新製品バトル

 玄徳が『鮮血の赤椿スカーレット・カメリア』と相互契約を結んでいる頃。

 アレキサンドライト商会本店では、早朝から『製氷機』を求め、大勢の客が訪れていた。

 アレキサンドライト商会本店は、マッチの成功を機に王都中央に五階建ての店を建設。魔道具商店としては破格の大きさを誇るが、製氷機発売の日は店に入りきらないほどの人が並んでいた。

 

「製氷機くれ!!」「氷のやつ!!」

「このリースってどこで契約!?」「おい押すな!!」


 在庫が余るほど、大中小サイズの製氷機を発売した。

 サンドローネの読み通り、「こんなに作っても余る」くらいの量を開発したのだが……それでも、在庫が怪しくなるほどの売れっぷりだ。

 リヒターは、事務所でもある五階の窓から下を眺めつつ言う。


「予想以上の人ですね……警備の数を倍に増やして正解でした」

「リース契約は?」

「想定の六倍以上の申し込みです。製氷機の数は足りますが……」

「工場に追加生産の依頼。それと、全従業員にボーナス支給するから。お給料の三ヶ月分のお金を用意しておいて」

「かしこまりました」


 今日の売上、これからの売上から見ても、全従業員に給料の三ヶ月分のボーナスを支払ったところで問題ない。むしろ一年分でも平気である。

 サンドローネはクスっと微笑む。


「アレキサンドライト商会はまだまだ成長する。ふふふ……ゲントクにもボーナスあげないとね」


 ◇◇◇◇◇◇


 夕方、ようやく店頭も落ち着き、戦場のような賑わいも終わった。

 サンドローネが三階、二階と店内の様子を確認し従業員をねぎらう。

 今日は早めに店じまい。夜勤担当の職員と入れ替わりだ。

 夜勤は、店内清掃と商品補充、そして今日の売上チェックなどが仕事。夜勤担当である初老の女性が、サンドローネに向かって頭を下げた。


「お疲れ様です。お嬢様」

「ええ、サリー、あとはよろしくね」

「はい。お任せください」


 サリーは、サンドローネが信頼する数少ない人間。

 元、アイオライト伯爵家メイド長であり、サンドローネが追放されるや否や伯爵家を辞め、サンドローネに付いて来た。

 元メイドなだけあり、掃除は当然のこと、経理や事務にも精通し、アレキサンドライト商会になくてはならない存在である。

 現在、弟子である孫のティナリと夜間担当で来ていた。


「ティナリ、お掃除よろしくね」

「はい、お嬢様!! ピッカピカにしますので、お任せください!!」


 ティナリ。現在十八歳の青年で、サリーの孫。

 執事見習いとしてアイオライト伯爵家にサリーのコネで入ったのだが、サンドローネに惚れた。貴族と平民で想いが通じることはないと諦めていたが……追放され、平民となったサンドローネならワンチャンあると思い、サリーと一緒についてきた。

 だが、その想いは空回りし、サンドローネからは『元気いっぱいの弟クン』としか思われていないという悲しい青年でもあった。


「よっしゃ、婆ちゃん、オレ掃除するから!!」

「うるさいね。いちいち騒ぐんじゃないよ。それと、掃除終わったら経理の手伝いだからね」

「えええ……オレ、計算苦手だあ」

「甘ったれたこと言うんじゃないよ!!」


 いつもの、孫と祖母の会話に、サンドローネはクスっと微笑む。

 本店を出ると……そこにいたのは。


「やあ、サンドローネ」


 バリオンだった。

 いい気分だったのに、最悪な気分になるサンドローネだった。


 ◇◇◇◇◇◇


 バリオンは、やや困ったように言った。


「こうして会いに来たのは、勝負についてなんだけど……やめないかい?」

「あ?」


 サンドローネは、青筋を浮かべ、ドスの利いた声を出してしまった。

 リヒターが「やばい……」と思うが、バリオンは気付いていないのか言う。


「いやあ、意味がないと思ってね。きみも感情的に言ったんだと思う。きみがボクの気を引きたい気持ちはよく理解できる。わかっている……まだボクに未練があるんだね?」

「…………」

「だからボクは決めたんだ。妻の説得もした……キミを第二婦人として迎える準備はもうできている。サンドローネ……これまでのこと、全て水に流そう。これからはボクの下で、アレキサンドライト商会と、ペリドット商会を共に繁栄させていこう」

「…………」

「夫婦で、ボクとキミが広告塔になれば、二つの商会はもっと大きくなれる。勝負なんて意味はない。一緒にやることが、ボクとキミの未来へ続く道なんだ」

「…………」

「サンドローネ。一緒にやろう。一緒に、これからの未来を」

「死ね」


 バリオンの手がピタッと止まった。

 リヒターはもう真っ青である。


「あなた、馬鹿? どうやら……美容のこともわかっていない、それどころか挑まれた勝負も逃げる腰抜けだったのね。今までは怒りであなたを拒絶していたけど……今はもう、生理的な意味で拒絶するわ。あなた、本当に気持ち悪い」

「…………」

「第二婦人? そもそも、あなたが真実の愛とやらに目覚めて私との婚約を破棄したんじゃない。それが何? 妻を説得して私を第二婦人に? それが真実の愛なの? そんな醜悪な愛、向けられただけで怖気がするわ」

「…………」

「それに、勝負すると言ったのは私だけど、あなたは受けると言った。私はそれに向けての準備もしているし、夏に向けての新作魔道具も開発を終えて製品化の準備もしている。あなた、何をしているの? 私にそんなくだらないこと言うヒマあるの?」

「…………」

「勝利を確信でもしていない限り、そんな余裕ぶった態度はできないわね。よっぽど自信のまる魔道具でもできたのか、それともハナから勝負するつもりがないのか……だとしたら、挑まれた勝負から逃げる腰抜けってことね」

「…………サンドローネ」

「前から気になっていたのだけれど、気安く呼び捨てしないでくれる? ジャスパー次期公爵様」

「……はぁ」


 バリオンはため息を吐き、困ったようにほほ笑む。

 サンドローネは、その困ったような微笑み、人を小馬鹿にしたような微笑みが大嫌いだった。


「夏の新商品はもう開発を終えているよ。新しい商品は、これからの美容界に未来をもたらす、素晴らしい商品だ……ボクの勝ちは確定している。だから、意味がないって言いに来たんだ」

「それはそれは。で、勝負はいつかしら?」

「……後悔するよ。サンドローネ。この勝負に負けたら、ボクの傘下に入るんだ」

「じゃあ、私が勝ったら……」

「ペリドット商会はキミの物だ。好きにするといい」

「はあ? あなたの手垢が付いた商会なんていらないわ。そうねぇ……ペリドット商会の商会長を辞めて、あなたは清掃員の下っ端として働きなさい。ふふ、トイレ掃除に精を出すあなたを見てみたいわ」

「……下品な」

「じゃ、勝負の日程は……夏の始まる八の月から。あと半月……準備することね」


 それだけ言い、サンドローネは去った。

 バリオンはその後ろ姿を見送り、フンと鼻を鳴らす。


「やれやれ。あんな下品な女だとは……身体は一級品だが、性根は三級以下。口を塞げばまあ抱ける。フン……まあいい」


 バリオンは、ポケットから小さなコンパクトを取り出す。

 蓋を開けると、中には白いクリームが入っていた。


「もうすぐ完成する。美容品の革命……フフフ、サンドローネは驚くだろうなあ。まさか……愛しの魔道具技師が開発したモノだとは思うまい」


 バリオンはコンパクトを閉じ、そのまま歩き出した。

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