味噌といえば

 別荘購入、家具の配置、そして掃除……入居に三日ほどかかった。

 だが、俺は現在、新しい別荘にいる。

 

「至福!!」


 別荘の風呂場にて。

 俺は風呂に浸かり、頭に手ぬぐいを乗せてまったり湯を満喫……最高だ。

 やっぱ別荘は旅行の先々で買うべきかな。金はあるし……うん、買おう。

 風呂から上がり、浴衣を着て居間へ行くと、サンドローネとリヒターがいた。


「ん? お~うお前らか。なんだなんだ、遊びに来たのか?」


 そういや、カギあけっぱなしだったわ。

 俺は冷蔵庫から冷えた麦茶を出して一気飲み……最高すぎる。

 居間に向かい座布団に座ると、サンドローネが言う。


「アズマ、いいところね。私も支店を作ることにしたわ」

「ふ~ん……あ、そうだ。近くに『酩酊横丁』ってあるんだけど、お前らも来るか? 今日は俺らだけみたいだしなぁ」


 ロッソたちは、今日が別荘の入居らしい。いろいろ買い揃えるモンがあるとかで、スノウさんやユキちゃんたちも連れてアズマ巡りしていたそうだ。俺はず~っと別荘にいたけどな。

 サンドローネは頷く。


「飲みながらもいいわね。ところで、聞いてほしいことがあるの」

「んだよ。仕事の話ならノーだぞ?」

「仕事というか……アオさんにお願いしたいことがあってね。私はもちろん、あなたにも頼んで欲しいのよ」

「何を?」

「ヒコロク。あの子に、遠吠えをしてほしいの」

「……遠吠え?」

「聞いたでしょ? オータムパディードッグの習性……遠吠えをすれば、ヒコロクに従うオータムパディードッグの子犬たちがいるかも。その子たちを集めて、アズマで飼育しようと思ってね。将来、連結馬車を引くのに馬よりいいでしょう?」

「ほーほー、なるほどなあ。まあ、それくらいならいいぞ。で、支店ってのは飼育場みたいな場所のことか?」

「ええ。サスケくんからのアドバイスで、町中よりも郊外に牧場を作って飼育した方がいいって。問題は従業員だけど……子供がいいみたいなの」

「子供ぉ? と……場所変えようぜ。酩酊横丁で続きだ」

「……飲みすぎて、私の話忘れないでよね」


 というわけで、場所を酩酊横丁に移して続きを話すことにした。


 ◇◇◇◇◇◇


 酩酊横丁。

 これはあれだ、思い出横丁みたいな飲み屋街だ。

 狭い、細い路地、とにかくひしめき合う居酒屋……もう、最高よ。

 アズマ人たちが多いに飲みまくっている。俺も浴衣だし、アズマ人として見られているかもしれん。

 しかも入口にアーチがあり、『酩酊横丁』と書かれているし。


「うおおおおおおお!! テーマパークに来たみたいだな!!」

「……意味不明。というか、狭いわね」

「お嬢、大丈夫ですか?」

「おい行くぞ!! ってかこの香り……ま、まさか」


 俺は香りだけで確信していた。

 そして、入口近くにあるカウンター席だけの狭い居酒屋に突撃する。


「おばちゃん、三席空いてる?」

「どうぞ~」


 恰幅のいいおばちゃんが、座りにくい丸椅子を俺たちに進める。

 カウンター五席しかない。奥からリヒター、サンドローネ、そして俺が座る。

 狭いので肩が触れる。サンドローネはしかめっ面をしていたが俺は気にしない。

 そして見た……キッチンにあるデカい鍋、そこでいい感じに煮えているのは。


「おばちゃん、雑酒の冷やと、その煮込みを三つ!!」

「ちょっと、勝手に注文しないでよ」

「いいから、騙されたと思って!!」

「わ、わかったわ……あなた、興奮しすぎ、顔近づけないでよ」


 これが興奮しないでいられるかい!! 

 俺たちの前に、冷酒と煮物……あ、あああ、この香り、間違いねぇ!!


「も、モツ煮……!! もつ煮込みだああああ!!」

「耳元でデカい声出さないでよ。うるさいわ」


 そう、この味噌の香り、間違いなくモツ煮込みだった!! 

 俺の大好物。この世界に味噌がないので諦めていた。だが、目の前にある!!


「いただきまーす!! うおおおうめえええええ!! 酒に合うううううううう!!」

「ああもう、うるさいわね!!」

「うるせえ!! 興奮しないでいられるか!! おいリヒターも食え、飲めええええ!!」

「は、はい。お、美味しいですね……何の肉ですか?」

「あはは。それはオークの腸だよ。いい味してるだろう?」


 おばちゃんが言うと、サンドローネの手が止まった。

 

「……オークの、何?」

「腸だよ。腸」

「……すみません、他に何か、おつまみありますか?」

「ああ、異国のお姉さんには合わないかい? じゃあ焼き鳥でも焼こうかね」


 おばちゃんが焼き鳥を焼き始めた。

 この野郎、おばちゃんのモツ煮込みを馬鹿にするのは許さんぞ!!


「リヒター、あげる」

「は、はい。でもお嬢、これ美味しいですよ」

「……今回は遠慮しておくわ」

「サンドローネ、食わず嫌いはお父さん許さんぞ!!」

「誰がお父さんよ。あなた、もう酔ってるの?」


 そして、俺の隣に誰かが座った。


「よ、飲んでるね」

「サスケええええええ!! ありがとうございます!! ミソ、最高だぜ!! お前マジで最高!!」

「いででっ!? お、おい酔いすぎだぞ……」


 俺はサスケの肩をバンバン叩いた。

 こいつ、マジでいいヤツ……苗字付けられるなら「うちは」とか「猿飛」とか付けてあげたい。

 サスケもモツ煮込み、冷酒を注文。するとサンドローネが言う。


「サスケくん。ちょうどいいところに……オータムパディードッグの件だけど」

「ああ、遠吠えさせるのにいい場所か。それなら、オレより詳しい人紹介するよ。あと、不動産ギルドから飼育にちょうどいい場所、いくつか聞いてきた。ついでに、従業員と、子供のアテも」

「……あなた、本当に有能ね。うちの社員にならない?」

「あっはっは。職に困ったらお願いするよ」


 サスケは冷酒を俺に向けたので、コップを合わせた。

 いろいろと気になる単語が出てきた。


「なあ、オータムパディードッグって子供が育てる方がいいのか?」

「まあね。子供だと警戒心が緩むし、大人に成長しても『友人』なら言うこと聞くしね。アオだってそうやって育てたんだろ?」


 そういや、アオが子供の頃から育てていたって話をしたっけ。

 というか、モツ煮込みうまい。


「子供のアテって何だ? まさかお前……」

「何考えてるかなんとなーくわかるけど、ちゃんとしたところだよ。孤児院の子供を雇うんだよ……サンドローネさんなら、郊外に孤児院代わりの牧場建てられるだろ」

「ええ。もちろん。孤児院を丸ごと買い取って、郊外に立派な孤児院件牧場を建てるわ。そこで教養も学ばせるし……もちろん、牧場としてじゃなく、ただの孤児院として運営もするわ」

 

 こいつも慈善事業に手を出すか……なんか稼いだ金で好き勝手やってる俺の肩身が狭い。


「よかった。実は、獣人の子供専門の孤児院が一つ、その……潰れそうなんだ。寄付で賄っているけど、アズマには獣人差別がある地域もあるし……」

「……それマジか?」

「ああ。一部だけだよ。スノウさん、ユキちゃんが危険な目に合うことはまずないよ。それに、今は『鮮血の赤椿スカーレット・カメリア』も一緒だろ? 最強の冒険者の名はアズマでも有名だし、わざわざ死にに行く連中はいないさ」


 確かに。ロッソたちに喧嘩売るとか、アホの極みだ。

 俺は雑酒を飲みながら言う。


「それにしても、遠吠えねえ……そんなんで子犬が集まるのか?」

「そういう習性なんだよ。降ってもいい、そういう子犬ならかなりの数が集まると思うよ。アズマは広いし、オータムパディードッグなら数千以上が生息してるからね」

「へ~……で、どこで吠えるんだ?」


 と、俺が言った時だった。

 サスケの隣に、ドカっと誰かが座った。しかも、超デカいヒョウタンを地面にドスンと置く。


「おばちゃ~ん!! さけ、ちょ~だいな!! 煮込みもね~」

「はいよ。ま~た酔ってるねえ……いい女が、そんな恰好で歩いちゃダメじゃないか」

「なぁ~によぉ!! こんなババアに欲情するガキなんざいないってのぉ!! にゃっはっは!! んんん~……??? おおおお!? サスケのガキんちょじゃない~!!」


 若い女だった。

 十代後半くらいか。くせっ毛の長いポニーテールに、着崩した女物の和服を着てる。でも、肩までずれてるせいか、色っぽい花魁みたいな恰好に見えた……足の方まで崩れており、足の付け根まで見えそうな、なんかエロい。

 と、いうか。


「え、まさか」

「紹介する。こちら、リチアさん。超凄腕の狩人で、アズマの山で知らないことはない」

「んんん~?」


 超、酔っ払いだった。

 そして何より、俺もサンドローネもすぐに気付いた。

 女の髪は銀色、そして目の色は緑、さらに長い耳……エルフである。

 サスケはついでのように言う。


「ああ、『射手座の魔女』ストレリチア・サジタリウスって言えばわかるかな。十二星座の魔女の一人でもあるんだ」

「あああああ~!! あんた、アレでしょ、アレ、なんだっけ……ラスラヌフ!! ラスラヌフがいってたアツコの、第四降臨者、いせかいじん!!」


 思い出した。

 そういや、十二星座の魔女の一人が、ここ酩酊横丁に出入りしてるんだったわ……。

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