アメジスト清掃

 数日後、リヒターが報告に来た。


「総勢七十二名。人間はバリオンさんのみで、新たに『アメジスト清掃』という商会を立ち上げました」


 業務内容は『掃除』だ。

 この辺りにあるデカい倉庫の掃除、草むしり、庭の手入れ、個人宅の掃除、業務や営業終了後の店舗掃除などを、獣人の従業員たちが行う仕事だ。

 獣人は体力もあるし、野外作業などはみんな得意。

 業務内容を聞き、単純な掃除が仕事になるのかとみんな驚いたそうだ。そして、変わり果てたバリオンが全員に謝罪……集まった獣人たちは人のいい獣人ばかりだったので、逆に申し訳なく感じていたとか。


「資金援助こそお嬢がしましたが、業務内容を決めたり、宣伝方法などを考えたのはバリオンさんです。あの方、本当に変わりましたね……以前のような雰囲気がまるでない」

「まあ、地獄見たからな。変わったんだろ」


 今朝の新聞に、アメジスト清掃の記事があった。

 掃除承ります、だったか。すでにサンドローネが契約し、営業終了後のアレキサンドライト商会の店舗の掃除を任せているとか。


「いつもは、業務終了後に従業員たちで掃除をしていたんですが、その手間がなくなって皆喜んでいますよ。それにアメジスト清掃の方々も、単純作業でこんなに給料がもらえると喜んでいます」

「互いにいいなら、それでいいか」

「ええ。今朝、様子を見に行ったら、いくつかの商会が契約を取り付けに来ていました。従業員として雇って欲しいという獣人たちも」

「そうか。ところで、掃除魔道具は?」

「売りに出す物はもう少し調整しますが、すぐに使う物はイェランさんたちが何台か完成させて、さっそく使用しているようです。掃除機でしたか……箒が必要なくなりますね」

「でもまあ、あれは屋内用だ。あ、草刈り機とかも必要か? 芝刈り機とかも……」

「……あるなら、仕様書をお願いしますよ」

「ははは。わかったよ」


 とりあえず、バリオンはもう大丈夫だろう。

 すると、事務所のドアがノックされ、ロッソたちが入ってきた。


「おっさんいるー? 遊びに来たっ!!」

「失礼しますわ」

「……おじゃまします」

「にゃ」「がうー」「きゅうん」


 なんかいっぱいいるな。

 ロッソ、ブランシュ、アオ。そしてユキちゃん、クロハちゃん、リーサちゃんだ。

 来客が来たのでリヒターはそそくさ帰り、入れ替わるようにロッソたちがソファに座る。


「あー、まだまだ暑いね。もうちょいで秋なのにさー」

「にゃう」

「ふふ、秋になれば美味しいキノコが生えてきますわ。みんなで収穫しに行きましょうね」

「がうう」

「……キノコ、焼くとおいしい」

「きゅーん」

「待てマテ。お前ら、いつの間にそんな仲良く……」


 ロッソはユキちゃん。ブランシュはクロハちゃん。アオはリーサちゃんを抱っこして座った。あまりに自然に抱っこするからツッコみ遅れたぜ。

 するとロッソが言う。


「だって、メチャクチャかわいいじゃん!!」

「にゃああ」

「ふふ。みんなでヒコロクの背に乗って遊んでいるのを見て、キュンとしちゃいまして」

「がうー」

「……それで、みんなで抱っこして遊んでた」

「きゅう」

「なるほど。というか、許可取ったのか?」

「もちろん!! スノウさんのママ友達がいいってさ。ねー」

「にゃー」


 ママ友……ああ、リュコスさんと、ルナールさんか。

 まあ、今は新しい事業で忙しいかもしれんし、ロッソたちがいるなら安心か。

 

「まあいいか。一応言っておくけど、子供たちだけで危険なところに行かせるなよ?」

「わかってるって。まあ、ヒコロクも遊び友達ができたし、いいことばかりだね」


 この日、俺は子供たちにお菓子や飲み物を出したり、遊びに突き合わされたりで仕事ができず、たまにはこんな日もいいかなと思うのだった。


 ◇◇◇◇◇◇


 ◇◇◇◇◇◇


 アレキサンドライト商会、本店。

 バリオンは一人、床をモップで磨いていた。

 獣人たちの掃除は早く、それでいて丁寧。力だけじゃない繊細さもあり、清掃員の仕事は間違いではないとバリオンは思っていた。

 すると、カツカツとヒールの音がした。


「あなた、商会長のくせに掃除しているの?」

「……やあ、サンドローネ」


 サンドローネ、そしてリヒターだった。

 バリオンはモップ掃除を再開しながら言う。


「この区画はボクの担当だからね。自分の手で、しっかりやりたいんだ」

「そうじゃなくて。あなたはもう商会長なのよ。掃除は獣人に任せて、あなたは書類仕事を……待って、あなたまさか」

「ああ、掃除が終わったら事務所で仕事をするよ」

「……そこまで自分を追い詰めるの? ようやく、人生の再スタートができたのに」


 バリオンは、モップを止めた。

 そして、振り返る。


「人生に、再スタートなんてない」

「……っ」

「ボクは間違いを犯した。家族にも捨てられ、愛した人も、その子供も失った。それがボクの人生……これは仕事じゃなくて償いなんだ。再スタートじゃない、まだ続いてるんだ」

「…………」


 バリオンはモップ掃除を続ける。

 変わったのではない。

 バリオンは、すべて失ったままのバリオンだ。

 新しい職場、環境、それらをもってしても、バリオンは変わっていない。

 やる気に満ち溢れ、これまでのことを悔い、やり直そうとしているのではない。

 これまでのことを胸に、贖罪を続けている。


「よし、終わり。さて、事務所に戻るよ。いくつか新規の契約があってね、それらをまとめて報告する……資金援助してもらっている身だしね、しっかりやるよ」

「……あなた、会いたくないの? 私と婚約破棄してまで愛した、あなたの妻に……お腹の、子供に」

「……合わせる顔がない。父も、すでにボクを見限っているしね……会いたくない。いや、ボクを忘れてくれたら、嬉しい」

「……ッ」

「じゃあ、また明日」


 バリオンは悲しく微笑み、商会を後にした。

 サンドローネは大きくため息を吐いた。


「最後は事務所の机の上で、満足そうに微笑んで死にそうな雰囲気ね……」

「やり直す、という発想がないんでしょう。この仕事も、彼にとって贖罪の一つなんですね……」

「……リヒター、彼に秘書を付けて。多少強引でもいいから、適度に休ませたり、食事させたりしなさい」

「かしこまりました」


 こうして、『アメジスト清掃』は掃除専門の商会として、王都に知れ渡っていくのだった。

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