夏の新製品バトル①

 数日後。

 俺の会社にサンドローネ、リヒター、『鮮血の赤椿スカーレット・カメリア』の三人。

 そして、バリオンとその護衛数名が集まり、一階の作業場で向かい合っていた。


「さて、サンドローネ……いよいよ明日、それぞれの商会で新商品の販売となる」

「そうね。勝負は、一週間……『新製品』のみの売り上げで勝負よ。公平を期すため、商業ギルドから税務調査官を二名派遣してもらった。その方たちに、新商品の売り上げをチェックしてもらう」

「買収は無駄ということか」


 税務調査官……相手が王族だろうが、税に関する不正を見逃さない、鬼のような連中だとか。お金に関することならまず間違いを起こさない。

 バリオンとか不正するかもしれんけど、税務調査官が入るなら大丈夫か。

 

「こちらの新製品は二つ。ヘアアイロン、ミスト噴霧器よ」

「こちらは、日焼け止めクリームと保湿クリームだ」

「……日焼け止めクリームは、前からある商品じゃないの?」

「ふふ。商品は常に進化するものだ。新しく販売される日焼け止めクリームは、保湿クリームとのセット商品でね……まあ、問題はないだろう?」

「そうね。問題ないわ……」

「あのよ、お前ら……火花散らすの勝手だが、なんで俺の会社で最終打ち合わせするんだよ」


 思わずツッコミを入れるが、二人に無視された……別にいいさ、うん。


 ◇◇◇◇◇◇


 その日の夜。

 俺は屋敷から近い居酒屋で、冷たいエールを飲んでいた。

 一緒にいるのはリヒターとイェランだ。こうして一緒に飲むことはけっこうある。


「で、明日が勝負開始で、一週間後に決着か……さて、どうなるかねぇ」


 俺はピクルスを齧り、エールを飲む。

 するとイェランがジョッキをドンとテーブルに叩き付けた。


「お姉様が負けるわけないし!! ってか、あのミスト噴霧器とヘアアイロン、自信作だし!!」

「確かに……私もそう思います」

「う~ん……俺もそう思うけど、ちょっと心配あるんだよな」

「心配? ってかゲントク!! 製氷機とか懐中電灯とかで忙しくて、ミスト噴霧器とかでさらに忙しかったのに、エアコンとかわけわからんの持ち込まないでよ!! お姉様は気遣ってくれるけど、それでも魔道技師たちめっちゃ忙しいんだから!!」

「俺に言うなよ……エアコンは来年の新製品でいいだろ?」

「ははは……イェランさん。お嬢も『来年でいい』と言っていたじゃないですか」

「でもでも、早く完成させて驚かせたいし!!」


 イェランは、ジョッキを掲げ「おかわり!!」と叫ぶ。


「そーいやゲントク、勝負終わったらどーすんの? なんか予定ある?」

「ある。せっかく夏だしな……海に行く」

「海!! まさか、隣のザナドゥに行くの?」

「おう。来月が夏本番で、一日にはロイヤリティ入るしな。製氷機の売り上げ、かなりいいんだろ?」


 リヒターはジョッキを飲み干して頷いた。


「ええ。正直、想定を上回る売り上げで……生産が追い付いていない現状です。ザナドゥで思い出しましたが、ザナドゥにある飲食ギルドからの製氷機の注文が大量に入りまして……ゲントクさん、来月お支払いするロイヤリティ、相当な金額になりそうです」

「おう、期待してるぜ」


 ちなみにこの世界、銀行もあるし、魔道具のキャッシュカードもある。

 しかも、本人の魔力を検知して使うタイプだから窃盗の心配もない優れものだ。

 今の時点で、数億セドルの預金がある。マジで海の国ザナドゥに別荘買おうかな。


「ゲントク。海には一人で行くの?」

「予定ではな。でも『鮮血の赤椿スカーレット・カメリア』も海に行くって言ってたし、もしかしたら一緒になるかもしれん」

「いいなあ。アタシらも夏休みあるけど、遠出する気力起きないな……せいぜい、近場の湖で水浴びするくらい。お姉様に新しい水着着せたいな」

「お前が着るんじゃないのかよ」

「アタシは何でもいいの。お姉様……ああ、あの美貌、あのスタイルでいろんな男寄ってくるのに、誰も相手にしない。アタシがもらいたい」

「はっはっは。もらってやれ」

「……アンタは? 結婚しないの? もうだいぶおっさんだけど」

「やかましい。俺は結婚しない。一人で気ままに、自由にやりたいことやる生活が大好きなんだ。常に傍に女がいるなんて御免だね」

「変なヤツ」


 まあ、俺は変わってるんだろうな……でも、別に気にしない。

 ふと、リヒターを見た。


「そういや、リヒターは結婚とかしないのか?」

「いえ、私はしません。生涯、お嬢に忠誠を捧げると誓ったので」

「ふーん。じゃあリヒターが結婚しちゃえ!!」

「それはあり得ませんね」


 きっぱり言った。

 なんとなくわかる。リヒターは、サンドローネのことを愛しているとか、そういう次元にいない。

 好きの種類が違う。軽油とハイオクみたいに、似てるようで全く違う。

 俺はイェランに言う。


「そういうお前は?」

「アタシはお姉様のこと好き~」


 だいぶ酔ってるな……まあ、こういう奴か。

 俺はおかわりを注文。明日、勝負が始まるのだが、楽しい時間を過ごすのだった。


 ◇◇◇◇◇◇


 翌日、勝負が始まった……が、俺が何かすることはない。

 会社で新聞を読みながら、なんだかんだで病みつきになってるアレキサンドライト商会のブランド煙草『スターダスト』を吸い、コーヒーを飲んでいた。

 現在、事務所のソファではアオが寝そべり本を読んでいる……勝負が終わるまで交代で護衛をしてくれことになっていた。


「おじさん、なんだか余裕そう……勝負、始まったよ?」

「ああ。俺にできることはない。というか……やっぱり気になるんだよな」

「何が?」

「保湿クリームだよ。俺のレシピを改良してるんだったら、やっぱり怖い」

「……前も言ってた。おじさん、何を恐れてるの?」

「……決まってる」


 俺は煙草を消し、新聞を机に置く。


「健康被害、だよ」


 素人が作ったモンを大々的に売り出して、健康被害とか出たらどうするのか。

 そりゃ、検証とかはしてるんだろうけど……モノづくりに関わる者として、やはりそういう心配は強い。というか、怖い。


「俺の作った魔道具で、誰かが傷付いたりしたらと思うとな……」

「おじさん……」

「まあ、何もないことを祈ろう」

「うん。ねえおじさん、海の国ザナドゥに行くんだよね」

「ああ。勝負終わって、金が入ったらな。せっかくだし別荘も欲しい」

「私たち、護衛終わったらザナドゥに行くって決めた。おじさん、一緒に行こう」

「あ~……でもなあ。若い女の子たちと一緒に行くのは、どうも気恥ずかしいな。というか、お前たちは何をしにザナドゥへ?」

「夏は暑いから、海に近いザナドゥで依頼を受けるの。休みの日は遊べるし、ロッソが買った別荘もあるしね」

「なるほどなあ……」

「おじさん、一緒に行こう。護衛、してあげる」

「ふっふっふ……アオよ、こう見えて俺、けっこう強いんだぜ? 爺さんから習った武術と、趣味でやってた格闘術がある」

「魔法は?」

「……それは、魔道具作りで活かしてる」

「おじさん、水魔法と風魔法なら教えられる。攻撃魔法、知りたい?」

「……やめておく。俺、魔道具技師だし、魔法は作るために使うわ」

「そっか。じゃあ、おじさんの格闘術見たい。戦おう」

「……え」


 この日、俺はアオと一階の作業室で、汗だくになりながら素手の格闘をした。

 中国拳法を「おもしろい、教えて」とねだるアオ、迎えに来たブランシュとロッソが、楽しそうに『遊ぶ』俺たちを見てまざり、なぜか三対一での戦いになるのだった。


 さて、勝負の初日は終わったが……どうなったのかねぇ。

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