――ポキボキッ、ピチャピチッ……クチャクチャクチャ……。
肉を貪り食うような音だ。本能が警告を鳴らし、全身が総毛だった。
「さいきん、MIKUのインスタ更新されないねー」
先ほど話していた女性の片割れが口をひらいた。インフルエンザの女性の名前はミクだったな。
「どうしたんだろうねー。毎日アップしていたのに」
「心配だよね。ちょっと前から気になる発言多かったし」
「『バケモノに狙われている』ってコメントあったよね。こわいね。うちらも気をつけよ」
そう言えば、若い女性が行方不明になったり、変死体で見つかるニュースがこのところ相次いでいた。
もしかすると本当に流行っているのは服ではなく、別のなにかかもしれない。
――ポキボキッ、ピチャピチッ……クチャクチャクチャ……。
幕の内側にいるであろうバケモノの存在に気がついて、凍りついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます