『水瓶座の魔女』ラスラヌフ・アクエリアス

 刺身、そして日本酒……ではなくこっちでは雑酒。に満足した俺は、店の向かいにある酒屋で雑酒を大量に購入……別荘に運んでもらうようにお願いした。

 そして、今日は解散。

 サンドローネは「じゃあ、伝えておくから」と言い、リヒターは「ではまた」と去る……並んで歩く二人、カップルに見えなくもないが、俺から見ればどこまでも『主人』と『従者』だった。

 まあ、二人はどうでもいい。

 魔女会だか何だか知らんが、俺の休暇を邪魔させてたまるかっての。


「さ~て、帰る」

『ワフ』

「ん? あれ、ヒコロクじゃないか」


 道沿いで、馬車を止めるスペースにヒコロクがいた。

 首輪してるし、長くはないが一緒に過ごした犬だ。見間違えることはない。

 傍に網籠みたいなのがあり、いろいろ入っていた。


「あら、ゲントクさん?」

「お、スノウさんじゃないですか。買い出しですか?」

「ええ。ちょっと買い忘れがありまして。明日の『鮮血の赤椿スカーレット・カメリア』の方々の朝食の素材を」

「にゃあー」


 おお、ユキちゃんも。俺の足にしがみつき、ぐりぐりと頭を押し付けてくる。

 スノウさんは、網籠に買ったものを入れる。


「ふふ、お酒ですか?」

「あ~いや、付き合いで少し。ははは……ザナドゥは飯も酒も美味くて困りますよ」

「うふふ。確かにそうですね、さあユキ、おいで」

「にゃうう」


 スノウさんはユキちゃんを抱っこし、ヒコロクの背中に乗せた。

 聞くと、ヒコロクは荷物持ち兼護衛らしい。そしてユキちゃんの乗り物だ。

 ふと、俺は聞いてみた。


「そういやスノウさん。『魔女会』ってわかりますか?」

「魔女会? ええ、世界最高の魔道具技師たちが集まる組織ですよね。確か……ザナドゥには、『水瓶座の魔女』ラスラヌフ・アクエリアス様が住んでいると聞いたことがあります」

「その人、有名なんですか?」

「はい。私も、商売をしていたので……ラスラヌフ様は、魔石から水を生み出す魔導文字を生み出したお方で、下水処理の技術を生み出し、世界中に浸透させたお方だと聞いています」

「へえ……」


 この世界には蛇口があるし、配管を通って汚水は流れていく。

 その汚水は道中で分解、浄化されて川に戻るって聞いたが、詳しい話はわからん。

 だが、そういう技術を浸透させた誰かがいるとは思っていたが。


「なんで『魔女会』なんですか?」

「ええと……魔女会に所属している魔道具技師は皆、長命のエルフ族で、さらに全員が女性だと聞きました」

「……ファンタジー」


 エルフと来ましたか……ドワーフとかもいるのかな。

 まあ、目の前に獣人いるし、他にもいろんな種族がいるんだろうな。

 まあ、俺には関係のない話だ。


 ◇◇◇◇◇◇


 関係のない話……そう思っていました。


「ふむ、お主がゲントクか……人間にしては面白い発想をする」

「…………」


 俺の別荘に、サンドローネとリヒター、そして変な女がやってきた。

 長い銀髪、とがった耳、瞳は黄金に輝き、スタイル抜群。水着の上にスケスケのヴェールみたいなのを纏い、これから海に行ってきますみたいな恰好をしている。

 歳は二十歳くらいだろうか。とんでもない美女がそこにいた。

 俺はサンドローネをジロッと睨む。


「これこれ。サンドローネを睨むでない。ここに来たのはお前と話がしたいからじゃ」

「俺はない。ってか、朝っぱらから来るなよ」

「ほほ、不機嫌じゃの」


 当たり前だろうが。

 こちとら、今日はのんびり海でボディボードでもやってみようと思い、昨日酒飲んだ後なのにサーフボードやらボディボードを制作したんだ。

 めんどくさい……とりあえずさっさと帰ってもらうか。


「わしはラスラヌフ。ふふ、世間では『水瓶座の魔女』と呼ばれておる。水瓶座とはどういう意味かわかるかの?」

「星、天体のことだろ」


 と、今さら気付いた……なぜ『水瓶座』なんだ?

 ラスラヌフはクスクス笑う。


「その反応。お主、異世界人じゃな?」

「───!!」

「ふふふ。やはりそうか……二千年ぶりに現れたようじゃな、迷い子が」

「……俺以外にも、いたのか?」

「うむ。我ら『魔女会』の創設者である、誰よりも美しい乙女じゃ。彼女は異世界……日本という国から、この世界にやってきた。もう二千年も前のことじゃ」


 サンドローネ、リヒターが驚いている。

 俺は察した。


「そいつが、お前たちに日本の知識を?」

「うむ。とは言っても、アツコはこの世界に転移してきたとき、すでに七十を超えておった。知識と言っても、大した量の知識ではない。だが一つ一つの知識は、我々十二人の姉妹を驚嘆とさせるものばかり……中でも、星座という星の形に込められた意味は、興味深いものであった。ゆえに、我らはアツコから十二星座を教えてもらい、この世界の星にあてはめ、それらを司る十二星座の魔女となった」

「…………」


 壮大すぎる……なんか、俺の周りに合わないファンタジーだな。

 アツコ……七十を超えた婆さんが異世界転移か。

 テンプレでは、若い少年少女や死んだサラリーマンとかが転移して、日本知識無双で開拓とか、チートで無双大冒険とかするんだがな。


「あの水中スクーター……そして製氷機、ミスト噴霧器などの魔道具は、どうも一般的な魔道具技師とは毛色が違う。まさかと思ったら、やはりアツコと同郷の者だった。ふふ……ようやく出会えた」

「で、何か用事なのか?」


 正直、俺は驚きこそしたが、その『アツコ』というお婆さんが何を想い、どうしてこの世界に来たかまでは気にならなかった。

 まあ、もう故人のようだしな……今更、知ったところでなあ。

 すると、ラスラヌフは小さな箱を出した。かなりボロボロだ。


「……これは?」

「アツコの、持ち物の一つじゃ。アツコは日本から様々な物を持ち込んだ。どうやら引っ越し中にこちらの世界に来たようでな。ワシの下水整備や水を生み出す蛇口も、アツコから教わった」

「……こいつは」


 木箱だが、塗装が剥げて、装飾もボロボロ。金具部分も腐食している。

 長い年月を過ごした木箱とすぐにわかった。


「アツコの世界の物だが、何かわからんのじゃ」

「……木箱だろ? 開けたりしなかったのか?」

「……不用意に開け、中身が壊れたらと思うと、恐ろしくて弄ることができなかった。ワシら十二人の魔女、誰もが同じ気持ちでな……なるべく腐食しないよう保存することしかできなかった。まあ、二千年も経過したからの……もう、ボロボロじゃ」

「で、頼みってのはまさか……」


 ラスラヌフは頷いた。


「ワシの責任で依頼する。アツコと同郷の異世界人であるお主に、この箱……魔道具の修繕を願いたい」

「……はあ」


 断りにくい依頼しやがって。

 

「いいのか? 俺の手に負えず、壊れるかもしれないぞ」

「構わん。このまま放っておけば、いずれ朽ちるのは見えておる。なら……お主に託した方がいい」

「……」

「報酬は五億セドルを前金で、修理できたら追加で五億支払おう」

「ッブ!? ごごごご、五億!?」

「な……ラスラヌフ様、さすがにそれは」

「構わん。金なぞ、吐いて捨てるほどある」


 はした金ってことかい。しかも前金で二十億とか……すげえ。

 ま、まあうん。お金はあってもいいよね。農園とか経営してみたいし、コヒの豆でカフェとかも経営するの楽しそう……待てマテ、いきなりはやらんけど。

 

「不服か? なら……サンドローネの乳を好きにしていいぞ」

「え」

「ら、ラスラヌフ様!?」

「サンドローネ。ザナドゥ開発の件だが、お主も一枚噛ませてやろう。ワシの名があれば、ザナドゥ内でお主に逆らう商会はいなくなるぞ」

「……え」

「ふふふ、乳を差し出せばザナドゥ内での仕事はやりやすくなる。どうじゃどうじゃ? 男はおなごの乳が大好きなんじゃろ? 十億の報酬、そしてサンドローネの乳……どうする?」

「……い、いいわ。胸なんてただの授乳器官だし、別にどうってことないわ」

「ふっ……そこまで言われちゃ男がすたるぜ。いいぜ、やってやるよ!!」


 俺は首をコキコキ鳴らし、指をボキボキ鳴らした。

 ラスラヌフは安心したように微笑み、俺に頭を下げる。


「感謝する……ゲントク」

「ああ、任せておきな」

「……あなた、私の胸を見ながら言うのやめなさい」


 こうして、俺は謎の小箱を修理することになった……けど、マジで何が入ってるのかな、これ。

 

「そういや、ザナドゥ開発ってなんだ?」

「うむ。実は、国王が大金を出してザナドゥの城下町を整備すると言ってな、そこで海の国らしい開発をせよと、ワシを筆頭に国中の魔道具技師や職人が集められた。海の国ならではの開発……どうしたものかの」

「ふ~ん。海の国ね……俺だったら」


 俺は、なんとなく思い付きで『海の国ならこういうのがいいんじゃね?』みたいな夢物語を語った。

 するとラスラヌフが考え込む。


「…………ふむ。少し考えをまとめるかの。ではゲントク、頼むぞ」

「おう」

「ら、ラスラヌフ様? まさか、今のゲントクの話を……ああもう、ゲントク、また来るから!!」

「で、では失礼します!!」


 サンドローネ、リヒターも出て行った。

 なんだかよくわからんけど、まずは目の前の仕事から。


「さて、この木箱……何が入ってるのかね」

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