真面目に働いています
さて、今日も仕事だ。
早朝、メシを食ってコーヒーを飲み、新聞を片手に仕事場へ。
俺の仕事は魔道具開発だけじゃない。魔導文字を開発したり、持ち込まれた魔道具の修理や、出張修理のサービスもある……というか、今日から始めた。
特に周知していない。表に看板を立て、そこに『魔道具の修理します。ご自宅まで伺います』みたいに書いて立てただけだ。
日本でも、出張修理サービスはやってたし、異世界で浸透するかわからんが試してみることにした。
まあ……毎日毎日、新製品開発しているとさすがにネタが尽きるしな。
「ふぁぁ……今日はヒマかなあ」
午前中、俺はアイデアを考えながら新聞を読んでいた。
すると、ドアがノックされた……お客様かな?
少し緊張しつつドアを開けると、そこには帽子を深くかぶった男が立っていた。
「……どうも。トイレ掃除に来ました」
「トイレ掃除? …………あ、お前まさか、バリオンか?」
「…………」
「トイレ掃除って、ペリドット商会の支店だけじゃなかったか? なんでウチまで」
「…………サンドローネ、様、が……アレキサンドライト商会の支店関係もやれと」
バリオン。
バリオン・ジャスパー元侯爵。ペリドット商会という美容品関係の商会を経営していたが、不良品の販売という問題を起こし、信用が地の底まで落ちた。
だが、アレキサンドライト商会の手助けにより信用はある程度回復。ジャスパー侯爵家はサンドローネに返しても返しきれない恩がある。
バリオンは、罰として十年間の奉仕作業……ペリドット商会と、アレキサンドライト商会に関わる店のトイレ掃除を命じられた。
まさか、俺のところに来るとは。
「……真面目にやってんだな」
バリオンは、えらい変わりようだった。
サラサラで輝いていた金髪は刈り上げられて坊主になり、華やかだった服装は薄汚れ作業着。背中には掃除用具を入れたリュックを持ち、手にはブラシが握られていた。
頬もこけ、眼窩もくぼんでいる……まだ二十八歳だっけ。三十後半って言っても信じそうだ。
「……掃除します」
「ああ、頼む」
それから、バリオンはしっかりトイレ掃除をした。
戻ってくると、ペコっと頭を下げて出て行こうとしたので止める。
「待った。ちょっとくらい休憩していけよ」
「…………いえ」
「安心しろ。俺が無茶言ってトイレ以外を掃除させたってことにしておく。お前とはいろいろあったけど、もう何も思っちゃいない……いいだろ?」
「…………はあ」
バリオンはため息を吐き、掃除用具を置くのだった。
◇◇◇◇◇◇
俺はバリオンに麦茶を出す。
この麦茶、粉にする前の麦が売ってたから、試しに作ってみたんだよな。そしたら思った以上に麦茶となり、こうして常備してあるのだ。
バリオンは麦茶を飲み、大きくため息を吐いた。
「はあ……おいしい」
「おかわりいるか?」
「ああ、いただこう」
おかわりを注ぐと、それも一気飲みした。
三杯目を注ぎ、一口だけ飲んでグラスを置く。
「惨めだろう?」
「……何がだ?」
「かつては、王都で最も勢いある商会の経営していたボクが、今じゃ丸刈りにしてトイレ掃除だ。ああ、わかっている……全て、ボクが招いたことだ。そこに文句はないし、受け入れている。でも……やはり、惨めだな」
「……バリオン」
「知っているかもしれないが、ボクは先日、ジャスパー侯爵家から正式に除名されたよ。ここにいるのは、ただのバリオン。平民のトイレ掃除員さ」
「除名? 十年したら侯爵家に戻れるんじゃないのか?」
「そう思っていた。でも……サンドローネにすっかり惚れ込んだ父は、サンドローネの不評を買ったボクを侯爵家に残しておくわけにはいかないと思ったんだろうね。分家から優秀な人間を養子にして、ジャスパー侯爵家の後継者としたようだ。ボクは侯爵家に捨てられ、お情けの安い賃金で働く奴隷ってわけさ……この契約も、あと数日で終わる」
「……その契約が切れたら、どうなるんだ?」
「追い出されて終わりさ。まあ……それでいい。このまま野垂れ死にするのが、ボクの人生に相応しいかもね」
「……バリオン」
「そんな顔をしないでくれ。それと、キミから同情されるのだけは死んでもごめんだ。この仕事だけは最後までやりきる……それが、ボクの最後のプライドだよ」
バリオンは麦茶を一気飲みし、立ち上がる。
「じゃあ、行くよ。最後にキミと話せてよかった」
「……」
「そんな顔をするな。こう見えて、キミには感謝しているんだ。最後の最後……ボクはやっとわかったんだ。売り上げだけじゃない、商売に大事なものをね」
「お前……」
「じゃあ、さようなら」
そう言い、バリオンは出て行った。
ざまあキャラとは思えないくらい、どこかスッキリしていた。
俺は、バリオンが掃除したトイレを見る。
「おお、すっげえ綺麗だな……」
ピカピカなトイレを前に、俺はバリオンの丁寧な仕事っぷりに関心するのだった。
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