第13話 不完全で未完成

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 エーデルシックザールの休み期間は短い。一般の教育機関が四ヶ月の授業期間と二ヶ月の休み期間を設けているのに対して、ここでは五ヶ月の後に一ヶ月の休み、これを一年で二回繰り返す前後期制だ。

 六月も半ばに入ると、年度末の最終試験に向けて、基礎体術訓練や集団軍事演習がカリキュラムに組み込まれる。

 基礎体術訓練としては、対人組手と剣術が行われる。これについては女子学生は免除されているが、集団軍事演習には性別問わず必修科目となっている。


 校舎六階の端に位置する大きな剣道場にて、一学年全体の男子学生を対象とした剣術訓練が行われようとしていた。

 各々が動きやすい服装に着替えて集まった。

 教官を務めるのはオリヴィエ・アリーナ。一学年の軍事教官を取りまとめる位にある。

「この場に女子学生が顔を出すのは、恐らく君が初めてではないだろうか。」

 訓練開始前、道場の端っこでそうオリヴィエと話していたのは、

「免除されてるだけで、来ちゃダメなんてことはないですよね?」

 周囲の顔色を気にすることなく、堂々とこの場にやってきた人物は、アリスだった。

「付け加えるならば、参加も自由だ。君の言う通り、受講が免除されているだけで、参加も見学も自由だ。勿論自己責任だが。」

「参加はしません。私にそこまでの力はありませんし、相手が余計に気を使ってしまうと迷惑になります。」

「なのに見学はしたいと?」

「はい。見て学べることは沢山ありますから。」

 オリヴィエは、心の中で彼女を賞賛した。

 数少ない会話で、オリヴィエはアリスがどういう少女なのかを分析した。

 ここにアリスが来たのは、決して剣術に興味がある訳ではない。見て吸収できるものは何でも自分のものにする。それが例え将来一度も使わないものであったとしても。そういった気概や覚悟を感じた。

 少なからず、アリスがこの講義に顔を出したことは話題になるだろう。現に、多くの男子学生が様々な目を彼女に向けている。

 ある者は笑い、ある者はひやかし、ある者は怒っていた。その殆どが彼女にとってネガティブな意味を持ち、一般領民出の彼女にとって不利益でしかない行動だ。しかし、彼女は彼らの目を一切見ていない。気丈に振舞っているのではなく、それ以上に自分の信念を持っているのだ。

「この講義の担当者として見学を許可する。わかっているとは思うが、講義の妨げになるような行動は慎むように。」

「ありがとうございます。」

 オリヴィエが整列するように声を上げた。それまでの会話がピタリと止み、バラバラだった学生達がクラス毎に綺麗に並んだ。

「基礎体術訓練として剣術を学ぶ前に、皆に一つ話しておきたいことがある。君達が何故剣術を学ぶのかだ。我々が築き上げた文明の武器として、現状最も効果的だと思われるものはなんだと思う。」

 スっと手を挙げたのは、フシミ・シンジロウだった。

「それは銃です、先生。」

「その通り。我々が戦闘を行う際、武器を主体として戦術を組み立てる。その時、中近距離から遠距離まで広い範囲をカバーしつつ、魔人の肉体強度、天人の魔法に対抗しうる武器は、銃だ。威力とレンジにおいて申し分ない性能であり、扱いやすいことからも最もオーソドックスな装備となっている。この後に控える軍事演習で、まず銃の扱いを習うのはこの為だ。では銃の欠点について、分かる者。」

 次に早く手を挙げたのは、フラウディウス・ハルバート。

「銃口の斜線上に標的を捉える必要があるため、接近戦に弱い側面があります。」

 オリヴィエは静かに頷く。

「銃は引き金を引いてから着弾までの時間が、人間が手足を振り回すよりか断然に優れている。しかし、高速に動き回る標的への標準が難しく、また至近距離まで詰められると簡単に対処されてしまう恐れがある。例えば、銃を持つ手を掴まれると、それだけで標的に銃口を向けるのが難しくなる。そこで、我々軍人は銃の扱いともう一つ、近距離戦を想定した体術と剣術を身につける必要があるのだ。」

 オリヴィエは整列した男子学生達を見渡した。これは、各々の表情を確認するためのものであった。

 エーデルシックザールは、今年度から一般領民出身者が多く入ってきた訳だが、一般的に貴族と呼ばれている富裕層や家門の出身者が通う小中高の教育機関は、勉学は勿論、体術や剣術の手ほどきや銃の扱いをカリキュラムに組み込んでいるのが大半だ。そういった所にも、ユウトが指摘した入学時点でのレベルの違いが存在している。

 ここにいる学生の中には、今からの内容に対して普段通りの姿勢で取り組める者もいれば、初めてのことで緊張した面持ちの者もいる。その様子を眺めて、オリヴィエは自分の考えたプランに間違いがないことを確信した。

「では早速行っていく訳だが、全体を二つに分けたいと思う。剣術に触れたことのない者達は、まず剣術の初歩を徹底するところから始めてもらう。その必要がないと思う者達は対人形式でより剣術を深めてもらう。」

 ちょうどそのタイミングで、もう一人の先生が入ってきた。実力レベルで全体を分けるために、教師がもう一人必要だった。

 オリヴィエは、全員の過去のカリキュラムを把握していない。つまり、上級グループと基礎グループの組み分けは自己申告となる。皆がどう行動するのかもオリヴィエは見ているのだ。

 ぞろぞろと学生が移動を開始した。基礎グループを担当する教師へと付いていくのが大半だった。当然残った人はオリヴィエのよく知る顔ぶれだと思っていたが、

「僕達もこちらでやらせてください。」

 そう嘆願したのは、リクトとハックだった。

「プッ。マジで言ってんのかよ。」

 シンジロウは鼻で笑い、他クラスで残った人達も揃ってバカにするように笑った。

 (………自信…………いや違う。もっと別の………)

 オリヴィエは、二人の真っ直ぐな瞳の奥の真意を測りかねていた。

「…………こちらの判断で向こうへ行ってもらうことは頭に入れとくように。」

「ありがとうございます!」

 結果として残ったのは、Aクラスからはユウト、ナギト、シンジロウ、リクト、ハックの五名。Bクラスからはフラウディウス含めた四名、Cクラスからもシモンズ含めた四名。

「まずは皆の実力を把握したい。二人一組となって順次模擬戦を行ってもらう。」

 一同に緊張感が走る。

 このペア組みは非常に重要だ。何せ実力を測ると言われているのだから、自分よりも弱者相手の方がアピールしやすい。その点で言えば、恐らく全員の頭によぎった人物が一人いた。

 誰よりも強いと言わしめる人物。

「私と組んでいただけませんか。」

 周囲の驚き様は、基礎グループの方にまで伝わっていた。

 こう言ったのは、ハックだった。

 そして誰に言ったのかが問題だった。

 ハックが声をかけたのは、誰もが戦いたくないと思った人物、フラウディウス・ハルバートだった。

 ざわめきや動揺が伝播する。

 ハルバート家は極端な実力主義の元、自分達を高めることを第一としており、家門出身者の多くは最強の兵士と謳われている。その中でもフラウディウスは、高校時代から既に人類軍の訓練に度々参加しており、屈強な兵士集う中一目置かれている才能を秘めていた。組手や柔術、剣術や射撃などの大会で優勝の二文字を総嘗め、機械やITの知識にも精通し、加えて恵まれた体躯を持つため、弱冠十九の身でありながら、歴代最高の才能を持つ男と評されている。

 軍事学校とは人類軍への入隊の足がかりとなるような場所だ。そこに人類軍での経験を積んでいる者がいれば、大きな実力差が生じるのも仕方のないことだ。

 そういった理由から、同じクラスや同じ学年に限らず、学校全体の注目の的なのだ。

 そこへ一般領民よりも実質的に身分の低い色付きであるハックが声をかけたのだ。周囲の反応も頷ける。

「…………いいだろう。」

 フラウディウスがそう返事をした事で、より一層周囲の雑音は濃くなった。

 一方、フラウディウス本人は驚きも侮蔑も見せなかった。彼がその仏頂面を崩したところは、誰も見たことがない。

「なあなあ、オレっちと組もうよ♪」

 どさくさに紛れて、シモンズがナギトの腕を組んで引っ張って行った。

 ユウトとペアになろうとしていたが、誘われたのならわざわざ断る理由もなく、どうしようと戸惑いながら連れて行かれてしまった。

 これにはユウトも困った顔を見せた。

 リクトと組むことを考えたが、既にリクトは他クラスの学生を誘っていた。

 まあ余り者同士で組めばよいかと傍観の姿勢を決め込んだユウトに、意外にも声を掛けてくる人がいた。

「俺とやろうぜ。ユ・ウ・ト・さ・ま。」

 肩を掴まれて後ろを振り向くと、そこに居たのはシンジロウだった。

 


               *



 ユウトとシンジロウが相対する。

 両者の手には、一本の木刀。

「私が有効打と判断したら終了とする。また、急所を意図的に狙った攻撃は反則とする。それ以外のルールは無用。では始め!」

 トップバッターの試合ということもあり、全注目が二人に降り注ぐ。

 特にこの二人は切っても切り離せない関係。個々人の意思に関わらず因縁という言葉がついて回る。

 (呼吸を整えろ。)

 ユウトは精神に静寂を発露させる。

 木刀を中段正面に構え、シンジロウの動向を探る。

 シンジロウは自信たっぷりの様子だった。構えはせず、普段通りの落ち着きが見て取れる。

 仕掛けたのはシンジロウからだった。

 カンッ!! と乾いた木刀同士が激しく衝突した音が道場に響く。

 シンジロウは無造作に間合いを詰めて、防御など考えなしの攻撃を繰り返した。

 ユウトは反応できている。シンジロウの手に注目し、先々の一手を予見しながら自分の体を自在に動かしていた。

 再び大振りがきた。

 待っていたとばかりにユウトの受けの姿勢が変わった。それまでは確実に受け止めることを意識して体を固定していたが、片足を半歩下げ反撃できるよう体を動かす体勢にシフトした。

 角度を付けて攻撃を受け流し、前傾姿勢となったシンジロウの背後に回り込もうとした。

 が、

「!?」

 シンジロウの薄ら笑いを直視し、遅れて自分の腹部めがけて足が伸びてきていることに気付いた。

 辛うじて木刀を持つ手とは反対の腕を挟むことが出来たが、重心が後方に偏っていたユウトの体をいとも簡単に倒れた。

 蹴り自体はガード出来たものの、受け身を取る余裕はなかった。背中を床に強打し、ユウトは天井を見上げる結果に。

「止め!」

 そこでオリヴィエの合図が降りた。

 思わず歓声が湧き上がる。

 今までユウトを快く思わなかった連中が、シンジロウの勝利を喜んだ。

 実力主義のこの学校において、シンジロウが勝ち、ユウトが負けたということには大きな意味を持つ。

「どうして彼が負けたと思う♪」

 観戦していたナギトに、シモンズは相変わらずの軽いノリでそう質問してきた。

 ナギトは答えなかった。それは答えが分かっていないからではない。

 (彼の戦闘スタイルは魔法に頼る側面がある。頼りきってはいないが、それがないと通用しない相手がいるのも事実。)

 ユウトもその点は理解していた。魔法で身体強化を施せば楽に勝てる相手でも、毎回魔法が使えるとは限らない。特にこの学校に通っている間は、ユウトは余程の事がない限り使うつもりはない。

 というのも、まず魔法が使えることが知られれば、ユウトの目標が遠のいてしまう。ハックの一件を経てユウトは、変革を時の流れに任せるのではなく、今この場所から自らが導いていくことを選択した。導くという表現をユウトが嫌っても、表面的にやっていることはそう大差ない。他者を導く上で大事なのは、カリスマ性。そしてそれを成すには、人格は勿論のこと、多くの人を魅了する思想や言動が必要になる。魔法を使えば、一時はその神秘性に惹かれて多くの人が彼に賛同するだろう。しかし長い目で見れば、いつしか魔法があるからユウトが特別だと思い始める。そうなれば一気に崩壊を招く。果てはユウトを異端だと妬み拒む者が現れるだろう。つまり、魔法を主体的に変革を行ってはいけないのだ。魔法は手段であり、後付けの設定。多くの人がユウトに賛同したのなら、その理由が魔法であってはならない。そうなれば必然的に、魔法に頼らない生き方も必要となる。ユウトが日頃から体を鍛えているのはその為だ。

 それ以外の理由としては、自分も含めた身の回りの安全確保のためだ。魔法が周知の事実となれば、多くの人がユウトを狙うだろう。人類にとって最大の脅威は、自分達が一切理解できない魔法だ。魔人の強靭な肉体は対策ができても、どういうものか分からないものには対処のしようがない。だから、魔法の研究ができるサンプルなぞ喉から手が出るほど欲しい被検体だ。そうなればユウト自身に加え、周囲の人達にも危険が及ぶ可能性がある。

 魔法の存在がバレないのならそれに越したことはない。理想的なのは魔法なく変革を起こすこと。ただもし露呈しても、それがユウトの個性なのだと思ってもらえる必要がある。

 (日頃鍛錬を積んでいるとはいえ、始めた時期も遅く、精力的に取り組んではいないと本人から聞いています。フィジカルで負ける相手に、技術で勝てるかと言われればそうでもない。彼の剣術は独学だ。)

 魔法もなく肉体も技術も劣るユウトよりも、幼い頃から専門的なプロを雇い個人的にレッスンを重ねるシンジロウの方が分がある、とナギトは考えた。

「…………それをオレっちとの戦いで教えてあげるよ♪」

 シモンズは見透かしていた。

 ナギトの考えは、きっと間違ってはいなのだろうが、だからといって正解でもない。

 もっと簡単なことだ。

「次に試合をしたい者、前へ出よ。」

 スタスタとパートナーを置き去りに、まだ寝そべったままのユウトの元へシモンズが近付いた。

 ユウトに怪我はない。シンジロウの蹴り自体は受け止めたし、床の衝撃もそこまでだ。ただ、戦闘において倒れるというのは致命的だということは理解している。悔しいという感情はない。ただ、思いの外あっさりやられた自分を意外そうに見ている自分がいた。

 視界に入ってきたシモンズが手を差し伸べてくれた。

 好意に甘えてシモンズの手を掴み立ち上がると、同時にグイッと引き寄せられこう耳打ちされた。

「どうして負けたのか教えてあげる♪」

 それは大変ありがたいことだが、それよりもユウトはシモンズの真意が分からなかった。

 初めて会った時もそうだ。楽しい事だけをやって生きていく自由人だと思えば、何か明確な芯を持っているよな気がする。自分に何かを求めているのだろうか。それならもっとコンタクトがあってもよいが。

 怪訝に思いながらも、次の試合のために観戦側へ素直に回る。

「ユウト君、大丈夫ですか!?」

 小声で心配そうに駆け寄ってきてくれたリクトだったが、ユウトは大丈夫と笑顔を見せた。

「次はナギト君がやるみたいです。」

 ユウトが振り向くと、既に二人は木刀を構えていた。

 ナギトは木刀を両手で持ち中段で構え、シモンズは片手で持ち構えの姿勢を取っているだけ。

 顎をクイッと動かし、ナギトにかかってこいと促す。

 あまりにも無防備すぎるシモンズに警戒しながらも、手を出してみなければ戦いは始まらない。

 ナギトはユウトに比べては剣術の手ほどきを教わっている。自信はないが不安はない。

 大きな体を活かし、一歩で間合いを詰めて剣を振るう。

「ダメダメダメ♪」

 一瞬で視界からシモンズの体が消えた。と思ったら背中を軽く木刀で叩かれた。

 慌てて距離を取り正対する。

「緊張しすぎ♪ ああこれは、チミが緊張してるんじゃあなくて、チミの体がしてるってこと♪」

 言葉の意味を自分で実践するかのように、シモンズは笑顔を見せた。相変わらず突っ立ったまま、片手に持った木刀を無造作に前に構える。

「今度はこっちから行くよ♪」

 構えを崩さず、警戒なんて微塵も感じない足取りでナギトに近づいていく。

 ナギトが一瞬重心を落とし、先制攻撃を仕掛けようとした直前に、

「!!」

 それを見計らっていたかのように、シモンズはナギトの左腰辺りに木刀を振るった。

 ナギトは攻撃のために木刀を両手で持ちながらも右腰辺りに構えていたが、素早く体を回し、ガードに成功した。

 しかし、上半身は反応できたが、下半身は攻撃姿勢のまま。たった一回の攻撃で彼の重心は定まらなくなった。

 シモンズは木刀をあっさり離すと、ナギトの首裏の襟を掴み、体を密着させる。背後に足を回し、自分の体ごとナギトを倒す。

「止め!」

 ナギトは受け身を取れたが、完全に首と腕を取られており、寝技で決められることは明白だった。

 あっさりと負けてしまったナギトの表情には、悔しさが滲み出ていた。

 観戦者が驚きの声を上げたのは、ナギトが負けたことではなく、シモンズがここまで強いとは誰も思わなかったからだ。

「オレっちの勝ちだね♪」

「ええ、完敗です。」

 立ち上がると、シモンズはユウトを軽く指さした。

 次の試合のためにもはける必要があるが、ユウトの元へ行きたいらしい。

「お疲れ様、ユウトっち♪」

 (ユウトっち…………)

 いつからそんなに仲良くなったのか、本人すら身覚えがないのだが。

「ナギっちも怪我はないかい?」

 (ナギっち…………とは?)

 二人を無駄に混乱させたにしては、全く気にせず本題に入る。

「二人はどうして負けたと思う?」

 本人たちの実力不足、と言いたいところだが、そういうことを言いたいのではないのだろ。

「理由は二つ♪ 」

 毎回語尾にウインクが飛んできそうな独特な話し方で、真面目なのか遊んでいるのかイマイチ掴めないが、そこからのシモンズの話は核心をついていた。

「まず、対人戦闘に慣れてなさすぎるぜ♪ これはユウトっちに顕著だね。そしてもう一つ、これが重要♪」

 この指摘は的を射ている。

 ユウト達は今後に備えて、休日ユウトの家に集まった時に剣術を訓練していた。リクトとハックは全くの初心者であったが、だからこそ実戦から得られるものが多いと考え、今回自分達の意思でこちらに加わったのだ。

 全員に不足しているのは、経験。特にユウトは完全な独学なのだが、練習相手は自分で作った木偶人形くらい。ただ剣を振るのが上手くても、意志を持って動いている標的に対して剣を振るうのは別の話だ。その結果が如実に現れたと言える。

 だが、シモンズが本当に言いたいことはそうではない。

 ヘラヘラと軽快な口調で話していたが、途端に空気が凍てついた。

「他者を攻撃することを躊躇うな。」

 シモンズの表情は一瞬で険しいものとなり、ユウトやナギトに緊張が走った。

 ユウトが負けた理由もナギトが負けた理由も本質的には同じだ。

 実力。いいや違う。

 経験。いいや違う。

 根本にあるのは、他者を攻撃することへの不慣れ。嫌悪や拒絶。

 言語化されたことで、本人達の認識は強くなった。二人とも心のどこかでその側面から顔を背けていた。経験不足、実戦不足、そういった言葉も間違いではないが、それで片付けてしまっては成長はできない。

「…………」

「…………」

 二人とも自分の戦いを省みる。

 ユウトは攻めることを殆どしなかった。守りに徹するばかりで、カウンターで狙っていたのも、勝負をつけるための一撃ではなく隙を作ろうくらいの意識だった。シンジロウは、型は荒く剣術に特別優れた訳ではない。しかし、他者を攻撃することへの抵抗感がなく、圧倒的な自信と驕りがかえって体の緊張を排し、彼本来のパフォーマンスを発揮した。この違いが二人の勝敗の行方に直結した。

 攻撃はしていたナギトだったが、仮に攻撃がシモンズの防御を突破したとして、彼の体に木刀が当たる瞬間、力を緩めてはしないかしないだろうか。刀で相手を叩くということを、授業内の模擬戦とはいえ躊躇してはいないだろうか。

 振り返ってみると、よりシモンズの言葉が身に染みて理解できた。

「………なあ〜んつってね♪ オレっちもまともに剣振れないし、寝技なんてやったことないんよね♪」

 さっきまでの雰囲気はどこへ行ったのか、普段通りのお気楽主義に戻っていた。冗談なのか本当なのか分からないが、シモンズはそう言って笑いながら別の場所へ行ってしまった。

「おいおい勘弁してくれよ。無様に負けた上に他所の家門から指導を受けるとか、俺も笑いを通り越して泣けてくるぜ。」

 シンジロウはケラケラとユウトを指差して笑っていた。

「全く、僕もまだまだだね。多くを気付かされてばかりだよ。」

 ユウトのこの言葉は、シンジロウへ向けたものではなく、隣で同じことを感じているナギトへ向けた言葉だった。

「全くですよ。」

 ユウトもナギトも、この学校に来て多くを学んだ。自分が未熟だと自覚するには充分過ぎるほどに。

 そう言って笑い合える友がいることは、二人の人生にとってこれ以上にない財産だ。

「…………チッ。」

 シンジロウは、二人に見えないよう小さく舌打ちをすると離れていった。

 その時、止め! とオリヴィエの声が響いた。試合が終わったようだ。

 次は誰がやるのかと覗いてみると、いつの間にか二人の元からいなくなっていたリクトが、初々しく木刀を携えて相手と相対する。

 リクトのパートナーは見慣れない人だった。他クラスの学生だろう。

「リクト君の対戦相手は、ソー領の貴族出身ですね。確かセブン家の一人息子だったと思います。」

「…………流石に顔が広いね。」

「こう見えて家門の次期当主ですよ?」

 そんな冗談を言っていると、リクトの試合が始まった。

 (落ち着け、………落ち着け。)

 リクトはユウトの家での特訓を思い出す。



 付け焼き刃、なんておこがましい。今まで剣術なんてものと無縁の生活をしてきた身。想像よりも重かった木刀を正確に振るうことが最初の目標だった。筋力がついても、剣を振るう時に必要となる体の動きを把握していないと、剣に振られることになってしまう。だからまずは、剣の扱いから学んだ。

 しかし、これがリクトにとっては難しかった。ハックのような恵まれた体格を持たぬ彼は、試合を行えるレベルにいないことを自覚している。ようやっと剣をまともに振れる程度だ。

 それでも、今回ユウトやナギトに相談もせずに試合を行おうとしているのは、ハックと二人で決めたことだった。

『ハック君。今度の剣術の講義なんだけど、もしユウト君が言ってたみたいに実力で指導方針を分けるとしたら、俺はユウト君と同じ方へ行ってみたいんだ。』

『………』

 ハックは少しだけ渋る様子を見せた。

 これはリクトの実力を鑑みたものだった。

 ハックの実力も高くはないが、まだ体格で押し切れる強みを持っている。その点リクトには、実力も特有のアドバンテージもない。

 言葉にしないものの、そういった表情をあえて見せたのは、ハックの優しさだ。相手を慮るなら、例え言いたくはないことだろうとはっきりと示してあげることも一つだ。ハックがリクトをバカにしていると見られようと、それを優しさと呼ぶこともある。

 リクトに至ってはそのようなことを考えたりはしないが。

『分かってる。知らない相手との模擬戦とかあったらきっと全部の試合で負けるだろうけど、その分成長スピードは今よりもぐんと跳ね上がると思うんだ。』

 ハックも考えてみる。自身も人に言えるほどの実力を兼ね備えていない。むしろリクトより体格が恵まれている分、期待値が異なるのではないだろうか。

 ハックは決めたのだ。

 彼の力になると。

 彼の目指す世界を共に夢見るのだと。

『僕もその話に乗ってもいいですか?』



 (来るっ!?)

 相手が余裕そうに笑って突っ込んできた。合わせるように木刀を横に振るうが、空を斬る。

 不意をついたように一気に距離を詰めた相手は、木刀の間合いギリギリでペースダウンし、リクトが振るワンテンポ遅れて木刀を構えた。

「ぅっ!!」

 相手の振るった木刀が腹部に直撃する。確実に当たると分かっていながら、一切の躊躇もなく全力で振り抜いた。

「止め!」

 リクトは腹部を抑えながら膝をついた。痛がっているというよりは、悔しがっていた。

「どうして雑魚がこんな所にいんだよ。ま、こっちはラクで楽しいからいいけどな。」

 散々笑われても、リクトは相手にせずハックの元へトボトボと帰った。

「大丈夫ですか!?」

「うん、何とか。それよりも、今のどうだった?」

「そうですね。構えを小さくしてみるのはどうでしょうか? 今回の敗因は、かわされたことではなくてかわされた後の無防備な時間が長かったことだと見ていて思いました。」

「…………なるほど。ありがとう。」

 リクトはハックからの意見に納得した。

 二人は互いの試合について、外から見た視点を教え合うことで次に繋げようとしていた。

 ユウトやナギトに助言を乞わないのは、彼らにも彼らの時間があり、それを極力自分達に消費して欲しくないからだ。

 平日は昼と放課後の勉強会、休日は自宅での集まり。ユウトだって初めから成績が一位じゃないし、今もそこまで至っていない。先程の試合にも負けた。

 ユウトは万能の人間ではない。自分達が成長しようとしているのと同様に、ユウトだってまだ成長しようとしている。与えられた時間は等しいのに、その使い方に制限があるなんて不平等だ。

「…………」

「……嬉しいですか?」

 二人の様子を眺めていたユウトに、そうナギトは尋ねた。

「…………うん。僕なんかに頼らなくてもみんな先へ進んでいく。それが理想的なんだ。僕がいなくたって…………」

「……………」

 沈黙もまた虚しく、次の試合が始まると周囲はまた騒がしくなった。

 孤立を極めようと、孤独に苛まれようと、社会で生きている限りこれらは真の意味で成立しない。

 何故なら、きっと隣の誰かがあなたのことを見てくれているから。



               *



 一通り試合が終わると、満を持して彼が登場する。

 フラウディウス・ハルバート。権力と武力において人類の頂点に位置する家門の次期当主。

 対するは、サイアド・ハック。色付きと迫害されてきた一族の末裔。

 フラウディウスは他の貴族達とは異なり、一切の隙すら見せない完璧な構え。どんな弱者であろうと、手を抜くことはない。それが絶対的強者の思考。

 手汗を何度も拭いては木刀を握り直す。数メートルの間合いがとても近いと感じ、また自分の方が少しだけ身長が高いはずなのに、相手がとても大きく感じる。

 圧倒的な存在感、威圧感。

 喉が乾き、立っているだけで汗が止まらない。

 (怖気付くな!)

 木刀を握る手に力を込める。

 今更引くことは許されない。

 (僕は、僕を変えるためにここにいる!)

 自ら命を絶とうとしたあの日、ハックは心に決めた。ユウトと共に新たな世界を目指すと。ただその前に、どうしようもない自分を変えたかった。

 その為に、ここにいるのだから。

 リクトとの特訓は、主に技術面に絞った内容にしていた。だが、本来の自分の強みは高い身体能力にある。からきしであるが剣術との組み合わせを披露するのは初めてだった。自分の実力を知るという意味で、体格が似ているフラウディウスと試合を行うのには十分な意味がある。

 雑念を捨て、フラウディウスのみに焦点を絞る。ハックの予想では、フラウディウスは手加減など一切しない。勝つことが全てであるハルバート家の期待を背負う彼は、必ず初手で仕掛けてくる。まずはそこに反応することが重要だ。

 人が動く瞬間、必ず予備動作がある。走り出す時は姿勢がやや低く、そして重心が前方を傾く。それ以外にも目線、全身の筋肉の揺らぎ、呼吸の間、様々な情報が予見に繋がる。

 (…………)

 思考が無くなる。

 自分の呼吸音すら認知できない。

 ただ、相手の挙動のみに集中する。

 ハックは瞬きを忘れ、大きく開いた瞳孔がフラウディウスを逃さない。

 予想通り、仕掛けたのはフラウディウスだった。

 無駄のない動き。物音一つ立てず眼前に迫る。腕を上げるのではなく、手首柔軟なスナップで木刀を振るうことで素早い攻撃を可能にした。

 ハックの左脇腹を狙って振るわれた木刀は、人肉を抉る鈍い音を響かせる。

 はずだった。

 カァァン!! と乾いた音が空気を震わせた。

「!!」

 驚いたのは周囲で見ていた学生だった。

 ハックは一撃を防御するのに全身を使って対応した。極限まで高めた集中力に、全身が咄嗟に反応してのだろう。フラウディウスの攻撃に反応しただけでハックの素の身体能力の高さが伺える。しかし、次の一手を考えた時、それは愚行に近い。

 まず、フラウディウスの攻撃は、彼にとって全身全霊の一振ではない。体制は全く崩れておらず、一秒の間もなく次の攻撃を繰り出すだろう。対してハックは、正対していた体が左の方向を向いてしまっている。加えて、木刀をたたき落とすように全力で振ったため、反動で重心が前に傾いて不安定だ。

 素人が一撃を止めただけで大金星だ。そういう意味での周囲の反応だ。

 だが、観衆のざわめきはより一層激しいものとなった。

「ッ!!」

 ハックが体を回しながら木刀をフラウディウスの方へ振り抜く。

 驚愕なのは、フラウディウスの次の攻撃よりも早く、ハックが攻撃へ転じた事だ。だが一部の者は、何故そうなったのかをしっかりと理解していた。

 これは単にハックの方が速かった、という問題ではない。木刀を弾いたハックの力が強く、フラウディウスが体制を崩したのだ。まるで急に重たい物を掴んだみたいに。

 前方へ大きく姿勢が崩れたフラウディウスは、それでも冷静に素早く上半身を仰け反らせて回避した。

 今のハックは思考で動いておらず、本能に任せた反射で動いている。攻撃は回避されたものの、まだフラウディウスの体勢は不安定だ。

 追撃を仕掛けない手はない。

 大きく一歩間合いを詰め、仰け反った体に確実に木刀を振り下ろす。

 フラウディウスが回避するためには、仰け反った勢いそのまま後方に倒れ込みながら転がり受身を取るしかない。

 それ程までにハックが追い詰めてたのは間違いなかった。

 が、フラウディウスは誰も予想だにしない行動に出る。

 木刀を手放し、両手を体の前に構える。

「!!」

 何と、振り下ろされた木刀を掴んだ。

 さらに、両手にクロスさせるような力を瞬間的に込めることで、木刀を容易に折ってしまった。

 (――――)

 ハックの思考がフリーズした一秒間で、すかさず床に落とした木刀を拾い上げ、ハックの首筋へ木刀を向ける。

「止め!」

 そこでオリヴィエの合図が聞こえた。

 フラウディウスの卓越した戦闘センスに完成が湧き上がったが、本人は決して驕ることなく粛々とその場を後にした。

 (……………遠い。)

 ハックの抱いた最初の感想は、これだった。

 最も尊敬し目指すべき存在はユウトだ。思想、理想、頭脳、力、行動力、どれをとっても彼は遠い存在だった。しかし、彼はいつも隣を一緒に走ってくれる、そんな親近感が自然と湧き上がり、劣等感や嫌悪感、羨望や嫉妬といった感情が芽生えなかった。純粋な気持ちで彼と一緒に走りたい、そう思えてしまう所も彼の魅力の一つなのだ。

 だが、ユウトも万能の人間ではない。あらゆる分野で誰よりも秀で、それよりも多くの分野で誰かよりも劣る。その一つがフラウディウスだ。彼のようにただひたすらに高みを目指し、他の追随を許さない強者は山ほど居る。それを肌で感じ、ハックはいい意味で刺激を受けた。

 絶望ではない。諦めでもない。

 ただ、己の立ち位置を正確に測れた。

 その距離が果てしなく遠いものでも、未知数ではなくなった。それだけで、今後の努力の養分となる価値ある試合だった。


 (僕は、もっと強くなりたい)

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