説明

「───……ってわけで、バリオンの野郎が来た」

「……そう」


 半日後。リヒターと一緒にやって来たサンドローネに事情を説明した。

 割れた窓ガラス、護衛としている『鮮血の赤椿スカーレット・カメリア』を見て眉を潜め、「何があったか説明」と何となく察しているような言い方で詰め寄ってきた。

 現在、ソファに座って足を組み、甘い煙草を吸っているサンドローネ。


「……まあいいわ。バリオンの言う通り、引き抜きは誰でもやることだし」

「ま、安心しなよおねーさん。おっさんはアタシらが守るからさ!!」

「ええ、王国最強の七人の冒険者、そのうち三人も護衛に付くなんてね。安心できるわ」

「サンドローネさま、おじさまが狙われたということは、あなたも狙われる可能性があるのでは?」

「確かに。でも、私にはリヒターがいるから大丈夫よ」

 

 リヒターは無言で一礼。アオがリヒターをジッと見て言う。


「お兄さん、かなり強いね」

「いえ、そんな。あなた方に比べたら、私など」

「……なあ、ロッソ、ブランシュ、アオ。お前たちって有名な冒険者なのか?」


 俺がそう聞くと、三人は顔を見合わせ笑い、サンドローネは額を押さえ、リヒターは苦笑した。

 そして、リヒターが言う。


「前にも少し言いましたが……ゲントクさん。彼女たちはエーデルシュタイン王国最強、千人もいないS級冒険者であり、その中でも実績、実力共に最高レベルの七名のうち三名です」

「……おお」


 驚く俺。リヒターが続ける。


「『赤のロッソ』様は、冒険者最強の剣士であり『爆炎の烈剣』という異名を持つ冒険者です」

「なんか照れる!! 改めてよろしくねっ!!」

「そして『白のブランシュ』様は、冒険者最高の癒し手であり『白麗の聖女』と呼ばれています」

「うふふ、怪我や病気をしたらいつでもどうぞ。もちろん、お代はいただきますわ」

「最後に……『青のアオ』様です。凄腕のアサシンでもあり、『流水の忍者』と恐れられています」

「……その呼び方、好きじゃない」


 すげえ……中二病全開だな。俺も若ければ「かっけえ」って思うんだろうが、ちょっと恥ずかしい。

 するとサンドローネ、リヒターをジロジロ見る。


「詳しいようだけど……まさかファンなの?」

「え!? いやまあその、少し」

「あはは!! 兄ちゃん、サインしてあげよっか?」

「ぜ、ぜひ!!」


 リヒター……お前ってやつは。

 でもまあ、最強の七人とかちょっとカッコいい。ってか冒険者ってエーデルシュタイン王国に百万人くらいいるんじゃなかったっけ。

 エーデルシュタイン王国の人口が日本と同じくらいで、敷地も北海道よりデカいんだよな……なんかいろいろすごいわ。

 そして、サンドローネがこほんと咳払い。


「話が逸れたわね。とりあえず、『鮮血の赤椿スカーレット・カメリア』に護衛されるならあなたは大丈夫でしょうね。問題は……あなたの開発した保湿クリームを、バリオンが盗んだことかしら」

「うーん……これなあ」


 俺は、バリオンが落としたコンパクトをテーブルの上へ。

 蓋を開けると、鏡と保湿クリームがセットになっている。

 ふわりと甘い香りがして、女性陣が「おお~」と目を輝かせる。


「これは、塗ると肌がスベスベになるクリーム、だったかしら?」

「ああ。保湿効果もあるし、薬効成分が肌にいい刺激を与えて、瑞々しさやモチモチ感を引き出す」

「……新聞には、ペリドット商会の日焼け止めクリームと合わせて使うといいって書いてあるわね」

「なあ、ペリドット商会の日焼け止めクリームってどんなやつだ?」

「リヒター」

「はい、お嬢」


 リヒターは木箱から日焼け止めクリームを出した。

 小瓶に入ったクリー……って、これ。


「クリームってか水じゃねぇか……薬草入りの水? なんか濁ってるし、サラサラしてるぞ」

「クリームってそういうものじゃないの?」

「……俺のいうクリームは、こっちの方。まあ別にいいか。で……この日焼け止めクリームを塗って、保湿クリームを塗るって感じか」

「この日焼け止め、わたくしも愛用しておりますわ。日差しはお肌の天敵なので」

「アタシ、そんなの塗ったことないけど日焼けなんてしたことないなー」

「……たまにあなたのことブン殴りたくなりますわ。ロクなお手入れしていないのに、髪はサラサラだし、お肌は白くてスベスベだし……おのれ」


 なんかブランシュが怖い。ロッソは首を傾げているけど。

 すると、アオが保湿クリームに手を伸ばす。


「いい匂い……これ、塗っていいの? スベスベ?」

「待った」


 俺はコンパクトを没収。アオが「あ」と俺をムスッとした目で見た。


「サンドローネ、この国に医者っているか?」

「当たり前でしょ」

「薬草の研究者とか、そういう人は?」

「医者に分類されるわね」

「……こういう日焼け止めとか、クリームとか作る時、医者の意見は聞くか?」

「あるとは思うけど……身体にいい成分の薬草を混ぜて使うのは、素人でもよくあることよ?」

「…………」


 匂いを嗅ぎ、軽く指で掬ってみる。

 

「やっぱりこれ、俺が作ったクリームと同じだ。多少は薬草を追加してるみたいだけど……」

「それが問題あるの?」

「……これ、わかんねぇんだよ。俺は魔道具技師で、医者じゃないし、薬草のことも素人知識。よくわからないやつを人様の肌に塗るような商品、出したくない。正直……これは発売しない方がいいと思う」

「でも、もう量産態勢に入ってるし、あと数日で勝負が始まるわ。何を言っても彼は引かないわよ。それに……その考えが杞憂に終わることもある」

「…………」


 俺はコンパクトを閉じ、テーブルに置いた。


「……はあ」

「ゲントク。あまり気にしない方がいいわ。責任はバリオンにある……それと、ミスト噴霧器の完成品ができたから確認してちょうだい」


 リヒターは、木箱から綺麗なガラス玉に入った魔道具を出した。

 蓋部分にプロペラが付いており、噴射口がある。

 リヒターが水を入れ、薬草を入れてスイッチを入れると、プロペラが回転し、霧がシュワーッと噴き出した。


「「「おおお~!!」」」

「いい香り。化粧水代わりに顔に塗ることもできるし、冷たい霧が部屋の温度を下げてくれる。それに、薬草を入れ替えて様々な香りを楽しめる……夏にぴったりね」

「アタシ欲しい~!!」

「わ、わたくしもです!!」

「……私も」

「ふふ。あなたたちはゲントクの護衛だしね。ガラス球の模様や蓋の色も選べるわ。気に入ったものがあれば、それを送らせてもらうわね」

「やった!! おねーさんありがとっ!!」

「うれしいですわ~」

「やったぜ」


 みんな喜んでいる。

 そうだな……あまり、考えすぎない方がいいかもな。

 しばし、みんなで会話を楽しんだ。ミスト噴霧器や、ヘアアイロンのこと……ブランシュがヘアアイロンに興味を持ち、美容のことでサンドローネと意気投合していた。

 話が落ち着くと、サンドローネが言った。


「さて、さっきから気になってたけど……あれ、何?」


 サンドローネは、天井にあるシーリングファン、そして冷気を吐くエアコンを見た。


「ああ、シーリングファンとエアコンだよ。涼しいだろ?」

「アタシの部屋にもあるー」

「私も」

「ふふ。おじさまに付けてもらいましたわ」

「……またこんな面白そうなものを。まったく」

「ははは。リヒター、これ仕様書な。サンプルなくても、冷蔵庫や製氷機のノウハウあれば作れると思うぞ」

「は、はい」


 用意しておいてよかったぜ。

 空気を循環させるシーリングファン、これは効果あるぞ。

 エアコンも涼しいし……まあ、今夏に間に合わないとは思うが、好きにやってくれ。


「ね、おねーさん。アタシらおっさんと相互契約したんだ」

「え、そうなの? ゲントク……あなた、いつの間に」

「まあいろいろあってな」


 とりあえず……勝負は間もなく始まる。

 なんだか嫌な予感はしたが……俺は成り行きを見守ることにするのだった。

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