ネコ、オオカミ、キツネ
バリオンの件、俺にはどうしようもないことだが、少し気の毒な感じはしていた。
その後、リヒターに聞いたが……バリオンはすでに妻とも離婚し、生まれたばかりの子供は会うこともできず、ジャスパー侯爵家で育てるらしい。
実家を追い出され、今はスラム街に近い小さな家で、一人つつましい生活をしているとか。
そして、トイレ掃除の仕事も強制的に終了となり、今は一人、酒浸りの生活だそうだ。
その話を聞き、俺は俺は事務所で考えていた。
「……異世界モノにありがちな『ざまあ!!』で終わりなんだろうけど、こうして落ちぶれたヤツを見てもスッキリしないな……というか、普通に可哀想だ」
こんなこと言うと、読者に叩かれるんだろうな。
でも……実際に見ると、たとえ悪でも気の毒だ。
「っと……仕事仕事」
俺は、この辺に住んでいる住人が持ち込んだ魔導ランプを修理する。
壊れた魔道具の修理します、の看板を見て来たらしい。
魔石の劣化、ついでに外装も綺麗に磨いていると。
『ワウウン』
「にゃー」
「ん?」
外から声が聞こえた。
今は事務所にいるので、窓を開けて下を見ると。
「お、ヒコロクにユキちゃんか」
「にゃあ」
俺は一階に降り、作業部屋のドアを開けると、ヒコロクが入ってきた。
ユキちゃんが背に乗っている……おや?
「…………がう」
「…………きゅうん」
見知らぬ女の子が二人、ヒコロクの背にいた。
ユキちゃんと同じ三歳くらいだろうか。一人は黒いクセのついたショートヘアで、黒い耳、くるんと巻いたフワフワ尻尾、もう一人は金髪ロングヘアで、大きな耳にふわふわした大きな尻尾。
どちらも獣人だ。なんか可愛いな。
「にゃあ、おともだち」
「ははは、友達ができたのか。よかったな」
「にゃううん」
ユキちゃんを撫でると、ネコミミと尻尾が動く。
というか……ヒコロクがいるとはいえ、子供たちだけで来たのか。
「ユキちゃん。ここに来ること、スノウさんは知ってるのか?」
「にゃ……」
首を振る。
こりゃまずいな。迷子になったと騒ぐかも……しかも、よそ様の子供もいるし。
『くうん』
「……ヒコロク。スノウさんにユキちゃんたちがここにいること、伝えてもらっていいか?」
『わう』
理解したのか、ヒコロクは出て行った。
俺はユキちゃんの後ろにいる女の子と視線を合わせ、笑って言う。
「さあみんな、迎えが来るまでゆっくりしてくれ。美味しいお菓子、飲み物もあるぞ」
「「「!!」」」
おお、三人の耳と尻尾がピーンと立った。
俺は三人を連れ、二階の事務所へ。
お菓子と飲み物を出すと、三人は嬉しそうに食べ始めた。
「ところで、きみたちの名前は?」
「がう……クロハ」
「きゅ……リーサ」
黒い子はオオカミ獣人のクロハ、金髪の子はキツネ獣人のリーサというらしい。
「わたし、リーサと姉妹」
「ぱぱ、同じなの」
「パパが同じ? ああ、そういえば以前スノウさんが言ってたな。獣人のオスは妻を多く娶るって」
なるほどな、種族が違くても姉妹ってことか。
話を聞くと、ヒコロクと遊んでいたユキちゃんのことを見て声を掛けたらしい。そして、ユキちゃんが俺のところに遊びに行こうと言い、ヒコロクが案内してくれたとか……犬だし、ニオイでも追跡したのかな。
「クロハちゃんと、リーサちゃんのパパは、なんのお仕事してるんだ?」
「しょーにん」
「パパ、おしごとたいへんって……ママ、苦労してるの」
「苦労?」
クロハ、リーサちゃんはしょんぼりする。
「ぱぱ、しきんぐり、できないって。おみせ、つぶれそうって」
「ママ、パパのためにがんばってる……パパ、ごめんねっていつもあやまってる」
「資金繰りか……」
「にゃあ、おじちゃん、助けてほしいの。わたしのことたすけたみたいに」
「え……」
そう言われると、なんとも言えん。
まあ……こんな小さな子が、母親と苦労してるの見たら、助けたくなる。でも……この二人にはパパがいるしなあ。俺が手を貸すってのは、少し違う気もする。
「にゃ……おじちゃん」
「うぐ」
その目は卑怯だ……ネコミミがぺたんとしおれ、尻尾も動きが止まる。
クロハ、リーサちゃんも俺をジッと見るし……うーん。
「とりあえず、その商人から話を聞いてみないと、なんともなあ……」
◇◇◇◇◇◇
数時間後。
事務所のドアがノックされ、スノウさんが入ってきた。
「失礼します。ゲントクさん、こちらにユキが……」
「ええ、来てますよ。友達と一緒です」
と、スノウさんの後ろに美女が二人。
一人は、黒髪のロングヘアにオオカミ耳、尻尾を持つスレンダー美女。もう一人はゆったりとした金髪ロングヘアにキツネ耳の巨乳美女……すっげえ、壮観すぎるわ。
すると、二人が頭を下げた。
「「ご迷惑をおかして申し訳ございません!!」」
「え、ああいや、別にそんな。ささ、こっちですこっち」
子供たちは、宿泊部屋で仲良くお昼寝をしている。
おやつを食べた後、ユキちゃんが欠伸をした。二人も眠そうだったので、そのまま宿泊部屋に連れて行き、布団に寝かせたのだ。
三人並んで寝ている光景は癒ししかない……安心したのか、スノウさんたちはホッした。
「あの、そちらの方は……」
「ああ、先ほどお知り合いになりました、リュコスさん、ルナールさんです」
「初めまして、クロハの母リュコスです」
「リーサの母ルナールです」
「ど、どうも……ゲントクです」
すっげえ美女。スノウさんもだけど、未亡人に人妻が合わせて三人……いやいやいや、俺は何を考えているんだっつーの。
とりあえず三人にお茶を淹れた。
「いやあ、ユキちゃんに友達ができたみたいで、よかったですね」
「ええ、ヒコロクのおかげです。私も、リュコスさんとルナールさんとお知り合いになれました」
「あの、ところで……リュコスさん、ルナールさんは、同じ旦那さんをお持ちとか」
「ええ、そうです。獣人なので……」
「ですが、うちの旦那は少し気弱で。獣人の男性は多くの妻を娶るのが普通なのですが、私とリュコスだけなんです」
「ふふ。そのぶん、私とルナールを愛してくれますけどね」
ノロケかい。リュコスさんの狼尻尾がめちゃ揺れてる。
ルナールさんも幸せそうだ。でも、すぐに顔が曇る。
「今は少し大変ですけど……夫婦合わせて乗り切りたいと思います」
「ええ。従業員もいますしね」
「……あの、さっきクロハちゃん、リーサちゃんから聞いたんですけど、商会が大変だとか」
「「…………」」
二人は顔を見合わせ、小さく頷いた。
◇◇◇◇◇◇
なんでも、二人の旦那の商会はペリドット商会の下請けで、件の保湿クリームのセットをメインに販売していたとか。
それで、保湿クリームが回収されたはいいが、不良品であるクリームを売った商会として信用が地に落ち、従業員に払う給料の支払いすら難しいらしい。
遅かれ早かれ、倒産するのが見えているとか。
そこまで説明すると、事務所のドアが強くノックされた。
「リーサ!! クロハ!! す、すみません!! うちの子がここにいると!!」
「「あなた!!」」
「リュコス、ルナール……こ、子供たちは!?」
「今、別室で寝ています。ほら、静かに……それと、挨拶」
「え?」
「まったく、子供が心配なのはわかるけど、自己紹介くらいしたらどう?」
「あ、ああ……ごめん」
入ってきたのは、虎だった。
身長二メートル超え、顔つきはマジの虎だ。ガタイもメチャクチャいい。
虎の獣人。そういや、獣人としての血が濃いと、ケモノに近いとかなんとか。
虎さんは、俺に手を差し出す。
「は、初めまして。チーグル商会の商会長、ティガーと申します」
「ど、どうも……ゲントクです」
握手。
爪すっげ、手の毛すっげ、威圧感すっげ。
俺の顔色が悪いのに気づいたのか、リュコスさんが言う。
「大丈夫ですよ。この人、見た目は怖いしガタイもいいんだけど、臆病だから」
「お、おい……えっと、恐縮です」
「は、はあ」
牙すっげ……生肉とか噛み千切りそうだ。
とりあえず、ティガーさんにもお茶を出す。ソファが狭いので、スノウさんは俺の隣に来てもらった。
「きょ、恐縮です」
「いえいえ。あの、ティガーさん……いきなりなんですけど、商会が大変だとか」
「……リュコス、ルナール。話したのか?」
「「…………」」
「すみません。話を聞くと、どうも俺も無関係じゃないみたいで。それに……頼られたので」
「え?」
保湿クリーム。あれはもともと、俺が作った失敗作だ。
盗み、検証もせず量産し、多大な迷惑をかけたのはバリオンだ。でも……だからといって、無関係を貫くのは後味が悪い。それに……子供たちには関係ない。
「何か力になれることがあれば。資金援助とか……」
「……ありがとうございます。しかし、大丈夫です」
「え……?」
「チーグル商会は、ここで閉めようと思います」
「「なっ……あなた!!」」
「いいんだ。もともと、ぼくに商売は向いていないってわかった。言われるがまま商品を仕入れ、販売し、人間たちに多大な迷惑をかけた……その責任は取らないと」
もともと、チーグル商会は獣人用の趣向品や、ブラシなどを作ったり、売ったりしていたようだ。
だが、バリオンの誘いでペリドット商会と契約を結び、保湿クリームやペリドット商会の商品を売るだけの店になってしまった。
利益に走った結果。周りからはそう言われ、同じ獣人たちからも失望されたとか。
「……リュコス、ルナール。不甲斐ないぼくでゴメン。でも、ぼくにはまだこの身体がある。汚れ仕事でも何でもやって、子供たちを育ててみせるよ」
「「…………」」
…………あれ? なんかちょっと引っかかるような。
スノウさんも、何と言っていいのかわからないようだ。
すると、ドアが開き子供たちが来た。
「にゃあ……おかあさん」
「がぅぅ」
「きゅう……」
「おお!! 起きたか子供たち」
「「ぱぱー」」
ティガーさんは、クロハちゃんとリーサちゃんを抱っこする。
本当に、子供や妻を愛しているんだなあ……俺にはわからん。
でも、少しは手伝える可能性があるかもしれん。
「あの、ティガーさん……少し質問していいですか?」
「え? ええ、どうぞ」
「……腕力には自信ありますか?」
「まあ、虎の獣人ですので」
「…………」
俺は少し考え込み……ちょっとしたアイデアを思いつくのだった。
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