テントのお礼

「おっさーん!! いるー?」


 リヒターの話から数日後、事務所で書き物をしていると、来客用ドアが開かれロッソが飛び込んできた。

 いきなりでびっくりしていると、俺の机に両手をバンと突いて言う。


「テント、すっごいよかったよ!! 持ち運びラクだし、頑丈だしさ。ただの布テントなんてもう使えないよ~!!」

「お、落ち着け落ち着けって」


 ロッソ。こいつ、ビキニアーマーだから前屈みになると胸の谷間めっちゃ見える。というか……なんでビキニアーマーなんだろうか。腰に剣差してるし剣士なんだろうけど。

 すると、ブランシュがロッソの首根っこを掴んで引っ張る。


「くぇっ」

「ほら、落ち着きなさい。おじさま、申し訳ございません」

「いやいや。ポップアップテントの報告に来てくれたんだな? ささ、座ってくれ」


 ソファを見ると、すでにアオが座っていた……この忍者少女、気配殺してやがる。

 三人を座らせ、俺は冷蔵庫から果実水を出し、製氷機から氷ブロックを出してグラスに入れて注ぐ。そして、町で買ったクッキーを皿に盛って出した。


「さ、どうぞ」

「ちょ、氷って……今、すっごい高いのにいいの!?」

「というか……その箱から出しましたの? 冷蔵庫で氷を保存? すぐに溶けるのでは……?」

「クッキーおいしい。もぐもぐ」

「氷はいくらでも作れるから気にすんな。これ、製氷機っていう氷を作る魔道具な。冷蔵庫も、俺が新しく作った新型だ。そのうち、アレキサンドライト商会で発売されると……」


 あれ、こういうのって言っちゃダメなのかな……新製品情報って、来るべき日、来たるべきタイミングでサンドローネが大々的に発表する、とか。

 ま、まあいいか。こまけぇこたぁいいんだよ!!


「まあ、気にすんな」

「つめたっ!! ん~おいしいっ!!」

「はあ……夏も近いですし、冷たい飲み物は嬉しいですわね」

「おかわり」


 アオ、絶好調だな……果実水は好きなだけ飲んでくれ。

 おかわりを注ぎ、さっそく聞く。


「で、テントはどうだった?」

「最高!! 外でテント張った時に雨降ってきたんだけど、水を弾いていた!!」

「ジュラルミンスネークの骨という素材も素晴らしいですわね。軽くて丈夫、柔軟性があるから、折り畳みも簡単でしたわ」

「ふむふむ……気になったところは?」

「ニオイ」


 と、アオが言う。やや渋い顔をしていた。


「ちょっとだけ生臭い……ちょっとだけね」

「そう? アタシは気になんないけど」

「……実は、わたくしもそれを指摘しようかと思っていましたの」


 ブランシュも申し訳なさそうに言う。

 なるほど、ニオイね。


「ワイルドフロッグの皮だしな。乾燥させてアクアスライムで戻したやつだし仕方ないか。生臭さを消すために……アクアスライムに薬草混ぜてニオイ消しするか。水を弾き頑丈さを求めたいから、ワイルドフロッグの皮はどうしても使いたいしな……」


 修正案を書き記していると、アオがキョロキョロ事務所を見ていた。


「ん、どうした?」

「なんか魔道具増えてる」

「ああ、いろいろ思いついてな。なあ……キャンプって知ってるか?」

「「「……???」」」


 三人は同時に、同じ方向に首を傾げた……ああ、『キャンプ』って言葉自体存在しないのね。

 サイドテーブルにあるのは、俺が作った『キャンプギア』だ。

 ロッソが立ち上がり、ジロジロ見る。


「で、なにこれ?」

「まてまて。まず、キャンプのことから説明してやろう」


 ◇◇◇◇◇◇


 キャンプ。

 日頃の喧騒から離れ、大自然を満喫するアウトドア。

 青い空を眺め、緑のニオイを嗅ぎ、川のせせらぎを堪能する……そして、野外で肉を焼き、酒を飲む。

 何をするのか? 普段忙しくてできない読書をしたり、のんびり釣りをしたり……肉体に『癒し』を与えるという、神聖な行為なのだ。


「普段のアタシらじゃん」

「…………」


 身も蓋もねぇな。

 まあ、冒険者だしさ……野外活動が当たり前なんだろうよ。


「アタシらとは逆っぽいね。アタシら普段は外で魔獣倒したり、野営したりするの当たり前で、依頼ない時は街で思いっきり遊ぶの。美味しいもの食べたり、綺麗な服買ったりして癒されんのよ」

「その認識でいい。俺は休みの日、そういう『癒し』が欲しいんだ」


 日本にいたころは、バイクに荷物積んでツーリングしたり、キャンプしたけどな。

 バイク……いつか作りたい魔道具の一つである。


「で、これなに」


 アオがクッカーを手にする。

 見た目は筒みたいだけど、分離させると。


「これはクッカー。バラバラにすると、鍋、フライパン、ヤカンがワンセットになってるんだ。携帯用の調理器具だな」

「「「…………」」」

「で、これが折り畳み椅子。ジュラルミンスネークの骨を使って作ってみた。こうして折り畳むと……ほれ、袋にスポッと収納できる」

「「「…………」」」

「で、折り畳みテーブル。で、これは焚火台。これは携帯用の魔道コンロ。あと水筒に……」

「「「…………」」」


 三人は真剣に聞いていた。ふふふ、まだまだあるぜ。

 そしてこれ。これこそ、俺の一番の発明品。


「これは伸縮式の釣り竿と、スピニングリールだ!! いや~苦労したぜ。構造はわかってたけど、作るとなると大変でな……糸もタコ糸じゃなくて、スライムを使ってナイロンラインを再現してみた。海釣りがしたかったけど、たぶん川で釣りすることになるし、渓流用のハリスとかも用意したぜ。針はサイズを変えたやつを、こっちの小さいケースに入れてある」


 ジュラルミンスネークの骨で作った伸縮式の竿。ジュラルミンスネークの骨ってすごい……本物の竿みたいにしなるんだよ。

 あとはガイドを付けて、リールを付ける。自作のスピニングリール、かなりの自信作なんだよね。


「おっさん……これ欲しい」

「は?」

「この道具、アタシらの冒険でめっちゃ役立ちそうじゃん!! 欲しい欲しい欲しい!!」

「ま、待て。これは趣味で作ったモンで、商品化とか考えてないぞ」

「え~? いいじゃん、作ってよぉ」

「というか、まだ使ってもいないし……」


 すると、ブランシュがポンと手を叩いた。


「ではおじさま。もしよろしければ……わたくしたちと『キャンプ』しませんか?」

「え?」

「大自然を満喫したいんですよね? ふふ、綺麗な川沿いで、危険の少ない場所を知っていますわ。それに、わたくしたちが護衛に付けば、安心安全な『キャンプ』ができますわよ?」

「……」


 それ、かなり魅力的だな。

 キャンプ……この世界に魔獣が存在するって知った時から、少し諦めていた。

 そもそも、キャンプって言葉が存在しない世界。俺みたいに、大自然を満喫しようなんて考えの人間はいないんだろうな。

 

「お礼に……その道具、わたくしたちの分を作っていただくという報酬でいかがでしょうか?」

「ほほう、それはいいかもしれん……」

「その道具、使い方見たいし」


 と、アオも言う。

 キャンプギア……そんなに珍しいのかな。

 まあ、野外活動がメインの冒険者にはありがたい道具かもしれん。


「わかった。じゃあ、お願いしようかな。あ、釣りもできるよな?」

「もちろんですわ」

「いっぱい釣れる川、湖あるよ」

「よし。じゃあ交渉成立だ」

「やったー!! よし、ブランシュにアオ、『キャンプ』の準備しに拠点戻ろっ!!」


 ロッソはドアをブチ破る勢いで出て行った。

 ブランシュはペコっと頭を下げ、アオは残ったクッキーを全部包んで持っていった。

 そして、入れ替わるようにリヒターが来た。


「……すごい勢いで走る女の子とすれ違いました。まさか……」

「ああ、お客さんだよ。テントの話したよな?」

「なんと。あの赤い少女、『七虹冒険者アルカンシエル』の一人、『赤のロッソ』でしたよ? まさか、王国最強冒険者の一人とお知り合いとは……」

「赤の、ロッソ? なんだそれ?」

「……冒険者の頂点に立つ最強の七人ですよ」


 こうして、俺は『鮮血の赤椿スカーレット・カメリア』とキャンプに出掛けることになった。

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