木箱の中身

 さて、俺は地下の作業場に籠り、テーブルの上に木箱を置いた。


「大きさは……両手で包めるくらいの大きさ。材質は木で、カギが掛かってる。でも、かなり腐食しているのか鍵も、蝶番もボロボロだ……でも二千年も補完してたんだよな」


 魔法的な保存だったのか、俺は知らない。

 でもまあ……よくこんなに保ったモンだ。

 俺は光魔法を指先に灯し、水魔法と組み合わせレンズを作って中を覗きこむ……異なる魔法の同時使用、意外と簡単にできたんだよね。

 レンズを通して鍵穴を覗いて気付いた。


「なんだ、簡単に開きそうだな……問題は、慎重にやらないと金属部分が壊れるかもしてないってことだ」


 俺は、鍵師の資格を持っていた爺ちゃんに感謝した……俺の爺ちゃん、いろんなことできたし、教えてくれたから助かっている。

 

「よし、ピッキングツール作るか。土魔法で地中の金属を抜き出して精製……」


 花壇用の土から金属を精製し、脳内イメージで形を作る。

 完成した特注のピッキングツールを手に、さっそく開錠してみる。


「テンションレンチで固定して……慎重に、慎重に……よし」


 カチン、と鍵が開いた。

 慎重に蓋を開けると、そこにあったのは。


「……こいつは、オルゴール? それに……」


 オルゴールのギアボックス、そして指輪だった。

 ギアボックスは摩耗が酷く、パーツも欠けているので音が出ない。だが、さびや汚れこそあるが、分解掃除すればなんとかなるかもしれない。

 でも、この指輪って……。


「……結婚指輪、か」


 なんとなく、俺が触れるべきではないと思い、ハンカチで磨いて包んでおく。

 ギアボックスを外し、分解をしてみる。


「破損してるパーツは、土魔法の『錬成』で何とかなるか……問題は箱だな。この木箱、もうダメだな。側の塗装も装飾も剝げてるから元の形がわからん……仕方ない。同じ大きさで無地の木箱を作るか」


 なんか、どっかの町に一人はいる発明家のおじさんみたいだな。

 このオルゴール、魔道具というか、ただのオルゴールだ。魔石が組み込まれているわけじゃないし、もし日本にいた時に持ち込まれたら、その場で修理して渡したかも。


「……アツコさん、だったか。この指輪……旦那さんのかな」


 七十を超えて異世界転移し、『魔女会』という組織を結成した女性。アツコさんの知識が魔道具技師としての十二人にどういう影響を及ぼしたのか、俺にはわからない。

 でも……異世界の先輩として、俺は指輪に向かって言う。


「オルゴール、きちんと修理させてもらいます」


 さて、修理しますかね。


 ◇◇◇◇◇◇


 三時間ほど経過。

 俺は新しい木箱を作り、『錬成』で新しい蝶番を作って蓋をくっつける。

 汚れが詰まってて見えなかったが、このオルゴールは手回しタイプだ。新しい手回しもくっつけ、分解洗浄したギアボックスと、破損したパーツも錬成してくっつけた。

 そして箱に固定。

 

「完成……さて、どんな曲なのか」


 俺は手回しを巻く。

 流れてきた曲は……童謡だった。赤いトンボが飛ぶような歌だ。

 童謡。オルゴールのクラシカルなピンを弾く音が響き渡る。

 不思議だ。俺はいつの間にか目を閉じ、その音に聞き惚れていた。


「……アツコさんは、なんでこのオルゴールを……いや、無粋だな。ちゃんと返します」


 俺は磨いた指輪を箱に入れた。

 とりあえず、これで仕事は終わり……思えば、半日の仕事だった。しかも報酬は十億……なんか金銭感覚おかしくなりそうだ。

 

「おっさん、いるー!!」

「おじさま~」

「おじさん……」


 俺を呼ぶ声。みんな呼び方違うからわかりやすいな。

 オルゴールを持って二階へ行くと、玄関にいつもの三人娘がいた。


「やっほ、仕事早く終わったから遊び来たよ!!」

「ふふ、お土産の魔石ですわ」

「……おじさん、水中スクーター、ある?」

「おう。ちゃんと用意してあるぞ」


 俺は三人を連れてビーチへ。倉庫を開け、中にしまっておいた水中スクーターを三台出す。

 それぞれの色を見て、ロッソたちは目を輝かせた。


「アタシ、赤!? いいじゃん!!」

「白……まさか、わたくしのまで?」

「……青。いいね」

「それぞれのイメージカラーだ。前の試作機を少し改良したヤツだから、操作性も増してるぞ」

「やったー!! よーしさっそく!! とうっ!!」

「おお!!」


 ロッソはビキニアーマーを一瞬で脱ぎ水着姿となる……が。


「ろ、ロッソ!! 脱ぎすぎですわ!!」

「ん? あ、ブラまで脱いじゃった」

「……馬鹿」


 ロッソはブラまで投げ捨て、トップレス姿……いやはや、デカいな。ごちそうさまでした。

 羞恥心が薄いのか、俺が見てもそんなに気にせず、落ちたブラを拾って付ける。


「んふふ、おっさんに見られちゃった~!! えっちスケベ~!!」

「あのな、その……大人をからかうな!!」

「はーい!! じゃあ行ってくる!!」

「……む、私も。おじさん、部屋貸して。ブランシュも行く」

「はいはい。ではおじさま、お部屋を借りますわ」


 二人はその場で脱がず、別荘の部屋で着替えて降りてきた。

 すでにロッソは爆走している。


「うっひょー楽しいっ!! スピード出るぅぅぅぅぅ!!」


 モーターボートみたいな速度で泳ぎ、水中に沈んだと思ったら急浮上しジャンプした。すげえ、イルカみたいなヤツだな。

 俺はビーチチェアに座り、冷えた果実水を飲む。

 

「三人で競争しよ!!」

「あらいいですわね。ふふふ、負けませんわ!!」

「……アサシンの私が最速」


 三人は並び、同時に潜水……どうやら水中レースのようだ。

 俺ですら二分ほど潜水できた。まさかと思ったら、五分しても上がってこない……そして七分ほど経過し、三人は急浮上してきた。

 いや七分て、世界記録レベルじゃねぇか。


「ぶっはあ!! くっそ、アオの勝ちかあ」

「……うう、くやしいですわ」

「ふふん。水中で私に勝てるはずないし」


 楽しそうだ。そう思い眺めている。

 けっこうな時間が立ち、そろそろ日が暮れそうな時間帯になった。


「ふむ、実に面白いの」

「あ、お前……ラスラヌフ、だっけ」


 水着にヴェールを纏った銀髪美女エルフ、ラスラヌフが傍に立っていた……全然気付かなかった。

 ラスラヌフはニッコリ笑い、俺の隣にあるビーチチェアへ座る。


「うむ。少し、話がある」

「話って……さっき出て行ったばかりで、また話か? 忙しいんじゃなかったのかよ」

「まあの。でも、お主の許可が必要な案件での」

「俺の許可? ああそうだ、ちょっと待ってろ」


 俺は別荘に戻り、新しい木箱、そして古い木箱を出す。


「……これは、まさか」

「修理をした。この木箱、さすがに古すぎてダメだったからな……似た形に自作した。装飾とかは、あんたが覚えてる範囲でやってくれ」


 だからこそ、木箱は無地、無装飾にした。 

 ラスラヌフも魔道具技師なら、朝飯前だろう。


「この、取っ手……そう言えば、アツコが」

「そこを回して、蓋を開けるんだ」


 ラスラヌフは、震える手で取っ手を回し、そっと蓋を開けた。

 そして、ピンを弾く音……童謡が流れてくる。

 赤いトンボが飛ぶイメージが、俺には見えた。


「……ぁぁ、忘れていた……そうだ、この音だ。二千年前……ワシは、この音を聞いた」


 太陽が沈みかけ、空がオレンジ色に輝く。


「この指輪は……」

「たぶん、旦那さんのじゃないかな。このオルゴールも、旦那さんのプレゼントじゃないか?」

「……なぜ、わかる」

「その古い方の木箱に、アツコさんの名前が彫ってあったのを見つけた。和田アツコへ、って彫ってあったんだ。きっと、旦那さんとの思い出の品じゃないかな」

「……そう、なのか」

「これを」


 俺は、オルゴールのギアボックスを分解した時に、パーツの特徴や必要な部品をメモ。その仕様書をラスラヌフに渡す。


「壊れたら、あんたが直してやれ。アツコさんの友達だったなら、その方がいい」

「……うむ」


 ラスラヌフはオルゴールを抱きしめ……一筋の涙を流した。

 友達だったのだろう。思い出があったのだろう。だが、それを聞くつもりもないし、思い出はラスラヌフだけのものだ。

 俺は煙草に火を着け、何も言わずに煙を吐き出した。


「……感謝するぞゲントク。用があったが……また明日にしよう。今日は思い出を胸に帰るとする」

「ああ、そうしてくれ」

「報酬は後ほど振り込む。では……また」


 ラスラヌフは帰った。

 そして、入れ替わるように、ロッソたちが海から上がって来た。


「あ~楽しい!! でもお腹減ったからまた今度!!」

「ふう、おじさま、シャワーをお借りしても?」

「……おじさん、水中スクーター、倉庫に入れておくね」


 三人が別荘へ戻ろうと歩き出し、俺も戻ろうと立ち上がった時だった。


『───……』

「……え?」


 浜辺に、一人の女性が立っていた。

 白いワンピース姿で、黒い髪に、麦わら帽子を被り……俺の方を向くと、ニコッと微笑む。


『思い出を直してくれてありがとう。魔道具技師さん』


 瞬きをした瞬間、女性は消えていた。

 今のって、まさか。


「お、おいブランシュ……ここ、ゴースト系魔獣とか、もういないんだよな?」

「当然ですわ。わたくしのお札がある限り、絶対に来れませんわ」

「……だよなあ」


 まあ、別にいいか。

 たとえ幽霊でも、あんな笑顔でお礼言われちゃ、悪い気分にはなれないぜ。

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