雷の欠点
帰は、徒歩で帰ることにした。
俺を先頭に、隣にロッソとアオ、前をヴェルデとブランシュが歩く。
ヴェルデはくるっと振り返った。
「話が難しくて何も言えなかったけど、最後だけわかったわ。ゲントク……あなた、あのミカエラって人に喧嘩を売ったわね?」
「いや喧嘩というか、思ったこと言っただけだぞ」
「ふふん。ねえねえおっさん、バリオンの時みたいに護衛必要? あのミカエラが刺客送り込んできたりするかな?」
「そ、それはさすがにないと思うぞ」
でも、啖呵切っちまったし……何かはあるかもしれん。
するとアオ、俺の袖を引いて言う。
「私も難しいことわからなかったけど……欠点って?」
「あ~……まだ詳しく検証していないけど、あの『雷』の力で気になることがあってな」
「おじさまにはわかったこと、ですか……なぜ教えてあげなかったんですの?」
「まあ、ミカエラのやり方が気に食わないってのもある。それと、問題点を発見して、それを解決するのは外部の俺じゃなくて、今、あそこで仕事している魔道具技師たちだと思ったからな」
なんでもかんでも、俺が関わって解決していたら、それこそ『チート主人公』になっちまう。日本知識で異世界無双なんて俺は嫌だし、やるなら自分でできる範囲だけだ。
というわけで、この話はここでおしまい。
「とりあえず、雷の力について気になることは、俺が個人的に調べてみる。さてさて、たまには五人で居酒屋にでも行くか」
「行くー!! やった、おっさんのおごりっ!!」
「ふふん。付き合ってあげるわ!!」
「たまにはお酒もいいかもしれませんわね」
「……飲み過ぎないようにする」
こうして、俺たち五人で居酒屋へ向かうのだった。
◇◇◇◇◇◇
数日後。
俺は職場の地下で、魔石の実験をしていた。
そして確信する。
「……やっぱそうか」
俺の手には、『雷』と彫った魔石。
他にも『電気』や『雷電』など、電気に関する様々な言葉を彫って確認してみた。
そして、思った通り……俺の予想通り。
俺は魔石を全て廃棄し、一階へ戻る。
すると、ちょうどいいタイミングでサンドローネ、そしてミカエラがいた。
二人の後ろにはアベル、リヒター。
「いらっしゃい。魔道具の故障か? それとも出張修理の依頼か?」
「ゲントク様。あなたにお聞きします……『雷』の力、あなたは何に気付いたのですか?」
「…………まあ、二階へ」
俺は事務所へ案内する。
ミカエラと対面でソファに座り、サンドローネは俺の隣に、アベルとリヒターはそれぞれの主人の後ろに付いていた。
ミカエラは、ポケットから魔石を取り出す。
そこには、歪ながら『雷』と彫られていた。
「おお、この魔導文字……」
「これが、クライン魔導商会に所属する魔道具技師たちが総力を挙げて開発した魔導文字です。ゲントク様、あなたの知る魔導文字で、間違いございませんか?」
「……ああ、そうだな。少し歪だけど、これで間違いない」
魔力を込めると、淡く発光した。
パチパチと、線香花火みたいに紫電が爆ぜる。
ミカエラは、指を噛んだ。
「確かに、この文字を彫った魔石は『雷』の力を発揮します。エネルギーとして使うことも可能です。現に、試作の『雷魔道具』に使用したら、魔石の代わりのエネルギーとして稼働させることができました……でも!!」
ミカエラは悔しそうに、爪をガリッと噛む。
その先の答えを、俺は言った。
「エネルギーがすぐに尽きるんだろ」
「……っ」
そう、俺が思っていた欠点……いろいろ検証したが、間違っていなかった。
俺は、けっこうな魔力を込めたのに、一分ほどでエネルギーがなくなった魔石を置く。
「雷を魔石に込めて、新たなエネルギーにする方法は素晴らしいと思う。俺の世界で言う『電池』って道具とおんなじだ」
「…………」
「でも、ただ魔石に『雷』を込めるだけじゃ、すぐに魔力が霧散する。さっき地下で十つ星の魔石に『雷』の力を込めたけど、五分と持たずにエネルギーが消滅した……結論、万能のエネルギーである『雷』の力は、あらゆる魔道具に対応できるエネルギーであることに間違いはない。でも、消費するエネルギーは莫大な量が必要で、ただ魔石に込めるだけじゃすぐに霧散しちまうってことだ」
それが、雷の弱点。
あらゆるエネルギーとして使える。でも、その消費量が莫大。
恐らく、冷蔵庫一つを一日動かすのに、雷を込めた魔石が数千個は必要になる。
試しに、一つ星の魔石に雷を込めてみた。けっこうな量を込めたら破裂……二個目で、破裂ギリギリまで込めてみたが、五分ほどで霧散した。
驚いたのは、たとえ一つ星だろうと、十つ星だろうと、雷を込められる量に変わりはない。
「今、雷の力を魔道具に利用するのは、現実的じゃない」
「……ゲントクさん。なんとかなりませんか? すでにクライン魔導商会では、雷魔道具という名前で、既存の魔道具を全て雷属性を利用した魔道具として改造を……」
「無理だ。勇み足だったな……もっと研究すべきだった」
将来的に、魔石に雷をもっと込める技術なども開発されるかもしれんけど。
ミカエラは言う。
「くそっ……雷属性。使えるはずなのに、どうして……!!」
「確かに使える。でも、それは今じゃない。今は、研究をすべきだな」
「わかったようなこと、言わないで!!」
び、びっくりした。いきなり怒鳴られた。
寝ていた大福の耳が片方だけピンと立ち、薄目を開ける。
「ゲントクさん!! あなたがもっと早く、私に教えてくれたら……!!」
「何度も言わせんな。俺は、協力するつもりはない」
「……どうして? あなた、新しい属性なのよ? 雷属性……魔道具業界だけじゃない、魔法業界も注目する大ニュースなのよ!? どうしてあなたはそんな、興味を示さないの!?」
「そりゃ、興味がないからだ」
きっと、俺が異世界人だから、こんな風に思うんだろうな。
雷なんて普通にあった世界。この世界で魔法を知って、使えるようになっていた属性。
この世界の人なら、新しい属性と聞いて驚き、ミカエラみたいに興奮するんだろうな。
すると、サンドローネが言う。
「ミカエラ。あなたはもっと段階を踏むべきだった……」
「サンドローネちゃん……」
「七つ目の属性を発見したのはすごいわ。でも、そのあとは魔法ギルドと連携して、雷の特製について調べるべきだった。いきなり雷の効果だけを見せて、魔道具技師たちに魔導文字を作らせるのは、段階をいくつも飛ばしている……あなた、なぜこんなに焦っているの?」
「だって……この属性があれば、魔導文字を見つければ、新しい魔道具を作れば……魔道具業界は私を、クライン魔導商会に対してさらに一目置く。魔道具業界の統一も夢じゃない。魔法ギルドだって捲き込める……」
おいおい、なんかもう俺が入り込める話じゃなくなってるぞ。
サンドローネがさらに言う。
「あなた、本気で魔道具業界の統一なんて……」
「するわ。私は、きっとできる。サンドローネちゃん……私、この業界に入って、あなたの受け皿になろうとしたのがきっかけだけど、もうすでにそんなの忘れちゃったわ。私、魔道具業界で一番になりたい。商売人、魔道具技師として、一番になりたいの」
「……私と同じね。でも、あなたの方が何歩も先を歩いている」
「そう……無理なんだ。今は、まだ」
「ああ、無理だ」
ミカエラは立ち上がり、無言で出て行った。
アベルが後を追おうとするが、俺が言う。
「アベル。ミカエラに言っといてくれ。焦らず、確実な道を行け、って」
「……ミカエラはずっと、自分の思ったことを実現させてきました。そうやってクライン魔導商会は四大商会にまで上り詰めたんです。でも……今回は初めて、ミカエラの思い通りにいかなかった。実現できなかった」
「だったら、次は実現できるよう、もっと頑張るんだな」
「……ええ。ボクは、ミカエラを支えます」
そう言って、アベルは出て行った。
残された俺、サンドローネ、リヒター。
サンドローネは煙草に火を着け、煙を吐く。
「天才の、初めての挫折……ね」
「だな。ああいうタイプは、ポッキリ折れて再起不能になるか、立ち上がってさらなるスピードで走り出すのかのどっちかだ」
雷属性。ミカエラはきっと、新たな『電池』を作り、魔道具業界に革命を起こすつもりだったんだろうな。
でも、雷に対しての研究が甘かった。魔石に雷を蓄えることができるが、そのエネルギーがすぐに霧散するなんて考えもしなかったんだろう。
「ねえゲントク」
「ん?」
「……あなた、本当は何とかできるんじゃない?」
「……無理無理。俺にだって無理なことはある」
そう言い、俺も煙草に火を着けるのだった。
◇◇◇◇◇◇
サンドローネたちが帰った後、俺は仕事机に座り、ポケットから魔石を出した。
魔力を込めると、雷を帯びて淡く輝く。
「魔石に雷を込めると霧散する。でも……」
俺の魔石は、輝きが消えない。
五分、十分経っても雷を帯びたままだった。
「『蓄電』……この魔導文字なら、雷を込めても使える。一つ星でも、限界まで魔力を込めればまあ、冷蔵庫一日くらいなら動かせるか」
検証した結果、十回くらいなら充電しても割れることはなかった。
これなら使えるかもしれない……でも。
俺は魔石を握り砕き、ゴミ箱へ捨てた。
「俺の仕事、なくなっちまうかもしれんしな……雷属性、実用化されるまでは、異世界の人間たちに研究してもらおうかね。なあ、大福」
『なぁお』
こうして、クライン魔導商会とのいざこざは終わった。
あとから聞いた話では、クライン魔導商会では『雷属性研究部』という新部署が発足され、雷を魔石に込める研究が始まったとか。
まあ、頑張ってくれ。俺は俺で、頑張らせてもらうからな。
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