第2話

夫と息子が窓から自撮り棒にとりつけたスマホを出して外の様子を撮影する。


私が見たことを伝えたが半信半疑のまま外の様子を観に行こうとするので止めたのだ。




映っていたのは私が見たよりも深刻で残酷な状況だった。

「うっ」

酸っぱいものが込み上げてえづいてしまう。

夫も同じようで口を抑える手は震えていた。


「うわマジか、ゴブじゃん。あかん方のゴブじゃん」

息子は撮った動画をさっそく呟きにのせて拡散をはかる。「あーる18 ゴブかん有り、閲覧注意っと」。夫と顔を見合わせ、ふっと息を抜く。

今どきの子はメンタルが強いのか弱いのかわからない。

だけど今はその特性に救われて大人組が落ち着きを取り戻せた。


いますべきこと、出来ることをしなければ。

災害と同じで初動が大切。

何が起こっているのかは分からないし、救助がいつになるのかも分からない。

メディアの動きはなく、政府からの発表もない。

呟きはチラホラ出てきているようで、全国規模であると窺い知れただけ。



「まず水を貯めよう」


鍋やポリ袋に水を貯めながらスマホで各自連絡を取る。


「119はもう繋がらないみたい。父さんには外出せず戸締りと水の確保を言っておいたわ。

後、テレビはイヤホンで聞くか小音にしてスピーカーに耳あてろって言っておいた」

「俺の方は親父に連絡と、会社のグループラインに連絡した。常務から反応があって落ち着くまで自宅待機だってさ」

息子は「やっとコロナが落ち着いたのにまた休校だね」と残念そうだ。



「篭城するとして、いざという時の武器はどうする?」

「バールがあるけど倉庫だな」


倉庫は庭にある。

倉庫の前に車を止めているので、通りからは死角になっているかもしれないけど危険だ。

でもバールだけじゃなく防災グッズや非常食も倉庫にあるから行く必要はある。


「まだ車も走ってるし、注意が分散してる今がチャンスだ」

「丸腰は危険よ。包丁は?」

「包丁は柄が弱いし、逆に危ないだろう」

「中華包丁があるわよ。柄と一体のやつ」

「ああ、結婚する時に祝いで貰ったとかいうアレか」

「そうよ。あなたの元カノから貰った曰くつきのアレよ」

「え、なんか親の過去が不穏なんですけど。こわいこわい。捨てなよそんなん」

「捨てないわよ。戦利品だもの」

「えー母さんまで怖いとか聞いてないんですけどー」



夫は中華包丁を、息子は小太刀を片手に庭に出る。私も包丁を両手に持ち廊下に立つ。


ちなみに息子の小太刀は父があげたものだそうだ。「最近はどうにもおかしな事件が多いから持っておけ」と言われたんだって。

知らなかった。助かったけど娘に内緒で孫に物騒なものあげないで欲しい。助かったけど。






夫と息子が通りを警戒しながら背を低くし、音を立てないよう倉庫の鍵をあけ、ゆっくりと扉を開くが


キーー


錆びついた扉は思いの外大きな音を立ててしまった。



ギャ?



「!!!」


ゴブリンの鳴き声が近くから聞こえた。駆けてくる足音が聞こえる。

最悪だけど幸いなことに足音はひとつ。気付かれたのは一匹だけのようだ。


決断はすぐに着いた。


夫と息子にジェスチャーで合図すると、うなづき返してくれた。


持っていた包丁を背に隠し、ごぶりんから見えるギリギリの位置に立つと、ゴブリンは私を見つけギャギャギャとメスがいたとばかりに小さく跳ねながら近づいてくる。


既に何人か狩って人を脅威と感じていないのだろう。

油断して背後の気配にも気付かない。


ガッ


ギャ!


夫が振り下ろしたバールが脳天をつき、ゴブリンが声をあげる。


人間なら即死だけどゴブリンは頭に手をやり痛そうに呻くだけで致命傷になっていない。


2撃目をと振りかぶる夫に対し、その腕を強く掴むゴブリン。


ギャギャー


「ぐあ!」

夫が呻きその手からバールが落ちる。

「鷹也! その手を放しなさいよ!」


ガッ


ギャッ


ゴブリンの背に包丁を突き立てたが浅くしか刺さら無かった。

蟹の甲殻が皮膚の下にあるような感触に驚くが、蟹の殻だってやりようによっては切れるわけで。


ガスッ


ギャーッ


包丁の手元側の角で抉るように突き立て引き抜き突き立て甲殻を開いていく。


ギャーギャッ


ゴブリンが夫の腕から手を離し、私を殴りかかるのを、何とかかわす。


ヘイトは完全に私に向かっていて、背中がまたお留守になっている。


グサッ


ギッ…?


私が空けた背の傷に、息子が小太刀を突き刺した。今度こそ致命傷のようでゴブリンは沈黙した。


「やったのね」

「母さん、フラグやめてよね」


ガッ

バキン


夫がゴブリンの見開いた目にバールを突き入れテコの原理で頭蓋を割る。


「フラグはごめんだ」


正直グロいが、アドレナリンのせいか夫は平気そうな顔だ。


「そうね」


ゴブリンの腕を引き柔くなったところに包丁を突き入れ肩から外す。

ゴブリンが蟹に見える程度に私も同じだ。


「アドレナリン仕事し過ぎて草」

息子が呟いて「ゴブめっさ硬い🥺 パパがざぁこ 間違えた バールがざぁこでした!」と投稿していた。


我が息子ながら容赦ないわ。















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