第九章 玄徳、第二のロマン

異世界人にお任せ

「ごめんなさい」


 ミカエラの騒動から数日が経過し、俺も忘れかけたころ。

 普通に出社し、今日は何をしようかと考えていると、職場にエルフ幼女……ではなく、『魚座の魔女』ポワソンがやってきて、いきなり頭を下げた。

 というか、職場の前で幼女が頭を下げるとか……ご近所さんに見られたらヤバイ!! 

 俺は慌ててポワソンを二階の事務所へ案内し、応接ソファに座らせた。

 果実水を出すなり、ポワソンは言う。


「ミカエラが迷惑をかけたみたいね……『雷』の力。わたしはまだ研究が必要と言ったけど、あの子は確信があったのか作業を先に先にと進めていたみたい」


 話を聞くと、雷を発見し、魔石にエネルギーを込めることができるかもしれないとわかった時から、ミカエラはクライン魔導商会の魔道具を、雷属性対応に改造するプランを立てていたようだ。

 で、魔導文字の開発と同時に魔道具の改造、製造を始めており、俺が「やめとけ」って言った時にはもう、かなりの数の魔道具が完成していたそうだ。

 なので、雷が使えないと気付き、魔道具は全部お蔵入り……けっこうな損害らしい。


「今、クライン魔導商会の雷属性研究部門は、雷の力を魔石に込め、長期間保存できるようにする研究を進めているわ。でも……実用化までは、それこそ百年……ううん、今の人間たちなら五十年以内にできるかも。完全に、ミカエラの勇み足だったみたい」

「まあ、そうだろうな……ミカエラは?」

「落ち込んでいるわ。挫折を知らない子だったから……アベルが傍にいるから大丈夫だと思う」

「じゃあ、お前が物語でも語り聞かせてやれよ。元気出るんじゃないか?」

「ふふ、そうね」


 俺は煙草を吸い、ポワソンは果実水を呑む。


「わたしも、雷の力を研究してみるわ。ゲントク……あなたは?」

「俺は、俺のペースでやるさ。別に雷の力が必要なわけじゃないしな」

「そう……ふふ、あなたらしいわね。あなた、やりたいことはないの?」

「そうだなあ……バイクは作ったし、しばらくは作りたいモンもないから、魔道具修理の仕事に精を出そうと思ってる」


 最近、修理依頼が増えてきたんだよな。

 あまり遠出せず、しばらくは魔道具技師としてどっしり構えたい。


「まあ、何かあったら依頼してくれ。ああ、面倒くさいやつとか、雷の力に関係してるのはナシな」

「ふふ、わかったわ。ねえ、たまに遊びに来てもいいかしら? 王都にはファルザンも、クレープスもいるし、あなたのこと紹介したいの」

「いいけど……」

「じゃあ、また来るわね」


 ポワソンはソファから降り、一回へ降りて行った。

 俺は窓を開け、見送ろうとしたのだが。


「にゃあ、あそぼう」

「がるる、バトミントンあるぞ」

「きゅうう、おやつもあるー」

「あらあら。誘われちゃったわ……ふふ、遊びましょうか」

『わう』『にゃー』


 隣の空き地に遊びに来たユキちゃんたちに引っ張られ、そのままバトミントンに興じるポワソンの姿があるのだった……まあ、子供たちの遊び相手にもなるし、いつでも来てくれ。


 ◇◇◇◇◇◇


 さて、今日はミスト噴霧器の修理が二件、冷蔵庫の出張修理の依頼が一件入った。

 ミスト噴霧器は魔石の破損と噴霧部分の劣化。こっちはパーツの交換だけで済んだ。

 冷蔵庫の修理も、近くの喫茶店だったので、修理道具を持って向かいすぐに直した。

 事務所に戻り、作業日誌を書いていると。


「おっさん、遊びに来たよー!!」

「……今日の依頼、終わった」

「ふふ。お土産の魔石ですわ」

「あ~疲れた。ゲントク、飲み物ある?」


 ロッソ、アオ、ブランシュ、ヴェルデの四人が来た。


「おうお疲れ。冷蔵庫に果実水あるから好きに飲んでいいぞ」

「やたっ、お菓子もいい?」

「……大福、おいで」

「ヴェルデ、氷を取ってくださらない?」

「はいはーい。あ、私はベリーの果実水にして」


 一気に騒がしくなった。

 俺は、アオから受け取ったお土産の魔石を、地下の金庫に入れる。

 事務所に戻ると、ロッソたちはお喋りに夢中。大福もアオの太ももで気持ちよさそうにしていた。


「あ、おっさん。あのさー……実は、テント破れちゃってさ、直してほしいの」

「……ロッソが寝ぼけて剣振り回して破いた」

「ははは。いいぞ、出しておいてくれ。代わりに予備のやつを持っていけ」

「ありがとー、やっぱおっさんは最高だわ」


 予備のテント作って置いてよかったぜ。

 するとブランシュがため息を吐いた。


「はあ……」

「ん、どうしたブランシュ。ため息なんて珍しいな」

「いえ……実はその、最近少しお肌のハリが気になって」


 俺には難しい悩みだった……というか、十七歳じゃなかったっけ。

 まだお肌の悩みを気にする歳じゃないかと……ああ、おっさんの俺にはわからん悩みだ。

 美容器具か……バリオンが作ってたデスマスクみたいなマッサージ機、どうなったのかな。あれってメチャクチャくすぐったいんだよな。


「ペリドット商会が販売していた美顔器は販売中止になりましたし、もっといい魔道具があれば嬉しいのですけれど」

「美容系魔道具か……俺には難しいな。っと、待てよ?」


 本格的なモンは無理だけど、通販とかで見た美容ローラーとかなら作れるかな。

 でもあれ、やりすぎは良くないとも聞くけど。


「……ちょっと待っててくれ」

「「「「?」」」」

 

 俺は地下へ行き、メタルオークの骨を加工し持ち手を作り、溶かしたメタルオークの骨を土魔法の錬金で作った型に流し込んで球状にして二つ作り、ワイ字型にした持ち手の先端に二つくっつけた。

 球状になっているため、回すとコロコロ動く。


「確か、こんな形だったけど……うろ覚えのモンを渡すのは気が引けるな」


 試しに、自分の頬や首筋をコロコロしてみる……うおお、気持ちいいぞこれ。

 顔にもやってみるが、果たしてこんな思い付き、うろ覚えのモンがお肌にいいのか謎である。

 とりあえず、完成品を持っていく。


「おっさん、なに作ってたのー? って……マジでなにそれ」

「俺もわからん……俺のいた世界での美容器具なんだが、知っての通りおっさんである俺には無縁のモンで、こんな形だったかな~って感じの道具だ」


 すると、ブランシュが食いつく。


「ど、どうやって使いますの!?」

「いや、こうやって顔に当てて、コロコロするだけ……のはず。劇的な効果とか期待するなよ? やり過ぎもよくないらしいけど……何度も言うけど、俺には無縁だからこれでいいのかわからん」


 ブランシュが美顔ローラーを手に、自分の頬や肩に当ててコロコロする。


「ふぁぁ……気持ちいですわねぇ」

「アタシも、アタシもやらせて!!」

「……私も」

「わ、私も興味あるわね」

「成功か失敗かもわからん。それはブランシュにあげるよ……やり過ぎには気を付けろよ?」

「はぁい。ふふ、おじさま、ありがとうございます」


 ブランシュは、さっそく顔をコロコロしてマッサージを始めた。


「むぅぅ、おっさん、アタシにもなんかちょいうだいよー」

「ええ?」

「だってさ、アオには釣竿あげたし、ブランシュにはそのコロコロあげたじゃん。ヴェルデはまあいいとして……アタシもなんか欲しい」

「そう言ってもな……」

「ちょっとロッソ。ゲントクからすでにたくさんもらってるでしょ? 我儘言わないの……っていうか、ヴェルデはまあいいとして、って何よ」

「むぅ、まあそうだけど……」


 というか……確かにいろいろやってるけど、土産でもらう魔石を考えると、俺の道具程度じゃ全然釣り合わないんだよな。

 今日の土産の魔石だって八つ星のだし……買ったら数百万セドルはするぞ。


「じゃあロッソ、なんか欲しいモンとか、こういうのがあればいい、って魔道具はあるか? 俺のできる範囲で作ってやるよ」

「ほんと!? そうだなー……あ、じゃあ、おっさんの作る料理で、甘い系あったら食べたい!!」

「あ、甘い系? そうだな……」


 そういや、アイスとかこの世界にあったっけ。

 牛乳とか砂糖とかあるし作れるかも。まあ、氷が貴重なエーデルシュタイン王国ではあんまり作らないかもしれんな。


「あ、そうだ。そういやサンドローネに、飲食店やるから調理指導を頼まれていたっけ。そうだな……お前たちも来るか? 丼物、作ってやるよ。ついでにそこで甘い物も作ってみるか」

「マジ!! アタシ行く!!」

「……私も」

「当然、わたくしもですわ」

「ふふん。私もね!!」


 というわけで、『鮮血の赤椿スカーレット・カメリア』の四人を連れて、飲食店の指導に行くことにするのだった。

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