寝台馬車の旅
ヒコロクに引っ張られる寝台馬車は、意外にも揺れが少なかった。
サスペンションとか搭載されてんのかなーと思ったらその通り……この世界の誰かが、すでにばね仕掛けを作り出したようだ。
馬車をよく見たが、足回りもしっかりしているし、車輪も可動式なのでカーブも問題ない。それにシャフト部分に鉄が使われているので、悪路でも折れたり曲ることもなさそうだ。
「さすが高級馬車……ん~、景色を堪能しながら飲むコーヒーは格別だぜ」
「本当ですわね。ふふ、いいお味ですこと」
「「…………」」
俺、ブランシュは景色を堪能しながらコーヒーを飲むが、ロッソとアオは微妙な顔。
ロッソは、ブランシュのカップを指差して言った。
「ブランシュ、アンタその黒いのマズイって言ってたのに、フツーに飲んでるよね」
「ええ。最初はミルクと砂糖を入れて飲んでいたんですけれど……砂糖を抜いて飲んでみたら美味しくて、思い切ってそのまま飲んでみたら、その……ハマってしまいましたわ」
そうなんだよ。俺も、子供の頃は親父や爺さんのマネしてコーヒー飲んでたけど、苦いしクソ不味いとしか思わなかった。でもなぜだ……歳を重ねるうちに、自然と飲めるようになり、今じゃ飲まないとやってられないくらいだ。
中毒性……いや大仰な言い方。普通に生活の一部になってるんだな。
「はっはっは。さすがブランシュ、三人の中じゃ一番大人だな」
「ふふ、だそうですよ? 子供のお二人さん」
「むぅぅ……アタシもう大人だし。おっさん、アタシにもその黒いのちょうだい」
「……私、子供でいい」
馬車の旅は始まったばかりだが、思った以上に退屈しなさそうだ。
◇◇◇◇◇◇
数時間後、ヒコロクが止まった。
「お、そろそろお昼かな」
「……今更だけど、お前ら御者やるって言ったのに普通に中にいるよな」
ロッソに言うと「まあ、何かあったら飛び出すって感じの御者で」とよくわからない返しだった。
外に出ると、街道沿いの河原に停車し、ヒコロクが尻尾を振っている。
アオがヒコロクを撫で、馬具……じゃなくて、犬具を外してやった。
「じゃ、お昼は城下町で買ったサンドイッチ盛り合わせ!! アオ、ブランシュ、テーブル用意!!」
「「はーい」」
「俺も手伝うぞ」
ヒコロクにはザツマイに肉と野菜を混ぜたものを食べさせ、俺たちは河原でサンドイッチ。
食べ終わり少し休憩。ヒコロクはアオと木の下で寝そべり、ロッソは川に足を付け、俺とブランシュは椅子に座ってコーヒータイム。
「いやぁ、天気もいいし最高だな……」
「ですわね。魔獣も出ないし、今日はいい日ですわ」
「……やっぱ出るか? 魔獣?」
「ええ、この辺りではコボルトがよく出ますわ。あ、ほら」
と、ブランシュが川の対岸を指差すと、木の上でコボルトが弓を引いている。
ギョッとした。狙いは川でバタ足をしているロッソ。
俺は口を開けかけた、が。
「大丈夫ですわ」
ブランシュが言い、矢が放たれた。
狙いは正確。ロッソに向けて矢が飛ぶ……が、ロッソは欠伸をしながら右手を上げ、人差し指と中指で飛んできた矢を挟み取った。
「ん? コボルト……遠いしめんどくさっ」
ロッソはギロリと睨んだ。それだけでコボルトは震えあがり、木から落ちて逃げ出した。
「まあ一応、エーデルシュタインで最強の七人の内一人なので」
「こ、心強い……」
この旅、魔獣襲ってきても問題なさそうだ……その点では感謝だな。
◇◇◇◇◇◇
休憩終わり、再びヒコロクに寝台荷車を引いてもらう。
「今日は野営。明日は近くの町まで行けるかなー」
「まあゆっくり行こう。天気もいいし……馬車で海の国ザナドゥまでどのくらいだっけ?」
「ヒコロクなら四日ですわね。この子、一週間くらい不眠不休で動けるので」
「い、いいのか? なんか悪いな……」
「……そう思うなら、海の国ザナドゥでお魚食べさせてあげて」
窓から御者席を見ると、ヒコロクがスタスタ荷車を引いている。
こうして見ると、馬よりちょいデカい柴犬にしか見えん。メチャクチャ可愛い後頭部だぜ。
そして、ヒコロクが走ること数時間、暗くなってきたので、街道沿いの岩場付近に停車。
川が近くにないので、水は積んである樽からだ。
「よし。晩飯は肉鍋にするか」
「わお!! アタシ大好きっ!!」
「お肉、いいですわね。味付けはどうしますか?」
「辛い系、淡白系、塩系の三つだ。小型の魔導コンロ三つ持ってきて正解だぜ」
というか、メシ作るの普通に俺なのな。
まあいい。三つの鍋に野菜と肉を大量に入れ、それぞれスパイス、牛乳、塩で味付けする。
完成した三つの鍋を前に、俺は言う。
「さぁ、おあがりよ!!」
ちょっと昔の料理漫画っぽくなってしまった。
三人は目を輝かせ食べ始める。
「んまぁ~!! 辛いお肉うっま!!」
「んん~!! ミルク鍋というのですか? まさか、お鍋にミルクを入れるなんて……まろやかですわぁ~!!」
「塩、シンプルでいい……おいしい」
三人は美味しそうに食べている。
俺はザツマイをエサ皿に入れ、細かくしたブロック肉と野菜を混ぜ、ヒコロクの元へ。
水の皿にたっぷり水を入れ、ヒコロクの前に出した。
「今日はお疲れさん。いっぱい食べて、明日もよろしくな」
『オフ、オフ』
ああ、任せな。
そんな風に鳴き、ヒコロクはエサを食べ始めた。
さて、テーブルに戻ると……そこにあったのは。
「……おい、もう空っぽじゃねぇか!? スープと肉野菜の欠片しかねぇ!?」
「えへへ、ごめんごめん。おいしくってさー」
「ご、ごめんなさい……うう、淑女とあろう者が、はしたないですわ」
「……満足」
「むぅ……お、待てよ?」
ふと思いついた。
俺は、カバンに入れておいた非常用のおにぎりを出し、スープしかない鍋に入れる。
そして、少し肉と野菜を追加し、いい感じに煮えたところで言った。
「ふっふっふ……鍋のシメといえば雑炊だな。いい感じに肉野菜のダシも出てる。ホントは麺とかいいんだけど、この世界にラーメンってないんだよな」
「「「…………」」」
「お、おい。そんな目で見るな。俺の晩飯だからな」
ロッソたちがジッと見ていた。
ザツマイのこと犬のエサとか言ってたのに、美味そうなモン見て目を輝かせてる。
とりあえず、俺はお椀に三種の雑炊を入れ、辛鍋の雑炊を啜る。
「……うん、うまい!! いやあ、あったまるな」
「……おじさん、おいしそう」
「な、なんかザツマイって美味そうな気がしてきた」
「ひ、ヒコロクのご飯としか思ってませんでしたけど……ごくり」
すると、アオが俺の腕をギュッと掴んで胸を少し押し付ける。
「おじさん……ちょっと食べさせて。おねがい」
「お、おい……ああもう、仕方ないな」
「ほほう。おっさんアタシもっ!!」
「うおお!? おいくっつくな!!」
「ふ、二人ともずるいですわ!! わ、わたくしだって!!」
「わ、わかった。やる、やるからくっつくな!!」
こうして、楽しい夕食は過ぎていく。
俺たちの傍で、ヒコロクが大きな欠伸をするのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます