夏の新製品バトル③

 新製品バトルから五日目、ここまで一度もサンドローネはバリオンに勝てなかった。

 五日目の売り上げでも敗北……ぶっちゃけると、バリオンは魔道具技師としてではなく、経営者の方が向いていることがわかった。

 五日目の勝利を終え、バリオンは高笑いして帰って行った。

 そしてサンドローネは歯を食いしばり、俺の胸倉を掴む。


「どうして……どうして勝てないのよ!! あなたのミスト噴霧器、毎日毎日売り上げが上がってるのよ!? ヘアアイロンだって在庫がなくなりそうなのに……それなのに、バリオンに売り上げで負けている!!」

「……こればかりは、バリオンの経営戦略の勝ちとしか言えないな」


 俺はこの五日間で、バリオンが何をしているのかだいたい理解できた。


「……どういうこと」

「お前は確かに頭がいい。でも、今回は頭に血が上ってるせいか、視野が狭い」

「……え?」


 俺はサンドローネの手を外す。

 リヒターも、ロッソたち三人も俺たちのやり取りを見て黙っていた。というか……口が出せなかったんだろうな。

 俺は確信したことを言う。


「……バリオンは、日焼け止めクリームと保湿クリームのセットを、エーデルシュタイン王国じゃない、海の国ザナドゥに売ったんだ」

「……え」

「お前は国内売上にこだわり……いや、見えていなかったのか。バリオンは、国内で販売している間に、日焼けが当たり前の海の国ザナドゥに向けて、セットのクリームを売り捌いたんだ。しかも、五日目の今日、お前に絶望的な差を見せつけるためにな」

「…………」

「参ったな。正直、嫌味な野郎で大したことないと思ってたけど……一流商会の商会長って肩書に間違いはなかった」

「…………じゃあ」

「ああ。お前の負けだ。もう、ペリドット商会に逆転することはできない」


 俺はきっぱり言うと、サンドローネが顔を伏せてしまう。


「保湿クリーム、日焼け止めクリームは『消耗品』だ。サンプルを見てわかったが、早ければ二週間もしないうちになくなる。神経質な人は毎日塗るだろうな……もしかしたら、初日に買ったクリームがなくなって、五日目の今日また買う人もいるかも。でも、ミスト噴霧器とヘアアイロンは、一つ買えばそれでいい。魔石は消耗品でアレキサンドライト商会で交換する必要があるけど、一年に一度くらいの交換で済むしな」

「…………」

「サンドローネ。今回の勝負は、お前の負けだ」

「…………っ」


 すると、リヒターが俺を見て「そこまでにして……」みたいな顔で見た。

 だが、ここで言うのを止めたら、サンドローネは成長しない。


「サンドローネ。どうする? お前はバリオンに負けた……このまま、あいつの第二婦人になるか? それとも、諦めないか?」

「…………」


 すると、リヒターが前に出る。


「お嬢……私は、何があってもお嬢について行きます」

「……リヒター」

「あなたは、スラム街で死にかけていた私に居場所くれた。孤児だった私に食事を与え、護衛としての教育を与え、あなたを守る立場をくれた。あなたが諦めるならついて行きますし、諦めないなら……共に戦います。それが私の忠誠です」

「…………」


 リヒターが胸の前で腕を組む。

 愛ではない。忠誠……決して恋愛にならない想いが、そこにあった。

 ブランシュなんて「素敵……」って震えてるし。

 サンドローネは髪を掻き上げ、煙草を取り出し火を着け、煙を吐き出す。


「ふぅーっ……取り乱してごめんなさい。ゲントク、私は諦めないわよ。最後まで戦うわ」

「……その言葉が聞きたかったぜ」

「で、策はあるのね? そういう言い方するってことは、まだ手がある」

「……まあ、な」


 正直……手というか、黙認していたことだ。

 俺は、袖をまくって腕を見せつけた。


「……なに、それ?」

「もう、何もしなくていい。明日……お前は勝つ」

「……え?」

「うし、今日は解散。サンドローネ、明日になれば全部わかるはずだ」

「……え、ええ」


 こうして、この日は解散となった。


 ◇◇◇◇◇◇


 六日目。

 俺は屋敷近くの喫茶店で朝食を取っていた。

 パン、ベーコンエッグ、野菜スープ、サラダに紅茶。デザートはカットした異世界オレンジ。

 店内の魔道具からは音楽が流れ、さらにいい香り……なんと店内にはミスト噴霧器があり、薬草水が噴霧されいい香りが漂っていた。


「はあ~……紅茶もいいなあ」


 実は、商業ギルドに依頼して、コヒの豆を栽培している農家と専属契約した。これで家に定期的に、コヒの豆が届く。

 今日は、焙煎した豆を瓶に詰め、職場に持っていく。

 ブランシュにカフェオレ飲ませないとな。約束、まだ果たしていないし。

 喫茶店を出て、新聞片手に会社へ到着。そこにはブランシュ……だけじゃない。アオ、ロッソもいた。

 三人とも、少しだけ表情が暗い。


「おっす。ブランシュ、今日はカフェオレ淹れるから楽しみにしておいてくれ」

「は、はい……あの、おじさま。昨日はどういうことで……?」

「ま、中に入れ。カフェオレ美味いの淹れてやるよ」


 事務所に行き、三人分のカフェオレを入れる。

 コーヒーを濃く炒れ、砂糖とミルクで割る。氷を入れたグラスに注いで完成だ。

 さっそく飲む……うん、甘くておいしい。自作のカフェオレには砂糖を入れるんだが、たまにはこういう甘いのも美味い。


「まあ、おいしい……」

「だろ?」

「うんまっ!! おっさん、おいしい!!」

「おかわり、いい?」

「ああ、いいぞ」


 のんびりとカフェオレを味わっていると……リヒターが飛び込んできた。


「げ、ゲントクさん!! ぺ、ペリドット商会が……」

「商品買った人が殺到してんだろ。初日、二日目に買った人たちが」

「……え? え、ええ。な、なぜそれを……」

「……とりあえず、結果出るまで待つか」


 俺はカフェオレを飲み干し、おかわりをグラスに注ぐのだった。


 ◇◇◇◇◇◇


 夕方、のんびり夕刊を(たまたま夕刊売りがいたので買った)を読んでいると、困惑したようなサンドローネ、そして髪がボサボサ、眼が血走ったバリオンが入ってきた。

 税務調査官も一緒。この二人、顔色変わらねぇな。


「き、さまァァァァァッ!! 一体、何をしたんだァァァァァッ!!」


 入るなり、バリオンが叫んで俺に掴みかかろうとした。

 驚くサンドローネ、リヒターが前に出て守る。

 俺の前には、剣を構えたロッソ、槌を担いだブランシュ、両手のリストブレードを展開したアオが立ち、見たことないような冷たい目でバリオンを睨む。


「ひっ……」


 バリオン、急停止。

 バリオンの護衛であるモヒカン、スキンヘッドも、ロッソたちにビビり動けなかった。

 俺はロッソの頭をポンと撫でると、三人は戦闘態勢を解いた。

 そして、税務調査官が咳払い。


「えー……ペリドット商会が営業不可能となったので、勝負はアレキサンドライト商会の勝ちとします」

「がァァァァァッ!! なんでだぁぁァァァァァッ!!」


 髪を掻き毟るバリオン……こりゃ、予想通りだな。

 税務調査官は仕事が終わったとばかりに出て行き、残されたのは俺たち。

 サンドローネは、勝利より気の毒さを感じているのか、俺を見て言う。


「ゲントク……どういうこと?」

「大方、ペリドット商会に多くの女性が駆け込んで文句言ったんだろ。女性の旦那とか、護衛とかが店で大暴れしたとかもあるか?」

「え、ええ……店は壊滅状態、騒ぎに乗じて略奪もあったらしく、本店、支店共にひどい有様みたい」

「その答えは、これだよ」


 と、俺は腕まくりし、二の腕に付いた『アザ』を見せた。

 バリオンはそれを見てハッとなり、その他全員が首を傾げる。


「アザ? あなた、怪我でもしたの?」

「違う。これは、ペリドット商会の保湿クリームを塗り続けてこうなったんだ」

「……え?」


 俺はため息を吐く。

 俺の二の腕は、赤く火傷したような状態になり、周囲に黒い斑点のようなモノができていた。


「この保湿クリームは失敗作だ。塗り続けると、皮膚に異常が出る。恐らく……俺のレシピ通りにクリームを作って、香料とか追加したんだろうな。で、試しに皮膚に塗ったらスベスベになり、そのまま『完成』ってことにしたんだろ」

「……ッ」

「確かにスベスベになる。でも、塗り続けるとどうなるかなんて検証、してないんだろうな」

「……グギギ」


 サンドローネは気の毒そうに言う。


「……ペリドット商会の本店、支店に、顔に異常が出たと怒鳴り込んでくる女性客が大勢いたそうよ。女性の旦那さんや護衛が従業員を殴って騒ぎになったり、店をメチャクチャにしたり、騒ぎに乗じて略奪行為が起きたり……王都中のペリドット商会が、被害にあったらしいわ」

「……ブランシュ」

「は、はい」

「これ、治せるか?」


 ブランシュは癒しの聖女だっけ……回復魔法が使える『光』属性だ。もしかしたら俺も習えば覚えられるのかな……魔法は開発に使うって決めたけど、回復魔法くらいは覚えようかな。

 ブランシュが俺の二の腕に魔法の光を当てると、アザは綺麗に消えた。


「……これは病気に分類されるモノですわね。しっかりとした医院に数日通えば消えると思いますわ」

「え……俺の消えたけど」

「うふふ。わたくしは特別ですので」

「あ、ありがとな……あとでお金払うよ」


 バリオンは、ふらふらと立ち上がった。


「もうおしまいだ。ペリドット商会はもう信用を無くした。店もメチャクチャ、何もかも奪われた……これも全部、サンドローネ……そしてゲントク!! お前のせいだ!!」

「ふざけんじゃねえ!!」


 俺は怒鳴った。

 腹の底から出た。魔力が一瞬だけ暴走し、紫電が爆ぜた。

 ギョッとするバリオン。


「確かに、これを作ったのは俺だ。でも……これを盗んで、検証もせずに売りに出したのはお前だろうが!! 俺は言ったぞ、販売をやめろってな」

「う、ぐ……」

「目先の利益に囚われて、自分の欲望のために顧客を危険にさらすお前は、魔道具技師の資格はない!!」

「だ……黙れェェェェ!! お前が、お前が悪いんだァァァァァッ!!」


 バリオンが向かってくる。

 ロッソたちが無力化しようとするが、俺はロッソたちを制し前に出た。

 そして、拳法の構えを取り、殴りかかってきたバリオンの拳をいなし、そのまま胸に連続で拳を叩きこみ、手刀を首に叩きこむ。


「っがぁ!?」

「少しは、反省しろ!!」


 腰を落とした正拳突きを顔面にブチ当てると、バリオンは床を転がってソファに激突した。


「ぶ、ぶがが……き、きざまァァァァァッ!! このボクに、貴族の顔を殴るなんて、きさま、きざま」


 そ、そういやこいつ貴族だった……ちょっとやりすぎたかな。

 サンドローネが何かを言おうとした時だった。

 いきなり事務所のドアが開き、数人の兵士が入り、初老の男性が入ってきた……え、誰?


「ま、マルセリーノ閣下……!!」

「パパぁ!!」


 驚くサンドローネはすぐに頭を下げ、バリオンは鼻血を拭って立ち上がる。

 

「……バリオン」

「パパ、聞いて!! こいつらが」

「いい加減にせんか!! この馬鹿者が!!」

「ふひぃ!?」

「うおっ」


 メチャクチャ全力で怒鳴った。

 そして、サンドローネに頭を下げる。


「今回の件、バカ息子が多大な迷惑をかけた……サンドローネ嬢」

「い、いえ……」

「婚約破棄の件だけではない。アイオライト伯爵家にも迷惑をかけた……そなたの追放は、ジャスパー侯爵家の責任でもある」

「……その件はもう過ぎたことです」

「申し訳ない……この馬鹿者に、侯爵位はまだ早かった。ペリドット商会はワシが引き継ぎ、被害者への補償、治療の手配をする」

「えええ!? ぺ、ペリドット商会はぼくの」

「黙れ!! 貴様は、ジャスパー侯爵家の名に泥を塗ったとなぜ気付かない!! 貴様のせいで、王妃の顔に消えない傷が付くかもしれんのだぞ!?」

「お、おうひ?」

「忘れたとは言わせん。王妃にクリームを献上したな? それだけじゃない。貴様のクリーム……すでにザナドゥにも渡っている。先ほど遣いを出したが、ここからザナドゥまで一週間……被害が出るのは確定だ」

「…………」


 バリオンは真っ青になり、ようやく事態の深刻さを悟ったようだ。

 俺はブランシュを見ると、ブランシュは頷く。


「ジャスパー侯爵閣下。はじめまして……わたくしは『鮮血の赤椿スカーレット・カメリア』のブランシュと申します。先ほど確認しましたが、わたくしの魔法なら、悪質クリームで付いた傷を癒すことが可能です」

「なんと。それは朗報だ……感謝する」


 侯爵は再びサンドローネへ。


「このままジャスパー侯爵家は取り潰しに合うかもしれん。だがそうならぬよう立ち回るつもりだ。サンドローネ嬢……この息子に制裁を与える権利があるが、どうする?」

「そうですね……」

「ひっ」


 バリオン、なんかもう憐れだな……怯えてソファに隠れちまった。

 サンドローネはニヤリと笑う。


「では、本日より十年間、ペリドット商会ならびに提携店全ての『トイレ清掃員』としての勤務を」

「はああああああああ!?」

「……わかった。では本日よりバリオンは、ペリドット商会『トイレ清掃員』として働くことを命ずる」

「ぱ、ぱぱ。じょ、冗談だよね」

「……では、失礼する。おい!! その清掃員を丸刈りにしろ!! 掃除の作法を叩きこめ!!」

「えええええ!? いやだああああああああ!! サンドローネえぁぁぁぁぁぁ!!」


 バリオンは、兵士に抱えられ連れて行かれた。

 なんか最後は可哀想……というか、憐れだった。

 バリオンたちが去り、しばらく静寂となり……サンドローネが言う。


「勝ったのだけれど……なんだかすごい疲労感」

「ま、そんなもんだ。正直……あまりいい勝ち方じゃない」

「……ゲントク?」

「俺は、あのクリームに欠陥があるってなんとなく気付いていた。でも、お前が勝つためには黙ってるしかなかったんだ。販売をやめろとは言ったが、やめるつもりなんてないってわかってたしな。だから……こうなる可能性があるって知ってて何もしなかった。クリームを使った女性たちに、合わせる顔がないよ」


 顔に傷が残る人がいたら……俺の責任でもあるだろうな。

 すると、ブランシュが言う。


「ご案内を。わたくしがいる限り、そんな心配はありません。おじさま……この『白のブランシュ』の回復魔法を、舐めないでくださる?」

「……ああ、ありがとうな」

「ふふ。カフェオレのお礼です。わたくし、これから治療に参りますので」

「ああ、頼む」


 ブランシュは出て行った。

 ロッソ、アオも一緒に行き、残ったのはサンドローネとリヒター。


「とりあえず……今日は疲れた。もう帰ろうぜ」

「ええ、そうね……ねえゲントク、一杯飲んでいかない? 少し飲みたい気分」

「だな……あ~あ、疲れたな」


 こうして、アレキサンドライト商会とペリドット商会の戦いは、幕を下ろすのだった。

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