玄徳の温泉地巡り

 スーパー銭湯計画の翌日。

 俺は早朝から別荘の温泉を堪能していた。

 起床、朝飯を少し食ってから、まずはじっくりと自宅の温泉を味わっている。

 そして、少し前からやってみたかったことを実践した。


「くくく……温泉巡りの漫画とか、ひと昔前のアニメでは何度か見た光景だ。今の若いヤツらは知らねえかもしれないな」


 俺は露天の湯舟に桶を浮かべ、そこに熱燗の徳利、お猪口を入れた。

 徳利とお猪口……エアリーズに焼き物の店を聞いて、昨日話が終わってすぐ行ってみたんだよな。東方の文化を取り入れているこの町ならあると思ったけど、やっぱりあった。

 俺は徳利を手に、お猪口に酒を注ぐ。


「温泉での一杯……くぅぅ、うまい!!」


 早朝だとか、実は身体に悪いとか、古臭いとの意見はもちろん聞く。でもな……いいんだよ!! これが独身の自由!! やりたいことできる!! しかも異世界!! ざまあみやがれ!!

 まあ、たまには許してくれ。や~っといろいろ解放され、俺は温泉の町レレドレを満喫できるんだからな。


「っくぁ~……朝から飲む酒、うまい!!」


 さて、飲み過ぎると危険だ。いい子は俺のマネするんじゃないぞ。

 徳利半分で酒をやめ、俺は温泉から出て浴衣に着替える。

 温泉、そしてお酒の効果で身体がぽっかぽかだ。最高に気分がいい!!


「よーし!! 今日は念願の温泉地巡りといきますか!!」

『んなぁ~ご』

「ん? おう大福、留守番任せていいか?」

『ごろろ』


 俺は大福の頭を撫で、さっそく町に出るのだった。


 ◇◇◇◇◇◇


 さて、俺は町の観光案内所でもらった温泉マップを片手に歩いていた。

 俺の別荘がある区画ではない反対側の区画を歩き、マップを見て歩く。


「なになに……『冒険者ギルド温泉』か。その名の通り、冒険者ギルドが運営……でも評価は星ひとつ。理由は『冒険者たちが利用するので設備のどこかが必ず壊れている。前に見たらシャワーが十基あるうち、七つが壊れて取り合いになった』か……なんかすごそうだな」


 だが、冒険者ギルド温泉はサウナがめちゃくちゃ広いらしく、そこだけ星十個の評価だった。冒険者たち、温泉も好きだけどサウナのが好きらしい。


「お、『超天然露天風呂』……って、おいおい、目隠しもなにもない混浴かい」


 露天風呂だけの温泉だが……ここは混浴で、しかも目隠しもないもない、脱衣所も男女兼用の風呂だ。

 主に、獣人たちが入りに来るそうだ。これはこれで気になるな。


「そして、岩の湯温泉、水中温泉、灼熱温泉……どれもすごいな」


 岩の湯温泉は、岩をくりぬいてその中にお湯を通した温泉、水中温泉は水の中にある温泉、灼熱温泉は摂氏二百度の温泉……どれもキワモノじゃねぇか。なんだ水中温泉って。しかも灼熱温泉って死ぬ前提で入る温泉かよ。

 マップ見ているだけでも面白い。どの温泉に行こうか迷っていると。


「きゃっ」

「うおっ」


 人とぶつかってしまった。

 慌ててマップを閉じて頭を下げる。


「も、申し訳ない。大丈夫か?」

「はい。こちらこそ、申し訳ございません。おじ様」


 女性だった。

 若い……サンドローネと同じくらいだろうか。

 淡い桃色のドレスを着た、桃髪の女性だ。可愛いというか綺麗系で、両側頭部をお団子にしたロングヘア。髪から桃みたいな香りがした。

 そして、女性を支えるのは男性……こっちもまあ、イケメンなことで。

 男性は言う。


「ミカエラ、大丈夫かい?」

「ええ、ありがとうアベル」


 女性はミカエラ、男性はアベルか……なんかカップルに見える、というかカップルなのか。

 美男美女カップル……ふむ、旅行だろうか。

 ミカエラは落ちた日傘を拾うと、にっこり微笑む。


「おじ様、お怪我はありませんか?」

「ああ、俺は大丈夫。すまなかった……温泉巡りにワクワクして、往来でマップ凝視しながらど真ん中を歩くなんて非常識だった」

「ふふ。私も似たようなものです。大きなお仕事をスノウデーンで終えて、久しぶりに温泉で休暇をと思いまして。少し、興奮していたようで、注意がおろそかになっていましたわ」


 ミカエラはぺこっと一礼。

 俺ももう一度頭を下げた。するとミカエラ、俺を見て首を傾げる。


「……おじ様も、観光ですか?」

「ああ。別荘買ったんでな、いろいろ仕事やっつけて、ようやく観光、温泉巡りできるってわけだ」

「まあ、お仕事」

「仕事するつもりなかったんだけどな。向こうからやってきたというか」

「ふふ、面白いお方ですのね」


 ミカエラは笑った。可愛い笑顔だな。

 

「あんたらはカップルか?」

「ええ。ああ……自己紹介を。私はミカエラ、こちらは護衛で恋人のアベルですわ」

「初めまして、アベルと申します」

「ああ、俺は玄徳。しがない魔導具職人で、エーデルシュタイン王国で魔道具開発所を経営してる」


 アベルと握手。

 すると、ミカエラが驚いたように俺を見た。


「まあ、魔道具開発……それに、エーデルシュタイン王国で?」

「ああ。アレキサンドライト商会って知ってるか? 俺、そこの専属魔道具技師なんだ」

「……まあ、まあ」


 あれ? 一瞬だけど、ミカエラの目の色が変わったような。

 アベルも驚いていたが、ミカエラの肩をポンと叩く。


「ミカエラ。今日は休暇でしょ?」

「あ、そうですわね。ふふ……ゲントクさんは、いつ王都にお戻りで?」

「そうだなあ……十二月に入ったあとくらいに考えるか。まだぜんぜん観光していないし」

「そうですか。なら、王都のどこかで会うかもしれませんわね」

「かもな。ああ、魔道具開発の相談なら、アレキサンドライト商会を通してくれ。魔道具の修理とかなら格安で請け負うし、出張修理もやるぞ」

「ええ、その時はぜひ」


 と、近くの店から少年、少女が出てきた。


「おねーさん、やっと見つけたー」

「見つけたってか、オレらが勝手に離れたんだけどな」


 金髪ポニーテール少女と、紫色の髪を逆立てた少年だった。

 少女はすげえ恰好だった。サラシを巻いた胸、ジャケット、腰にはグローブを垂らし、足には分厚くてゴツいブーツ、ボロボロのジャケットを着た……ああ、この子は格闘家だな。俺も齧ってるからなんとなくわかる。

 少年は、逆立った髪、背中に交差するように細い剣を背負い、紫のジャケットにズボン、ブーツを履いている。長い紫のマフラーを巻いて、俺をジッと見ていた。


「誰? このオヤジ」

「ふふ、たった今お知り合いなった魔道具技師さんですわ」

「マジ!? ねーねーおっちゃん!! おっちゃんって腕前いい? ねーねー?」

「な、なんだお前は」


 少女はぐいぐい来る。ってか近い!! つーかこの子……胸、でっか!!

 サラシで押さえてるけど、とんでもないデカさ。スノウさんよりデケェぞ。


「ウチのブーツとグラブ、すーぐ壊れちゃうんだけど、なんとかならない?」

「はい?」

「おいリーンドゥ、いきなりすぎだろ」

「だってだって。武器屋じゃ『これ以上硬い素材はない』って言うし、魔道具ならウチの攻撃の負担を軽減できるかもって言うしー、ねえウングからも頼んでよー」

「めんどくせえ。オヤジ、断っていいぜ」


 い、いきなり登場人物が増えて困るんだが……なんなんだ一体。

 すると、アベルが手をポンと叩いた。


「二人ともそこまで。ゲントクさんが困ってるよ」

「うー」

「ははは、怒られてやんの」

「ふふふ。さ、そろそろ行きましょうか」


 ミカエラが言うと、四人は歩き出す。


「ではゲントク様。またどこかでお会い出来たら」

「ああ、その時はよろしくな」

「じゃーねー!! あ、ウチはリーンドゥ、『七虹冒険者アルカンシエル』の『黄』のリーンドゥ、こっちは『紫』のウングね!!」

「おい、勝手に自己紹介すんじゃねーよ、アホ」


 四人は行ってしまった……って、なんかアルカンシエルがどうのこうの聞こえたような。


「ま、まあいいや……よし、まずは『水中温泉』に行ってみるか!!」


 こうして俺は、温泉巡りを再開するのだった。

 これは後々の話になるが……この出会いによって、俺はクソめんどくせえことに巻き込まれることになるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る