第7話 寂寥
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翌日。
登校したユウト達は、まずお互いの無事を確認し合った。
ユウトが昨日、みんなの前で話したことは、きっと真実の一部なのだと誰もが理解していた。それでも追求しなかったのは、ユウトを信じていたのもあるが、あんな衝撃的な出来事が存在する世界に踏み込む勇気と覚悟がまだ持てなかったからだ。
当たり前の日常が戻ってきた。昨日が夢だったのではと思いたくなる。
ただ、唯一異なるのは、
「失礼します。」
昼食の時間になって、いつものように音楽室に集まっていたユウト、リクト、アリス。
丁度袋を開けて食べ始めようとした時、音楽室の扉が開いた。
初めは音楽の講師をしているバッハだと思ったが、部屋に入る時の声が違かった。
「遅かったね。」
「中々位置が分からなかったんです。」
「メーク様!」
リクトとアリスが思わず立ち上がった。何故なら、ナギトが七家門の人間だからだ。ユウトと一緒にいたことで忘れかかっていた緊張感を思い出す。昨日はなし崩し的に共に居たが、本来それは許されないことなのだ。
「様は止めて下さい。同じクラスメイトじゃあありませんか。どうか私のことは、ナギト、とお呼びください。」
「………分かりました。ナギト君。」
リクトは思いの外すんなりと受け入れた自分に、リクト自身が一番驚いていた。こんな会話を以前にもしたからだろうか。
「アリスさん?」
「え?」
リクトが隣を見ると、アリスはガチガチに固まっていた。
ナギトは彼女の様子を見て、自らアリスに近付いた。
「貴方は確か、メーク領出身でしたね。」
「はい! 私の事などをお覚えになっていらっしゃるとは、恐縮です!」
アリスにとっては、ナギトは絶対的な存在なのだ。
ナギトは自分と彼女にある溝を粛々と受け止めていた。
「アリスさん。いきなりでなくても構いません。ですが、私は皆さんと上下の関係を望んでいるのではありません。ただ、クラスメイトとして、親しく接したいのです。」
「…………………はい。…………頑張ります。」
「ありがとうございます。」
隣いいですか? とナギトはアリスにお伺いを立ててから座った。
今日から、一緒に昼食を食べる友人が増えた。
ユウトが誘ったのだが、リクトやアリスのことをナギトは聞いていた。
遅れてバッハが入ってきた。一人増えた程度では驚きはしていなかったが、その一人がメーク家の人間だとわかると流石に驚いた様子だった。
「バッハさん。ちょっと。」
ユウトが二人の間に割って入り、バッハに話があると視線を送る。
「ナギト・メーク君。ここは自由な場所さ。どうか気軽に使っておくれ。」
「ありがとうございます。」
ナギトの紳士さにユウトと同じ雰囲気を感じたバッハは、晴れやかな気分で隣の居室に移動した。しかし、その気持ちは一気に変わることとなる。
「昨日の銃乱射事件をご存知ですか?」
「知っているも何も、今日はその話題で持ちきりさ。職員室でも話題になっていたよ。」
「襲われたのは僕達です。」
「…………そうですか。無事で何よりです。」
一瞬驚いたものの、バッハは意外と冷静な反応だった。
「ユウト君は、遅かれ早かれこういった事が起こると覚悟していたのでしょう? ならば、私から言うことはありませんよ。」
「……………てっきり怒られるのかと思いました。」
「ハッハッハ。私を何だと思っているのですか。」
バッハは席を立ち、二人分のコーヒーを注ぎ始めた。
「それは勿論、私は今でも反対ですよ。」
「……うっ………」
全く返す言葉もない。
「ですがね、ユウト君がしっかりと考えたことなら、私はそれを尊重したい。君よりも長く生きている分、教えられることがあるかもしれないけれど、最終的に決めるのは自分自身。助言はできても、決定することは私にはできない。」
熱々のコーヒーをユウトの前に置く。香ばしい風味が湯気を伝って鼻を刺激する。
「それで、ユウト君は今後どう動くのですか?」
「この事件を辿れば、もしかしたら僕の求める答えに一歩近づけるかもしれません。重要なヒントもあり、協力者も得ました。」
「ナギト・メーク君ですか。」
「はい。」
「メーク家はカイヅカ家と唯一交流があった家門です。盛んな交流はなかったと聞いていますが、彼らはカイヅカ家に似て庶民的です。きっと、ユウト君と彼は気が合いますよ。」
ユウトは、食べ終わった弁当箱を片付け始めた。
「そうそう。昨日の事件の事ですが、一部の間で犯人がフシミ家じゃないかと噂が立っていますよ。」
「…………そうですか。ありがとうございます。」
ユウトにとって、これはとても意味のある情報だ。
一礼して居室を出ると、音楽室にはもうナギトの姿はなかった。
「ユウト君。ナギト君ならさっき行っちゃいました。」
「うん。実は現状、僕は彼と表向き仲良くできないんだ。でも君達はそんな縛りに囚われる必要はないよ。」
昨日の今日でずっと一緒にいれば、ナギトがユウトと何か企んでいると思われ兼ねない。もう少し時間が経ったり、仕方のないイベンドでも起きて、自然な流れでの付き合いを装う必要がある。これは、ナギトが情報収集する上でも重要だ。
リクトとアリスは、どうしてユウトがそう言ったのかは理解できなかったが、迷うことなく頷いた。
また、リクトの中には、別の思いもあった。
ナギトもユウトも、一人にはさせない。
一緒に戦う意味ではない。例え彼らの役に立てなくても、隣に立つことができなくても、一人にはさせない。
故郷で次々と級友が去っていって、孤独である恐ろしさを知っているリクトは、せめて彼らの側にいようと誓うのだった。
*
「魔力も絶大な身体能力も持たない我々人間は、文明を手に入れ育んできた。文明の結集と言える科学力、そこから生まれた武器は、我々の戦闘の基本単位だ。初めの一年は、武器を扱うための準備期間と言えよう。基礎体力を伸ばすのも然り。基礎体術を伸ばすのも然り。そして、この武器工学の講義も然りだ。武器を扱う前には、武器を扱えるだけの力と知識を備えなければならない。」
そうして、武器工学の講義は幕を開けた。
軍事学校の一年次は座学が多い。何事にも言えることだが、基礎は全ての土台になる。基礎がなければ応用には進まない。
この講義は、他の基礎科目と異なり、退役軍人や開発者などから講師が選抜される。一年次のカリキュラムにおいて、重要とされる科目の一つだ。
「本日の講義では、武器の歴史について学んでもらう。技術の変遷は文明の変遷でもある。」
カイヅカ家は歴史に精通していたことから、ユウトも歴史についてはある程度の知識を持っている。
だが、ユウトにとってこの講義は別の意味でとても興味深かった。
講義そっちのけで、教科書をパラパラとめくり進める。歴史については最初の数ページにまとめられていたが、今目を通しているのは教科書の後半部分だ。
講義は原則座席指定はない。だから、いつも隣にはリクトとアリスが並んでいるのだが、ユウトの様子に二人は少々驚いていた。話しかけるのも許されないような集中力だった。
(あの銃の種類はアサルトライフルに分類されるだろう。…………アサルトライフルは軍でよく用いられる銃の一つ…………。ダメだ、アサルトライフルの種類までは載っていないか。カラーリングはアテにならないし、学校から支給された端末は論外として、自分の端末で調べることもできるけど、どこから情報が抜き取られるか分からない。できれば紙で調べたいけど……………?)
パラパラと教科書をめくりながらあれこれ思考を巡らせていたが、教科書の端に載っていた一枚の画像に目が釘付けになった。
(これは…………)
それは、一つの銃の全体画像だった。銃については全く知識がないユウトには、型式や仕組みを見た所でよく分からない。画像や写真から似ているのを見つけるのが一番の近道だ。この教科書には一部の銃しか画像付きで載っていなかったが、その内の一枚に覚えがあった。
(銃の形が似てる………カラーリングは違うけど、持ち手や全体的な造形が、何となく。)
銃の名前を見ると、
「MARK66……?」
それが、ユウトが襲撃者から得た銃の種類だった。
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「もしもし。」
「はい。こちらナギト・メークです。」
「夜遅くに申し訳ない。」
「いえ、事情は理解していますから。」
ユウトは自室で小さなランプを灯し、携帯端末を片耳につけている。
通話相手は、ナギト・メーク。
「一つ聞きたいことがあったんだ。MARK66という銃を知ってる?」
「MARK66………成程。そういう事ですか。」
ナギトはこの銃について知っているようで、ユウトから出たその言葉で合点がいった。
「貴方が襲撃者から得た銃。それはMARK66だったのですね。」
「確定じゃないけど。僕は銃に知見がなくて、それでMARK66について知っていたら教えて欲しいんだ。」
「……私もそこまで詳しい訳ではありませんが、今は使われていないと思います。」
「どうして?」
「古い銃だからです。」
「古い?」
「ええ、そうです。開発されたのは五十年前位だと記憶しています。」
「……………」
現在の人間の技術革新は目まぐるしいもので、三百年前の種族間の大戦時には単発式の銃がやっとの文明だった。それを今では高さ五十メートルの壁を境界に築き、無人兵器が爆弾を運ぶまでに至っていて、まだまだ発展を遂げようとしている。フレキシブルアーマーがいい例だ。装着するだけで魔人に近い身体能力を手に入れられる。
その観点で言えば、五十年前のものは最早遺物。こと軍事に関しては発展に重きがおかれているため、武器の開発は目まぐるしいはず。それを使っていたというのは不可解だ。
「…………ありがとう。昔のものであれば、僕の家の蔵書にも記録があるかもしれない。」
「私も独自で調べてみます。貴方よりかは自由に動けますから。」
「助かる。」
そこで通話は終わった。
水面下でどう事態が動いているか分からない以上、ナギトという協力者はしまっておきたいのが本音だ。
窓を大きく開けると、夜風が溜まった室内の空気を換気した。
孤独で虚無な時間は、彼に思考を整理させる暇を与えた。
謎の襲撃、古いモデルの小銃、フシミ、カイヅカ、人種差別。
『あなたが、この領地を変えてくれるって!』
リクトの声が染み付いて離れない。リクトはこの事を気にしているようだったが、この領地の変化を望んでいる人は実際に多い。フシミの台頭で、それまでここに住んでいた人達は誰もが変化を強いられた。そしてそれは、殆どが不幸に働いた。
きっと、多くの人が望んでいる。
それで、構わない。構わないんだ。
「だって、僕は決めたんだ。あの時。僕はユウトとしてじゃなくて、カイヅカ・ユウトとして生きると。」
一人の独白は、誰に聞かれることなく虚空へと解けるように消えていった。
一方。カエデの寝室。
彼女も窓を大きく開けて、夜風をその体で受け止めていた。
この家は、元はカイヅカ家が所有する別荘だった。とても三人で住むような広さではなく、何十人単位で住めるような広大な敷地を有する。街の喧騒は昼間でも聞こえず、夜は真っ暗な闇が景色の大半を占める。
「…………。」
今でもたまに夢を見る。
幼かった頃に触れ合ったカイヅカ家の人達。彼らはとても優しかった。身分の低い一文無しの親子を、まるで本当の家族のように迎え入れてくれた。肉体が崩れ光景が焼け落ちようと、風化しない記憶はある。もし、あの日あの時あんな事件が起こらなかったら。そうしたら、ユウトは幸せだったのだ。毎日温かな家庭に囲まれ、街に愛され人に愛され自然に愛され。いつも笑っている。
そんな夢を、今でも見る。
心の願望が具現したであろうそれを、カエデは弱さと否定しつつも目を逸らす事が出来なかった。
この矛盾した感情を、毎夜寝かしつけている。星に想いを馳せながら。
「だって、私は決めました。例えあの人が私に何も話してくれなくても、私は決して離れないと。いつまでも、側にいると………」
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