不機嫌サンドローネ
さて、仕事も終わり帰ろうとした時だった。
「飲みに行くわよ」
いきなり現れたサンドローネが、据わった目で俺を睨み『飲みに行くぞ』と誘いに来た……というか、飲みに誘う機嫌じゃねぇ。
リヒターを見ると、「すみません……どうか付き合ってやってください」みたいな目で懇願するので、仕方なくOKする。まあ、飲みに行こうと思ってたところだ。
「今日は屋台行こうと思ってたんだよ。いいか?」
「……やたい。なにそれ?」
「え、知らないのか? じゃあ一緒に行こうぜ。おっさんが奢ってやるよ。もちろん、リヒターもな」
というわけで、三人で屋台へ。
向かったのは、城下町の第一区にある飲食店街。エーデルシュタイン王国の名物『大正門』がある区画で、王国の顔でもある正面入口。
この区画にはデカい飲食店が多くある。商業ギルドから派生した『飲食店ギルド』が牛耳る区画。
向かうのは、区画の中央……ではなく、外れにある寂れた公園。
「え、なにこれ……」
「屋台だよ。知らないのか?」
「私も、初めて見ました。飲食店ギルドの縄張りではあまり仕事をしたことがないので」
リヒターも知らないのか。
公園はけっこう広く、遊具とかはない。ベンチしかない場所だ。
なので、リヤカー引いたおっさんたちが屋台をやるにはもってこい。しかも屋台……日本じゃもうほとんど見ないような、昔ながらの屋台なんだよな。
酒、そして煮物を提供する屋台。マジで惚れたし、週一で通ってる。
俺は周りを見渡し、公園の隅で細々とやっている屋台へ二人を案内した。
「やってるかい、ギド爺さん」
「ん、ゲントクか。んん? なんだ、嫁さん連れて来たのか?」
「んなわけあるか。俺ぁ生涯独身だって言ったじゃねぇかよ」
ぼろい丸椅子に座ると、木製のコップにブランデーを注ぐギド爺さん。
年齢は六十くらいで、スキンヘッドに髭面、けっこうな筋肉を持つ、競馬場とかで新聞読んでそうなガタイのいい爺さんだ。頭にねじり鉢巻き巻いてるのも好感が持てる。
サンドローネは言う。
「何も注文していないけど……」
「ここはこういうスタイルなんだよ。出す酒は一種類、で、各種煮物と合わせて飲む、食う屋台。知ってるか? 屋台の煮物はマジで美味いぞ? なあ、ギド爺さん」
「当り前だ。うちの煮物は屋台イチよ」
ギド爺さんは、野菜や鶏肉の煮物を皿に盛って出してきた。大根、ニンジン、ジャガイモ……まあ異世界の名前があるんだろうが、俺にはわからん。
玉子も染みてるし、丸まる入った玉ねぎも染みてうまい!!
「はあ、熱燗欲しいなあ……」
「まーたその話かよ。コメとかいうモンで作った酒だったか?」
「ああ。燗したブランデーっぽい酒も悪くないけど、煮物とは微妙なんだよなあ」
「ケッ、いいから食え」
まあ、煮物は絶品。
サンドローネ、リヒターも煮物を食べ、顔を見合わせ驚いていた……美味いみたいだな。
「美味しい……」
「染みてますね……この玉子」
「だろ?」
「不思議ね……高級な食事はいろいろしてきたけど、この屋台で食べる煮物が一番おいしい」
な、なんか聞いたことあるようなセリフだな……どっかのヤクザの組長みたいな。
ま、気に入ったならいい。
しばし、煮物を楽しみ、酒を楽しんでいると……サンドローネがおかしい。
「最悪よ。あのドスケベブタも、ナルシストクソ野郎も、いちいちいちいち、勘違いしたことばっかり言って!! ああもう、イライラする、イライラする!!」
「おいリヒター、お嬢様、こんな酒癖悪いのか?」
「い、いえ……今日はいろいろありましたから」
「いろいろ?」
「ええ。まあ……」
なんかめんどくさそうだな。
あ、リヒターに伝えておくか。
「なあリヒター。魔道具じゃないけど、今日ちょっとお客さんから依頼受けて、新しいテントを作ってみたんだ。試作品は渡しちまったけど、図面はあるから明日取りに来てくれ」
「魔道具ではない、テント?」
「ああ。今日、たまたま知り合った冒険者の子たちが、破れたテントの代わりに新しいの探しに来てな。それで、軽くて丈夫で持ち運びしやすいやつを考えてみた」
「ほう、面白いですね。わかりました、明日伺います」
「ちょっと、面白いものなら、わたしにも見せなさいよぉ」
サンドローネは俺の腕にしがみつき胸を押し付けてくる。
酒癖悪すぎるぞこいつ。
「す、すみませんゲントクさん。お嬢、今日はもう帰りましょう!!」
「うぅぅ~」
「げ、ゲントクさん、また明日!!」
リヒターは、サンドローネを担いで帰った……なんか苦労しそうだ。
俺はウイスキーをおかわりし、ギド爺さんに言う。
「お嬢様も苦労してんだなあ」
「訳アリっぽいな。ありゃ、お前の手に負えねえタイプだぞ」
「同感。ま、仕事づきあいだけだ。俺は、のんびり一人の時間も好きなんでね」
この日、ギド爺さんと飲みながら他愛ない話をし、ほろ酔い気分で家に帰った。
◇◇◇◇◇◇
翌日、仕事場に向かい、事務所で考えていた。
「来客もあるし、コーヒー飲みたいから……今日はコーヒーミルでも作るか。仕組みは簡単だし、魔法使って金属加工もできるしな」
魔法って便利だ。火魔法で溶接できるし溶かせるし、土魔法で地中の金属を抽出して型を作ったりできるし、イメージで何でもできる。
また、あの女の子三人来るかもだしお菓子も用意しておくか。
「あと、冷蔵庫作って果実水冷やしておくのもありか。冷蔵庫あればケーキとかも……そういやこの世界、クッキーはあるけどケーキとかあるのか?」
氷はないって話をしたけど、冬に水を大量に凍らせ、地下とかで保冷するって話を聞いた。でも、氷は限りがあるし、冬が空けて数か月しか氷は持たないので、夏に氷はとても高くなるらしい……この辺は飲食店ギルド関係なので、俺はよくわからん。
まあ、製氷機が製品化すれば、そんな心配なくなるな。
「先に冷蔵庫やっちまうか……製氷機を工夫すれば、冷蔵庫はすぐ実用化できるかも」
と、冷蔵庫の設計図を書いていると、ドアがノックされた。
「はいはーい」
「失礼します。ゲントクさん」
「おお、リヒターか。テントの図面なら机の上だ」
リヒターは図面をカバンに入れる。
「……あの、ゲントクさん。昨日のお嬢のことですけど」
「ああ、すげぇ酔っ払ってたな。ストレス貯めてたのか? 今日はいないみたいだけど」
「お嬢、酔うと大胆になるんですけど、翌日には酒が完全に抜けて……その、記憶も抜けちゃうんです」
「そりゃ失態しても都合いいな……」
「ええ。それで、その……少し、話を聞いてくれませんか?」
真面目そうな話だし、俺も少し真面目に聞く。
手を止め、ソファに移動……ああ、やっぱ飲み物欲しいな。コーヒーミルとか作らないと。
「実は昨日、お嬢の元婚約者がお嬢に絡んできまして……」
「え、あいつ婚約者いたのか?」
「元、です。その……五年ほど前に婚約破棄してまして」
「婚約破棄?」
「はい。お嬢は元貴族……アイオライト伯爵家の三女でした。そして、ジャスパー侯爵家のバリオン様と婚約者同士で」
「へえ、ただのお嬢様じゃないと思ったけど、貴族だったとはなあ」
「ええ。五年前……お嬢がまだ十六歳、エーデルシュタイン魔法学園の生徒だった頃、バリオン様が公衆の面前で『真実の愛を見つけた、あなたとは婚約破棄する』と一方的に宣言し、婚約破棄となりました。そして、お嬢は公衆の面前での失態の責任を取らされ伯爵家から除名、学園も退学に。ですが、持ち前の頭脳と、僅かな貯金をもとに事業を始め、アレキサンドライト商会を設立させました」
「……おおう」
こ、婚約破棄って……しかも真実の愛とか、アホじゃねぇのか?
「お嬢はもともと、魔法の才能に秀でた三属性持ちで、『魔法適正判別用紙』を生み出しヒットさせ、アレキサンドライト商会を軌道に乗せました。そこには相当な苦労がありました」
「だよなあ……」
「お嬢が十九歳のころ、魔法学園を卒業したバリオン様も美容系魔道具で商会を設立し、自ら広告塔となり、貴族令嬢や夫人に商品を売り込んで、瞬く間に一流商会の仲間入りに……そして、三年ぶりにお嬢と対面、あちらは一年経たずに一流商会に、お嬢は三年かけ苦労して一流商会へ……当然、お嬢はバリオン様のことを毛嫌いしていました」
「ま、まあそうだよな」
「ですが、どういう思考なのか……バリオン様はお嬢が、自分に未練があると思い込んでまして。何度も食事に誘ったり、共同事業を提案してきたりと、この二年間、顔を合わせるたびに絡んできまして……昨日も同じく絡まれ、イライラが止まらなくて」
「……さ、察するよ」
最悪な展開だな……元婚約者で、しかも悪役令息ってやつか。
真実の愛に目覚めたなら、サンドローネなんて放っておけばいいのに。真実の愛に目覚める馬鹿貴族ってなんで馬鹿なのかね。馬鹿、馬鹿。
「すみません。愚痴のようになって……」
「いやいいよ。どうせ俺にできることないしな。まあ、ストレス溜まったら酒には付き合うって伝えといてくれ。今日は冷蔵庫作るからな」
「冷蔵庫……新型ですか?」
「ああ。水冷式じゃない、凍らない程度の冷風で冷蔵庫内を冷やせばもっとよく冷えると思うんだ。図面だけ書いて渡す。たぶん、製氷機のノウハウが使えると思うからな」
「わかりました。では、明日以降に……ああ、製品のアイデア料金と、マッチの今月のロイヤリティをお支払いしましたので、銀行で確認をお願いします」
「わかった」
「では……その、ゲントクさん。これからもお嬢のよき友人でいていただけたら」
「それもあるけど、商売人としてもよろしくって感じだよ。もちろん、リヒターもな」
リヒターは微笑み、ペコっと頭を下げて出て行った。
俺は冷蔵庫の図面を完成させ、封筒に入れて立ち上がる。
このまま、事務所用の冷蔵庫を作ろうと一階へ向かおうとし、一言。
「貴族同士のいざこざとか、絶対に嫌だな……まあ、俺には無縁だけど」
と……そんな風に、この時の俺は思うのだった。
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