第14話 代替わり

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「宇宙って知ってるか? この大空の遥か先に広がる、静かで暗く冷たい場所。不思議だよなあ。この世界がもっともっと広い可能性を秘めてるなんて。でもな、もっと不思議なことがある。ヒトは知識の上で宇宙を知っているが、。ここ重要。人間の探究心は『不思議』から沸き立つ。どうしてこれができないんだろう。どうしてこうなるんだろう。だから人間は学び発展する。天人との違いは、その発展を一つのことのみならず、人間社会全体に寄与させる還元能力。まあこの話はいいや。でだ、その『不思議』がこんなにもありふれてるのに、どうしてそこを目指さないんだろうな。」

 男は暗がりの部屋にいる。外は快晴で、本来この部屋には燦々と日の明かりが入ってくるだろうに、黒の遮光カーテンで窓が全て塞がれ、ほの明るさだけが薄く漂う。

 一定間隔でトン、トン、と物音が鳴る。男が手に持っているもので軽く机を叩いているのだ。

「何が言いたいのか分からない? まあ待て待て。ちゃんと話してやる気はないが、もう少し話をしてやろう。」

 手に持っていたものを机に置き、代わりに近くのグラスを手に取る。綺麗に細工されたそれは、注がれた透明な水と相まって、暗がりの部屋の中で怪しく存在感を強調する。

「『世界』とは何か。この言葉には三つの意味がある。普段からこの言葉を使う時、自分の認知する範囲を指した『世界』と、自分も含めた一定数以上のコミュニティが共存する社会全体を指した『世界』がある。例えば、自分が幸せに満ち溢れた人生を送っていたとしよう。家族や友人達とは良好な関係で、周囲にも笑顔と幸福だけが降り積もってる。それでこう思った。この世界は綺麗で美しいと。ただ、その世界とはどこにあるんだろうな。傍らで人が殴られている。下を見れば屍の道を歩いている。でもそんなもの見ない知らないを通せば、この世界は綺麗に輝いて見えた。つまり、この世界は本人が認知している範囲での『世界』という意味だ。じゃあ今度は、とあるジャーナリストを考えよう。その人は記事の一文にこう書いた。世界は差別と貧困に満ちている、と。この人は現界のあらゆる場所を訪れ、取材し、滞在し、肌で人々の生活を感じた。だからこそ、この社会全体に言える普遍的事実としてそう書いた。これは己が認知する世界を指すと同時に、己が属する社会全体を指した言葉でもある訳だ。じゃあ三つ目は何かって? それはな、己の認知を超え、己が属する社会を超えた、更なる先に広がる未知の『世界』を指す。宇宙もその一つさ。そこに答えはない。もしかしたら時間空間は多面的で、この瞬間の世界と一秒前の世界が折り重なるように共存しているのかもしれない。同じ時間軸にありながら、違う歴史を辿った世界が存在するのかもしれない。今生きるこの世界を超えた世界は、一体どうなってるんだろうな。この大陸しまの先には、。」

 男はソファに大きくもたれかかり、ケタケタと一人笑い始めた。

 そして暫しの後、男は哀れみの視線を向ける。

 長机を隔てた真正面に座る、もう一人の男に。

「要するに、だ。器じゃなかったのさ、父上は♪」

 真正面に座る男は、うなだれていて表情は見えない。そして、ピクリとも動かず反応も示さない。

「オレたちスターライド家がどのようにしてできたのか♪ いいやこう言おう♪ どうしてスターライド家が存在するのか♪ それを忘れ退廃していく家なんてぶっちゃけ要らなくね? そうは思わんかね、父上♪」

 やがて、ポタ、ポタとどこからか雨漏りしているような音が聞こえ始めた。

「まあ、だからってオレっちが祖先の意志を受け継ぐわけじゃあないけどね♪ っと、オレっちにしては随分と真面目に長く話したんじゃないか? これっていつも父上が言っていた、成長ってやつかな♪」

 パンパンと手を叩くと、音もなく扉が開き、スーツを清楚に着こなした老人の執事が入ってきた。

「ラル爺、父上はお隠れだ。」

「承知しました、坊ちゃん。」

 執事は部屋の扉を再度開け外へ合図を送ると、召使い達が三人入って来た。彼らは手袋にマスク、目元は保護メガネを使い、まるで今から手術でも行うかの装いだった。

 執事と召使い達は、うなだれて座っている男を丁寧に担架へ寝かし、体を綺麗に拭いた後、慎重にどこかへ運び出された。

「坊ちゃん、今後は如何様に。」

「特に何も♪ オレっちがいなくても家業は回るさ。そんなことよりも♪」

 シモンズが見る先は、こんな小さな部屋ではない。

 こんな小さな世界ではない。

「あああと、これ捨てといて♪」

 去り際、シモンズは執事に机に置いていたものを渡した。

 執事が返事をする前に、シモンズは鼻歌で軽快なステップをしながら部屋を出てしまった。

「……………承知しました、坊ちゃん。」

 シモンズから渡されたもの。

 それは、血がべっとりとこびりついた小さなナイフだった。

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