バリオン・ジャスパー

 さて、『鮮血の赤椿スカーレット・カメリア』との相互契約から数日……まあ、何か劇的に変わることはない。

 俺は、職場でコーヒーを飲みながら新聞を読んでいた。

 内容は『製氷機。アレキサンドライト商会の新商品は、今夏の救世主』という見出しだ。

 俺の行きつけの居酒屋も氷の入ったウイスキーを提供しはじめたし、キンキンに冷えたグラスで飲むエール(ビールみたいなやつ)はまさに格別だ。

 店員さんに聞いたら、「アレキサンドライト商会の製氷機は飲食ギルドにとって英雄。これからアレキサンドライト商会に頭が上がらない」と喜んでいた。

 俺は新聞をめくる。


「……んん?」


 そこに、気になる見出しがあった。


「……ペリドット商会の新製品。女性のお肌をスベスベにするクリームが登場……? 夏の日差し対策にって……まさか、ペリドット商会がクリームを作ったのか?」


 と、のんきに読んでいると、ドアがノックされた。

 こんな時間に来るのは、サンドローネかな。

 だが、ドアが開かない。サンドローネは遠慮なくリヒターに開けさせるし……誰だ?

 立ち上がり、ドアを開けると。


「やあ」

「───……バリオン・ジャスパー侯爵」

「ふふ、貴族に対する態度じゃないが、今は魔道具技師同士、大目に見よう……入っても?」

「…………どーぞ」


 事務所に入れてやると、ハンカチを取り出し口元に当てた……なんだこいつ。


「ここが、サンドローネの秘蔵っ子の仕事場、か」

「何か御用で? お貴族様が来るには、少々汚いところだと思うんスけどねえ」

「……ははは。そうだねえ。あまり長居するつもりはないから用件だけ……ゲントクくん。サンドローネから、ボクに乗り換えるつもりはないかい?」

「……はあ?」

「引き抜き、というやつだ。魔道具技師の引き抜きなんて、この世界では当たり前のことだよ? 知っているよ……マッチ、製氷機。どれもキミのアイデアだろう?」

「…………」

「頭の固いサンドローネじゃ、あんな製品は作れない。それに、あの魔導文字の構成、実に素晴らしい」

「それはどうも。で……条件は? 今のアレキサンドライト商会以上にお前は支払えるのか?」

「もちろん。アレキサンドライト商会が出す金額の二倍支払おう」


 現在、俺に入ってくる金額は、俺が開発した商品、月の売り上げの二割が入ってくる。マッチが千個売れたなら、二百個分の売り上げが俺に入ってくるのだ。

 製氷機も、これから発売するヘッドライトや懐中電灯、ミスト噴霧器やヘアアイロンなど、冷蔵庫など、作れば作るほど、俺に入ってくる金も大きい。

 しかも税金もアレキサンドライト商会が払ってくれるので、入ってくる金は全部自由……恐ろしいくらいありがたい。じゃなくて!!


「二倍? おいおい、気前良すぎだろ」

「きみにはそれだけの価値がある。例えば……保湿クリーム、とか」

「……おい、なんでそれ知ってる」

「ふふふ。なんでだろうね」


 俺はハッとした。

 そういえば……一階に置いておいた保湿クリームの試作品と仕様書、いつの間にかなくなっていた。探したけどなくて、ロッソがエアコンの話とか持ってきたから、そのまま忘れていた。

 俺は開いたままの新聞を見た。そこには、ペリドット商会の新商品について書かれている。


「まさかお前……俺の作った保湿クリームと仕様書を盗んだのか!?」

「人聞きの悪い。そんな証拠はどこにもないじゃないか。保湿クリームは、ペリドット商会の新商品だよ? 日焼け止めクリームと合わせて、女性の肌に潤いを与える、女性のための道具さ」

「……この野郎」


 とぼけた真似しやがって。

 思わず身構えていると、ガタイのいい男が数人入ってきた。


「さて、ゲントクくん。きみに仕事を与えよう……サンドローネが開発している新製品に、軽く物言いしてくれないか?」

「……あ?」

「例えば『構造に欠陥があったから、少し手直しする』と言ってね……そうすれば、勝負はボクの勝ちになり、不良品を販売したアレキサンドライト商会の信用は失墜……そこを、ペリドット商会が助けるというストーリー展開だ」

「……それ、本気で言ってるのか?」

「もちろん。言っておくけど、真面目に勝負しても負けるつもりはない。でも、サンドローネは少し調子に乗ってるからね。おしおきが必要だ」

「…………ハッ」


 俺は鼻で笑った。


「クソだなお前。本当にダサいぞ……こんな裏工作しないで真面目に勝負しろよ。お前ご自慢の保湿クリームと、俺の作った魔道具、どっちが勝つかはまあ……俺の勝ちだろうけどな」

「……へえ。この状況でそれを言うかい?」


 バリオンの左右に、護衛らしき男が立つ。

 ってか、モヒカン刈にスキンヘッドって……チョイスが古臭い。

 かなりの筋肉質。どうやら腕自慢のようだ。


「まあいい。引き抜けるとは思っていなかった……でも、キミを痛めつければ、サンドローネは悲しむかもね」

「やってみろ。こう見えて俺、けっこう強いぞ」


 構えを取る。

 爺さんから習った詠春拳、趣味で習ったボクシング、空手、柔術に八極拳が火を噴くぜ。

 手を前に出し腰を落とした構えを見て、護衛が言う。


「旦那、こいつなんかやってますぜ」

「だからどうした。骨の一本でもへし折ってやれ」

「へい……行くぞオラァァァ!!」


 来た。

 ガタイのいい男二人、素手……ってか正直怖い。

 でも、ここで引いたら男が廃る。


「行くぜ、ホォォォォォ~~~……!!」


 ◇◇◇◇◇◇


「フン!!」

「おいたはダメですよ?」


 ◇◇◇◇◇◇


 次の瞬間、男二人が窓から吹っ飛んだ。

 何が起きたのか理解できないでいると、俺の左右にロッソ、ブランシュがいた。


「え、え? お、お前ら……?」

「おっさん、ピンチ? なんか余計なことだった?」

「うふふ。おじさま、大丈夫ですか?」

「お、おお……な、何したんだ?」

「「ブン投げた」」


 そ、そうですか。ブン投げましたか。


「ひっ……」

「動くと死ぬ」


 そして、アオがバリオンの首に、リストブレードを突きつけていた。

 フードを被り、口元をマスクで覆っている。なんだかアサシンみたいだ。

 バリオンは叫ぶ。


「う、嘘だろ……あ、『赤のロッソ』に『白のブランシュ』に、『青のアオ』……え、S級冒険者、『七虹冒険者アルカンシエル』の、最強冒険者チーム『鮮血の赤椿スカーレット・カメリア』だと!?」

「せ、説明口調……なんかテンプレだな」

 

 アオは目元を細めて言う。


「その青のアオって言い方、好きじゃない……」

「ひぃぃ!?」

「アオ、殺しちゃダメよ。なんでおっさん狙われたの?」

「ああいや、仕事というか、なんというか……アオ、殺さないでくれ」

「指、落としていい?」

「ひいい!?」

「やめとけやめとけ。その人、貴族だぞ」

「……むー」

 

 アオはリストブレードをカシャンと戻し、俺の方へ。


「くっ……い、いい気になるなよ!! いいさ、正々堂々と勝負してやる。お前……ボクの誘いを断ったこと、後悔させてやるからな!!」


 そう言って、バリオンは出て行った。

 静かになり、俺は壊れた窓を見てため息を吐く。


「はあ……」

「おっさん、なんかあったの?」

「……どこまで説明したらいいのか」

「おじさま、狙われているなら、わたくしたちが護衛に付きましょうか? もちろん、お金はいただきますけど」

「……それいいね。おじさん、守るよ」

「だなあ……とりあえず、来てくれてありがとう」

「いいよ別に。遊びに来ただけだし、事情聞かせてよ」


 とりあえず、三人も捲き込んじまったし、説明しないとなあ。

 と……ブランシュが「あら?」と言い、何かを拾った。


「なにかしら、これは」

「ん? どうした?」

「いえ……白いコンパクトが落ちてまして」


 受け取り、蓋を開けると……そこには白いクリームがあった。

 この匂い、間違いない……俺の作った保湿クリームと同じだ。少し改良してあるみたいだけど。


「ったく、泥棒しやがって」

「おっさん、お茶飲みたい」

「お菓子も」

「おじさま、窓……ごめんなさい」


 とりあえず、まずは三人娘をもてなすとするか。

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