サンドローネの孤児院買収

 リチアは、玄徳に何かを要求したり、依頼をするようなことはしなかった。

 ただ、別荘に来るなり酒盛りを始めたり、買ってきたツマミで何かを作らせたり、そのまま別荘に泊まったりと好き放題。

 意外にも、玄徳は機嫌がよく、リチアを拒否するようなことはなかった……そもそも、土産の酒を見て喜んだり、アズマの意外な食材を見て目を輝かせたり。

 そんな二人についていけず、サンドローネはスノウ、ユキ、護衛のアオ、ヒコロクを連れて歩いていた。


「全く、毎日毎日酒盛りして……」

「ふふ。ゲントクさんらしいですね」

「にゃあ」


 スノウがクスクス笑うと、ヒコロクに乗っていたユキも「にゃあ」と鳴く。

 ヒコロクの背には、白玉が寝そべり気持ちよさそうにしていた。

 アオは言う。


「お姉さん、ヒコロクの遠吠え、いつやるの?」

「一応、孤児院に挨拶してからね。物件はもう決めて、今は施設の改修を急がせているわ。リヒターがすでに先行して話をしに行ってるけど、私も挨拶するのが筋だしね」


 この数日、サンドローネはリチアに聞いて、ヒコロクの遠吠えをする場所を決め、さらに孤児院とオータムパディードッグを育てる牧場となる土地を買い、さらに改修を急がせていた。

 城下町から少し離れた、今はもう埋め立てをした更地となっている田園跡地。大金を支払って職人を総動員し、犬用の厩舎、孤児院となる建物を作らせている。

 話によると、孤児院はあと数日で完成となるそうだ。


「アズマの大工職人もすごいわね……木工の技術が凄まじいわ」

「……アズマ、みんな木造建築だしね」


 周りには木造の家しかない。

 それから数十分ほど歩き、獣人たちの住む孤児院へ到着した。


「……これは、なんというか」

「まあ……」

「……ボロボロ」


 個人は、ボロボロだった。

 木造のあばら家……そう表現するのにぴったりである。

 すると、ボロボロの正門の前にいたリヒターが頭を下げる。


「お嬢。話はすでにつけました。孤児院の買収、そして牧場作業に関して了承を得ました」

「ご苦労様。じゃ、あとは私が話すわ」


 孤児院の門を開けて入ると、雑草だらけの広場で、二十人ほどの獣人の子供が遊んでいた。

 いきなり現れた大人、そしてヒコロク。

 ある子は怯え、ある子は目を輝かせ、ある子は興味津々といった感じだ。

 サンドローネは微笑み、スノウに言う。


「じゃあ、お任せするわ」

「はい」


 スノウはヒコロクを連れ、持参していたバスケットからクッキーの袋を出す。


「こんにちは。みんな~、これからお菓子を配ります。こっちにいらっしゃ~い」

「「「「「おかしー!!」」」」」


 子供たちが一斉に群がる。

 犬、猫、キツネ、タヌキ、熊、ウサギと、いろいろな獣人の子供がスノウに集まる。

 スノウはお菓子を配りながら、子供たちの頭を優しく撫でていた。

 そして、お菓子を食べながら子供たちは、ヒコロクに集まり出す。そして、ユキと白玉も。


「にゃあ」

「にゃ……だれ?」

「ユキだよ。このこはしらたま」

「しらたま。ねこ」

「わうう、わんこ。でっかい」

「ヒコロク、しゃがんで。みんなのせてあげてー」

『わるるる』


 ヒコロクは、子供たちの乗り物となった。

 スノウはお菓子を配りつつ、歌ったり、女の子の髪を櫛で梳いたりしている。

 スノウに任せて正解だったと、サンドローネは孤児院に踏み込んだ。


 ◇◇◇◇◇◇


 孤児院の中も、ボロボロだった。

 広い部屋が二つ、応接間が一つしかない部屋。

 応接室に入ると、獣人の男性、女性が頭を下げた。


「い、いらっしゃいませ」


 男性が言い、女性と二人で頭を下げる。

 男性も女性も混血だ。人間に近い容姿をしており、白い髪に茶髪が混じっている。

 耳も頭部にちょこんと付いており、尻尾は短く生えていた。

 ボロボロのソファに案内されて座り、薄いお茶が出される。

 さっそく、サンドローネは切り出した。


「初めまして。私は、アレキサンドライト商会の商会長、サンドローネと申します」

「は、初めまして。孤児院代表のクラントと申します。こちらは妻のエイナです」

「初めまして。よ、よろしくお願いいたします」


 緊張しているのだろう。二人はペコペコ頭を下げる。

 サンドローネは微笑み、緊張を和らげる。


「あの。こちらはお願いする立場なので、そんなに改まる必要はございません」

「そ、そんな!! 救いの手を差し伸べていただく我らの方が」


 クラントが言い切る前に、サンドローネは手で制する。


「クラントさん。あなた方の事情を聞いています。異国の地で子供たちのためにここまでするなんて、なかなかできることじゃありません」


 クラント、エイナ夫妻。

 二人は獣人の国で孤児院を営んでいたのだが、騙されて全財産を没収され、子供たちを連れて夜逃げ……なけなしの金でアズマに来て、ボロボロの孤児院を買い、こうして暮らしているそうだ。

 

「……騙されたの?」


 アオが言う。

 クラントが頷いた。


「ええ。私たちが孤児院を営んでいた場所を、倉庫にするというので立ち退けと……最初はお断りしたのですが、いやがらせが始まり、最終的には商会に難癖をつけられ、損害賠償を支払えと土地の権利書を奪われてしまったのです……」

「……ふーん。その商会の名前は?」

「え? えっと……アドニス商会です」

「ん、わかった」


 アオが頷いた。何が『わかった』のか、サンドローネは聞かないことにした。

 とにかく、大型の馬車に乗ってアズマまで来て、このボロボロの孤児院を買い、無一文からのスタートを始めたが、見ての通り生活は厳しいようだ。

 それに、獣人しかいない。周りからもいい目では見られていないようだ。

 サンドローネは言う。


「私が、新しい土地、建物、生活を保障します。孤児院として支援もします。子供たちに教育も行いますし、獣人以外の子供も受け入れて構いません。その代わり……子供たちには、オータムパディードッグの世話をお願いしたいんです」

「もちろん、構いません。オータムパディードッグのことは私たちも知っています。それに、仕事をもらえるのなら、なんでもしますので」

「わかりました。クラントさん、エイナさんには孤児院の管理をお願いします。それと、孤児院の準備までまだ少しかかるので、引っ越しの準備だけ済ませておいてください」

「わかりました。サンドローネ様、ありがとうございます!!」


 夫妻は頭を下げる。

 すると、ドアがノックされスノウが入ってきた。

 白髪に茶髪の混じったロングヘアの少女を抱っこしている。


「すみません。この子が、パパとママに会いたいと」

「リンネ。ああ、すみません。うちの娘でして」

「くぅぅ、ままー」


 リンネと呼ばれた少女は、スノウからエイナの元へ。

 リンネは、エイナの胸で甘えていた。

 スノウはエイナに聞く。


「可愛いですね。何歳ですか?」

「まだ三歳なんです。他の子どもたちと差別しないよう、孤児院の中で生活させていまして」

「三歳。ふふ、うちのユキと同い年ですね」

「にゃあー」

『ニャ』


 と、ユキが白玉を抱っこしてスノウの足に抱き着いた。

 ユキを抱っこすると、エイナがクスっと微笑む……ママ友ができたようで、二人は話を始めた。

 サンドローネはクラントへ聞く。


「失礼ですが……お二人は、何の獣人で?」

「私と妻はフェレットの獣人です。見ての通り混血で、力も弱いですが……ああ、明日はそこそこ早いですね」

「フェレット……なるほど」


 こうして、サンドローネは孤児院の買収へ。

 数日後、新しい孤児院に子供たちが入り、広い部屋、ふかふかの布団、たくさんのご飯に囲まれて大喜びだったそうだ。

 もちろん、ただの慈善事業じゃない。

 ヒコロクの遠吠えでオータムパディードッグを集め、子供たちに育ててもらうという仕事もある。

 その話を子供たちにすると、みんな大喜びだったという。

 古い孤児院に来た大きな犬を、みんなで育てる……そう言うだけで、反対する子供はいなかった。

 そして、アオとヒコロクは。


「ヒコロク、行くよ」

『わう!!』


 リチアから教えてもらった山へ向かい、ヒコロクの遠吠え。

 ヒコロクが遠吠えをすると、どこからともなく大量のオータムパディードッグの子供が集まり、ヒコロクと共に山を下りてきたという。

 その数、二十匹。

 孤児院の子供一人一人がオータムパディードッグの飼い主となり、夫妻と共に牧場で育てることになるそうだ。

 そして、ちょっと意外なことも。


「…………」

『わふわふ』

「……ねえリヒター、この子」

「お嬢に懐いてますね、どう見ても」


 サンドローネの足元に、やけにもっさりしたオータムパディードッグの子犬がくっついていた。

 もし、玄徳がいたら『チャウチャウの子供じゃん。可愛いな』と言っただろう。

 サンドローネが歩きだすと、のしのしと付いてくる。


「……はあ、仕方ないわね。あなたがいいなら、私の犬になる?』

『わふぅ』

「決まりね。名前は……エディフィス。エディフィスにしましょう」

『わう?』

「あなたはエディフィス。いい? 今日から私の犬よ」

『わふ』


 こうして、サンドローネはオータムパディードッグのエディフィスを飼うことになったのだった。

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