第三章 ペリドット商会との死闘

キャンプ帰り

「お前ら、ありがとうな。楽しいキャンプだった」

 

 キャンプから帰り、俺は職場の前まで送ってもらった。

 三人娘、そしてデカい秋田犬のヒコロク。本当に世話になった。

 ロッソは笑顔で言う。


「こっちも楽しかったよ!! おっさんの料理も美味かったし!!」

「ええ、本当に……おじさま、今度コーヒーを飲ませてくださいね」

「おじさん、釣り道具……お願いね」

「ああ。キャンプギア、お前たちの分作っておくよ。何日かしたら取りに来てくれ」

『オフゥ』

「ヒコロクも、またな」


 俺はヒコロクを撫でると、嬉しそうに耳をパタパタさせた……可愛い。

 三人娘と別れ、俺は事務所へ。


「随分と、人気者になったようね」

「……なんでいるんだよ」


 事務所には、どこか不機嫌なサンドローネがいた。

 リヒターが「すみません……」って表情で俺を見ている。

 俺はカバンを置き、サンドローネの前に座って煙草を出し、マッチで火を着けた。


「っぷはぁ……いや~楽しいキャンプだったぜ。聞いてくれ、デカい魚釣ってよ、潮汁にして食べたんだ。で、まさかのコメを発見……くっくっく。俺、これから米を主食にするわ」

「……意味不明なんだけど」


 サンドローネも煙草を出す。リヒターがマッチで火を着けると、甘い煙を吐いた。

 煙草……吸えば吸うほど身体にいいって、日本でもこういうのあればなって思うぜ。


「で、新製品作ったの?」

「俺の趣味で作った道具はいくつかあるけどな」


 俺はリヒターに、ポップアップテントの改善案をまとめた書類を渡す。

 そして、欠伸をして言った。


「なあ、製氷機とかできたのか? 冷蔵庫とかも案出しただろ?」

「もうすぐ完成。夏前には何とか売り出せるわ。今、新聞社に掛けあって発売前に特集を組んでもらうことになったの。アレキサンドライト商会が考案する『リース・プラン』もね」

「ほお、夏前ってのはいいな。これから暑くなるし、酒場で冷たい酒飲みたくなる」

「同感。でも……いいの?」

「あ?」

「その、リースも、製氷機も、あなたの考案した魔道具だから。私が発表すれば、功績は全て私に……魔道具開発者や、魔導文字を登録したのはあなただけど、世間では私の名前しか」

「パス」


 俺は手を振ってめんどくさそうに言った……というか、めんどくさい。


「俺、そういうのパスだ。むしろお願いしたいレベルだね。お前が有名になれば、俺はお前専属の魔道具技師って認識される。そうなれば、他の商会とかから声かからないだろ? そもそも、お前がそういうのブロックすると思ってるしな」

「…………」

「あくまで、俺は稼いで、自由に生きるためにやってるんだ。俺、やりたいこといっぱいあるんだよね……たとえば、コーヒー豆の栽培やコメの栽培、屋敷の前で家庭菜園とかもやってみたいし、バイクとか作って乗ってみたいし、もっとキャンプしたいしな。ああ、コーヒー専門店とかやるのもいいな……米あればチャーハンとか作れるし、チャーハン専門店とかも儲かりそうだ。うーん……さすがに俺一人じゃ厳しくなるか? 秘書……いらねぇけどなあ。必要になるかなあ」

「……本当に、あなたって面白いわね」


 サンドローネはクスっと微笑んだ。

 

「あなたが功績に囚われないってこと、よくわかったわ。今まで通り、魔道具のロイヤリティとアイデア料金だけ支払えばいいのね」

「ああ。ま、それだけでもかなりの額になるし、俺がのんびり暮らす……スローライフするのには十分だ」


 異世界じゃ、スローライフってのは田舎で、未開の領地とかでするのが鉄板ネタだけど……俺の場合、快適な大都会で、便利なものに囲まれながらするもんだ。

 都会スローライフ。満喫させてもらうぜ。


「よーくわかったわ。じゃあ……一つ、依頼をしていい?」

「ん、なんだ?」

「美容関係の魔道具」


 サンドローネは、胸糞悪いと言わんばかりに言った。


「美容系魔道具を作って。それで、バリオンのクソ野郎に目にもの見せるから」


 ◇◇◇◇◇◇


 さて、サンドローネは馬車に乗って帰った。

 残ったのはリヒター……細かいことはリヒターに聞けってことらしい。


「で、どういうこった?」

「……その、昨日もお嬢のところにバリオン様が来まして。ヨリを戻そうとか、第二婦人にするとか……そこまでは耐えたんですけど」


 アレキサンドライト商会を、ペリドット商会の傘下にするよ。


「この一言で、お嬢もキレちゃいまして……『頭でっかちの三流の下に付くのはゴメンだ』とか『あなたは美容について何もわかっていない』とか、さすがにバリオン様も笑顔が消えて……それで、今年の夏に向けた新商品を同時展開して、売り上げで優劣を付けようと言う話になりまして」

「……マジか」

「それで、負けた方が傘下に入ると……」

「……あのさ、こんな言い方するのも悪いけど……サンドローネ、馬鹿だろ」

「…………」


 相手の土俵で勝負して、んで負けたら傘下とか……普通なら受けないぞ。

 ああ、サンドローネって激情型なのかな。キレ方が。

 リヒターは、思いっきり頭を下げた。


「ゲントクさん!! お願いします。テーマは『夏に向けて』で、美容魔道具で誰もがあっと驚くようなアイデアをお願いします!! このままでは、アレキサンドライト商会が……」

「う、う~ん……」


 いきなりすぎる。

 夏がテーマで、美容品の魔導具か……う~ん、美容とかおっさんの俺に何を求める?

 でも……こんなふうに、頭を下げられたらなあ。


「……わかったよ。とりあえず、考えてみる」

「ゲントクさん……!!」

「まず、ペリドット商会だったか。美容関係で、どういう商品出してんのか、ちょっと視察してくるか」

「こ、これからですか?」

「ああ。それで悪いけど、イェラン借りていいか? 美容関係の商会ってことは、女性客ばかりなんだろ? おっさんの俺が一人で行ったら怪しまれるし、デートってことで行きたい」

「い、イェランさんと、デートですか?」

「そういう設定な。あいつなら、俺とそういう関係になること絶対にないし、そもそもあいつ俺のこと男として見てないしな。ってわけで頼むわ」

「わ、わかりました」

「さて、俺も身だしなみ整えるか。よそ行き用の服出して、シャワー浴びて、ひげ剃って……ああリヒター、サンドローネに伝えておけ」

「え?」

「貸し一つ、ってな」


 さて、シャワーでも浴びて着替えますかね。

 敵情視察……なんか冒険者の気分だわ。


 ◇◇◇◇◇◇


 さて、やって来たのは王都のど真ん中にある有名な『ペリドット商会』だ。

 外観は白系で、どこか教会みたいな雰囲気を感じる。入口も広く、出入りしているのはほぼ女性……しかも、みんな貴族だな。

 男性連れもいるけど、恐らく恋人か、夫か……ふむ。


「……」

「おいイェラン。大丈夫か?」

「だ、大丈夫だけど……ゲントク、あんた着飾ると化けるタイプ?」

「そんなの知らん。ってか、お前もすごいドレスだな」

「……見んな、馬鹿」


 イェランは、肩剥き出しのドレスだ。リヒターが用意したのだろうか。

 俺のが身長高いから、目線下げるとイェランの胸の谷間がばっちり見える。役得ですなあ。

 と、エロい思考してる場合じゃない。


「イェラン。今回は客として入るぞ。ペリドット商会がどんな魔道具置いてるか、いろいろ見てみたい」

「いいけど……ペリドット商会は魔道具だけじゃなくて、美容品にも力入れてるぞ。アタシ、化粧品とかよくわかんないよ」

「俺もだ。まあ、店員に聞けばいいだろ」


 さて、スパイ大作戦のスタートだ!! ……まあ、別に客として来たからバレてもいいけど。

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